中国行きのスロウ・ボート の商品レビュー
芝刈りの話が、何故だか昔から印象に残っていました。こういったすごく断片的な春樹先生の短編は癖になりますね。
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どんだけいい小説だよー!!!!!!やっぱハルキの短編いいよーたまんないよーーー!!特に表題作と、『午後の最後の芝生』と『土の中の彼女の小さな犬』!!!あーやばいかも短編集でトップに立っちゃったかも。
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この本に載っている中では『午後の最後の芝生』が一番好きでした。なんか村上さんっぽい感じがめいいっぱいつまっていたような気がします。『貧乏な叔母さんの話』では、周りの人間が去っていくところやテレビ関係者の見当違いな考え方が、きっと村上さんの経験によったものなんだな、とか思ってしまい...
この本に載っている中では『午後の最後の芝生』が一番好きでした。なんか村上さんっぽい感じがめいいっぱいつまっていたような気がします。『貧乏な叔母さんの話』では、周りの人間が去っていくところやテレビ関係者の見当違いな考え方が、きっと村上さんの経験によったものなんだな、とか思ってしまいました(苦笑)『シドニーのグリーン・ストリート』ではまた羊男が出てきてうれしかったのですが、その話はごく簡単なのほほんとするものでした。『カンガルー通信』は変な話です(゚∀゚)
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村上春樹氏の、初めての短編集。 収録されているのは、『中国行きのスロウ・ボート』『貧乏な叔母さんの話』『ニューヨーク炭鉱の悲劇』『カンガルー通信』『午後の最後の芝生』『土の中の彼女の小さな犬』『シドニーのグリーン・ストリート』の7作。 シンプルで、そっけない表紙なのだけれど、この...
村上春樹氏の、初めての短編集。 収録されているのは、『中国行きのスロウ・ボート』『貧乏な叔母さんの話』『ニューヨーク炭鉱の悲劇』『カンガルー通信』『午後の最後の芝生』『土の中の彼女の小さな犬』『シドニーのグリーン・ストリート』の7作。 シンプルで、そっけない表紙なのだけれど、この表紙はとても好きだ。 ダントツで良いと思ったのは、『午後の最後の芝生』という作品だった。 この話しはすごい。ただ、仕事で芝生を刈りに行った一日を淡々と描いて、別れた彼女についての追憶が時々混ざるというだけなのだけれど、たったこれだけの出来事を描写した物語であるのに、実に様々なことを考えさせる要素が詰まっていた。 夏の暑い日の芝生の情景や匂いや熱気と、その後に家の中に入った後のひんやりした感じが、その場で体験したかのような現実味を帯びて伝わってくる。どうしてこんなフレーズが考えつくのだろうと思うぐらい、ぴったりとはまる言い回しが多い。40ページにも満たないくらいの短編だけれど、ものすごく密度の濃い作品だと思った。 いいとも、僕は君たちの指をしゃぶろう。そしてそのあとで、雨ざらしの枕木みたいにぐっすりと眠ろう。(「貧乏な叔母さんの話」)(p.88) 詩人は21で死ぬし、革命家とロックンローラーは24で死ぬ。それさえ過ぎちまえば、当分はなんとかうまくやっていけるだろう、というのが我々の大方の予想だった。(「ニューヨーク炭鉱の悲劇」)(p.98) それ以来、僕は一度も芝生を刈っていない。いつか芝生のついた家に住むようになったら、僕はまた芝生を刈るようになるだろう。でもそれはもっと、ずっと先のことだという気がする。その時になっても、僕はすごくきちんと芝生を刈るに違いない。(「午後の最後の芝生」)(p.187) 「私はなんていうか・・対象として面白いのかしら?」 僕は背筋をのばして、ため息をついた。「そうですね、あらゆる人間は等しく面白いんです。これが原則です。でも原則だけではうまく説明のつかない部分がある。それはまた同時に自分の中のうまく説明のつかない部分でもあるんです」僕はそれにつづく適当なことばを捜してみたが結局みつからなかった。(「土の中の彼女の小さな犬」)(p.216)
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現在進行形の村上春樹とは一味違う短編集。 今よりちょっとイジワルな感じ。でもやっぱり好き。 08.01.30
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著者初の短編集。 『中国行きのスロウ・ボート』――「海」1980年(昭和55年)4月 『貧乏な叔母さんの話』――「新潮」1980年12月 『ニューヨーク炭鉱の悲劇』――「ブルータス」1981年3月 『カンガルー通信』――「新潮」1981年10月 『午後の最後の芝生』――「...
著者初の短編集。 『中国行きのスロウ・ボート』――「海」1980年(昭和55年)4月 『貧乏な叔母さんの話』――「新潮」1980年12月 『ニューヨーク炭鉱の悲劇』――「ブルータス」1981年3月 『カンガルー通信』――「新潮」1981年10月 『午後の最後の芝生』――「宝島」1982年8月 『土の中の彼女の小さな犬』――「すばる」1982年11月 『シドニーのグリーン・ストリート』――「海」臨時増刊「子どもの宇宙」1982年12月
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村上春樹の最初の短編集。 前半四つの短編はいまいち。 後半三つの短編は村上作品らしさが感じられた。
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村上春樹の処女短編集。 『回転木馬のデッドヒート』に代表される、圧倒的な迫力で読者をねじ伏せる。回転木馬の『ハンティング・ナイフ』と、本書の『土の中の彼女の小さな犬』の読み比べが一番楽しいか。 あと、表題作と、『シドニーのグリーン・ストリート』が大好きだ。 村上ワールドのハードボ...
村上春樹の処女短編集。 『回転木馬のデッドヒート』に代表される、圧倒的な迫力で読者をねじ伏せる。回転木馬の『ハンティング・ナイフ』と、本書の『土の中の彼女の小さな犬』の読み比べが一番楽しいか。 あと、表題作と、『シドニーのグリーン・ストリート』が大好きだ。 村上ワールドのハードボイルド、何回読み直してもいいなぁ。
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村上春樹の短編は不思議な味わいがある。久しぶりに「中国行きのスロウ・ボート」を読み返した。単行本なので、地下鉄の中でいろいろな人がじろじろと本の背表紙を見ていた。カバーは外していたものなあ。 昔から「午後の最後の芝生」が好きだった。改めて読んでみて、この短編はやはり好きだなぁ、と...
村上春樹の短編は不思議な味わいがある。久しぶりに「中国行きのスロウ・ボート」を読み返した。単行本なので、地下鉄の中でいろいろな人がじろじろと本の背表紙を見ていた。カバーは外していたものなあ。 昔から「午後の最後の芝生」が好きだった。改めて読んでみて、この短編はやはり好きだなぁ、と思った。梶井基次郎の「檸檬」と同じく、古典にしていい出来だと思う。 とはいえ、若書きだなあ、と思う短編もあって、この本が実はとても好きだ。人生の中でちょっと先輩な村上春樹をずっと見て来ただけにいい悪いではなく、時代を含めた作家という存在を理解してきた、という気持ちで読める。 ともかく。「午後の最後の芝生」は相変わらずいいなと思った。大好きだ。
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23年前発行の初期短編集です。 真夏の炎天下に、芝生刈りのバイトに行った先での 中年女性との交流を描いた 「午後の最後の芝生」は なぜか何度も読み返してしまう、好きな作品です。 様々な、終わったもの、去ってしまったものを、 丁寧に刈った芝生を囲んで その一瞬だけ、...
23年前発行の初期短編集です。 真夏の炎天下に、芝生刈りのバイトに行った先での 中年女性との交流を描いた 「午後の最後の芝生」は なぜか何度も読み返してしまう、好きな作品です。 様々な、終わったもの、去ってしまったものを、 丁寧に刈った芝生を囲んで その一瞬だけ、暖めあうような優しい雰囲気と―。 きちんと、誰にも迷惑をかけずに生活しているのにもかかわらず ほんとうに欲しいものは何も手の中に残りはしないのだ、 それでもそうするしかないじゃないか、というあきらめ―― 初期の『デタッチメント感』がしんしんと押し迫ってきます。 そして、やっとわかりました。 私の表層意識内にはハルキ的『僕』はいないのです。 わからなくてわからなくて、 でも知りたくて追いかけて読み続けているのです。 それは所有しないからこその憧れでもあり 逆に、深層にかけらを持つにもかかわらず 表層に現れようとすることを妨げるフタ、を 取り除こうとする作業でもあるような。 「自答のない自問」ということばがとある評論に書いてあったのですが 近いかもしれません・・・。
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