商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 中央公論新社 |
| 発売年月日 | 2025/06/20 |
| JAN | 9784122076600 |
- 書籍
- 文庫
おしまいの日 新装版
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おしまいの日 新装版
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商品レビュー
3.2
33件のお客様レビュー
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※このレビューにはネタバレを含みます
うーむ。あまり読んだことのない作者だったけど。 結局、猫はゴルフクラブで殺しちゃって、埋めたってこと? それだけで、過労死を心配するあまりおかしくなっていく主人公がもう許せない。 最後の友達への手紙も自己正当化の言い訳にしかみえないし。
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これ、30年ぐらい前に発表されたものの新装版なんだけど、その30年前にも持っててんだよね。 結婚するときに、自分の本のほとんど処分してしまって後悔したうちの一冊なので、2025年の新装版がありがたかった。見つけたら買おう!と思って、なかなか出会えず,ようやく見つけて買った。 30年ぶりに読んだら,やっぱ今でも面白い!! 旦那さんのハルさんが好きすぎる、三津子さん。 でも、ハルさんは仕事が忙しくでなかなか帰ってこない。12時過ぎても帰ってこない。下手したら2時とか。でも朝はきっちり起きて出ていく。 そんなハルさんを支えるのが自分の幸せで楽しみ。 たとえ2時であっても、晩御飯を用意していつ帰って来ても食べられるようにしているし、お風呂だっていつでも入れる様にしておく。接待やなんやで食べない事もあるけど(ほとんどの日がそれ)、それでもいつでも食べられるように。 あるとき野良猫が入って来た。通いのその猫ににゃおんと名付けた。首にリボンをつけてあげて、 他に飼い主がいるなら連絡して来てくれる様に。だけど,今のところその様子はない。 ハルさんににゃおんのこと話さなきゃ。 でも、ハルさんはいつも疲れていてそんな話より1分1秒でも長く睡眠をとってほしくて言えてない。にゃおんもハルさんがいる時はどこかにいっちゃうから、なかなか紹介もできずにいた。 ハルさんと自分とにゃおんのためにクッションカバーを刺繍していたとき、にゃおんが帰って来た。いつもの様に「にゃおん」と鳴かない。どうやら何が加えてる?それ,まだ生きてる?! パニックになる三津子。そして・・・ 三津子の日記によるとその記憶がない。 にゃおんは帰ってこなくなった。どうしたんだろー? 刺繍していたカバーもない。あれ? 相変わらずハルさんはなかなか帰ってこない。 三津子の様子がおかしいことは、唯一の友達、久美が気がついてどうにかしようとした。家の中にずっといるからダメなんだ!と、バイトに誘う。ハルさんも外に目を向けるのはいい事だと賛成。 三津子は渋々バイトをする。それは、ラジオ局に届いたハガキの整理。 そのラジオではUFOの話題になってるらしくそのようなハガキが多くて思わず興味を持って読んでしまう。宇宙からUFOがきて、洗脳されてしまう。口の中に入って取り込むらしい。 三津子は体調がすぐれない日々が続いていた。微熱、吐き気、貧血。お腹を蠢くものが。これは、まさか、UFOから飛んできた白い虫に私も取り憑かれて?! にゃおん、にゃおんはどこにいったの? にゃおんのことを思い出したら、だめ。忘れた頃にしか、見えないもの。ナルニアへの扉のように。 夢に見た、椿の木の下。シャベルを持つ私。掘り返したら出てくる、クッションカバーと痩せ細ったにゃおん。それに群がる白い虫。 白い虫の母体は、にゃおん? 体調を崩した三津子をみた医務室の医者から、久実は三津子が精神的におかしくなっていることと、おそらく妊娠している事を告げられる。 だが、妊娠の話をすると三津子は無表情になり何も聞こえてない様子。 聞きたくないから無視してるのでなはい。 聞こえないのだ。 まさか、ハルさんが望んでいる子どもを三津子が否定するはずない。あれだけハルさん一筋すぎてやばいのに。 まさか・・・ って話なのですが、 まぁ30年前に読んで衝撃だったし、今もこれはヤバい本だと思ってるし、一歩間違ったら私が三津子だったなと思った。 でも、今になって思う。 三津子は、甘えだ。 旦那だけ好きで,旦那だけに尽くすのは簡単。何も考えないでいい。でも、子どもがいて、旦那に申し訳ないと思う,もしくは、旦那にも責任?の一端を担わせる、それでも両方愛する。 家も,外も,そして自分もちゃんと愛する。 それができて一人前、だと思う。 旦那だけーって、それは究極の思考停止。 まぁ、30年前の私はこの三津子を「究極の愛の形」の一つと思っていたんだけどねー
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私の中で新井素子さんといえば、SF作家であったり、口語体を使ったガーリーな文体が特徴的であったりというイメージだったのが、こういう作品も書くんだなということを本書を読んで実感させられたけれども・・・そういえば最近、「くますけと一緒に」が本書と同じく2025年に新装版となり、しか...
私の中で新井素子さんといえば、SF作家であったり、口語体を使ったガーリーな文体が特徴的であったりというイメージだったのが、こういう作品も書くんだなということを本書を読んで実感させられたけれども・・・そういえば最近、「くますけと一緒に」が本書と同じく2025年に新装版となり、しかもそちらは話題になっていることを考えれば、ジャンル的にはサイコホラーとなりそうな本書が、新装版によって復刻したのにも納得できるものがある・・・のかもしれない。 たとえ休日出勤が頻繁にある程に仕事で忙しく、その帰りがほぼ毎日遅くなろうとも、夫への変わらぬ愛を捧げ続ける主婦の物語は、彼女自身が書いている日記と、その中から主だった場面の詳細をピックアップして描く形で進行していくのだが、まず怖いなと感じたのが、この日記形式であり、日記というのは他人が踏み込むことなど絶対にあり得ない、白の部分も黒の部分もそれ以外の部分も全部含めた、その人だけの領域を覗き見るのだから、これが怖くない訳がないのは明確でありながら、更に9月28日の日記が綴られたプロローグから、時間を遡らせて7月19日のそれへと繋がる本編の構成には、このような過程を経てプロローグのような内容になっていくんですよ〜といったカタストロフィへと至る結末を、読む前からあれこれと想像させる怖さも兼ね備えているし、個人の名前を主語とした、どこか他人行儀でよそよそしい文体も怖い。 『迷惑をかけること、それだけは、絶対にしたくない』や『誰か自分をひきずりまわしてくれる人が必要だった』等から垣間見えてくる主婦の人間性からは、純情と狂気が表裏一体であることや、真面目で責任感の強い人ほど陥りやすいものがあることに加えて、『場合によっては、悪意のない、まじりっ気なしの好意が、より一層、人をおいつめることだってある』という、自分のエゴだけではどうにもならないことまでも突き付けられてしまったような印象を抱かせはしたのだが、夫との時間を持てないことに寂しさを感じながらも、夫自身がどれだけ大変な思いをしているのかを知っているため口には出せずに我慢する、その主婦の心境も決して分からなくはないからこそ(お互い腹を割って話し合えばいいんじゃないのというツッコミは置いといて)、本人の中の無意識下のストレスとして、正気と狂気の境目のような状態に陥りつつあることにも同情してしまうと思うのだが、読んでいると何故かそう思わせない嫌な感じがあるというか、主婦自身が得体の知れない怖い存在に見えてくる、そうした物語の書き方からは新井さんってこんなに怖い人だったのかと、これまでの認識を改めさせるような印象まで抱かせられた・・・のだが。 しかし、新井素子さんは私の思っていた通りの方だったことが最後まで読むことで分かり、ホッとした反面、タイトルから想像できそうなカタストロフィを求めている人には、ちょっと物足りなさを感じるのかもしれないけれども、サイコホラー性の高い物語の裏で、正気と思われる人だって実際は真逆なのかもしれないよというメッセージも本書に含まれていることは、決して忘れてはいけないと思うんですよね。 更に、本書のオリジナル(新潮社)は1992年発刊で、その後1995年に同社から文庫化、2012年には中央公論新社から再度文庫化された後に、2025年新装版の本書が発刊されてと、実際には30年以上昔に書かれた作品でありながら、その内容は新井さんのあとがきにもあるように全く古びていないのが凄いと感じ、それは当時の時代性(今現在も?)が巻き起こした悲劇と思われながらも、それが当たり前なのだという認識をされていたことに疑問を感じ、高らかに異を唱えていた、そんな新井さんの勇敢さが窺える作品でもあったのです。
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