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天路の旅人(下) 新潮文庫
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天路の旅人(下) 新潮文庫

沢木耕太郎(著者)

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天路の旅人(下) 新潮文庫

825

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 新潮社
発売年月日 2025/04/23
JAN 9784101235394

天路の旅人(下)

¥825

商品レビュー

4.2

27件のお客様レビュー

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2025/12/29

西川一三とは、如何なる人物なのか。 そして我々にとって、旅とはなんたるものなのか。 西川という人物を世間は、あるいは読者は、 そして実際に関わりを持った多くの人々は どのように評し、何を思うのだろうか。 "真面目" "勤勉" "...

西川一三とは、如何なる人物なのか。 そして我々にとって、旅とはなんたるものなのか。 西川という人物を世間は、あるいは読者は、 そして実際に関わりを持った多くの人々は どのように評し、何を思うのだろうか。 "真面目" "勤勉" "奇人" "頑固" "偉大" "勇敢" "一途" "寛大" 良いものもあれば、それは悪いものもある。 この作品に触れれば当然、その勇敢さや目標への遂行力の高さに自然と目がいくだろう。 だが、しかしどうだろうか。 帰国後の彼は、戦後間もない日本で髭を伸ばし続け、 ターバンを巻き、それはまさにインド人、という格好で、自身の地元山口県地福で農業に従事していたのだ。 一節にもあったように、この人物を只者として見れる人がどれだけいただろうか。 間違えなく奇人だろう。 彼は囚われないのだ。 もしくは、彼は執着がない。 しかし、彼が唯一追い続けたもの、執着したものといえば、それこそが未知への冒険であり、旅だろう。 彼の未知への執着は凄まじいものがある。 彼はとても人情に厚い人間である、 多くのものとの出会いがあり、そして出会った多くのものたちを魅了し、彼にとって"生きる道"はありふれていただろう。それは彼自身の実直さや素直さ、 あるいは他者理解や他文化への理解を示そうとする努力の賜物だろう。 また一度決めたことは可能な限り曲げない。 ただ、それが難しいとなれば、究極的にはその道を捨てる判断できる、また捨てた判断に対して執着することはない。 何と美しき人間の姿だろうか、 しかし、そんな彼でも旅へは執着をした。 旅とは我々にとって如何なるものだろうか。 また彼は、自身の旅が書籍となり、 「報われた」と考えたのだ。 これもまた、彼が若干にせよ執着した部分だろう。 それでも彼は決して、それを広めたいとは思わなかった。自身の旅が未完に終わったこと、そしてこれを終わらせるための手段だったのだろうか。 自らの選択のままに生きれることを、彼は最も美しく尊いものと捉えていたのだろう。 それでもそれが遮られた時に、与えられたものに抗おうとはしない。 我々は少し、何かに囚われすぎているのかもしれない。ありのままに生きることは容易なことではない。 ただそこに、"旅"という選択があるのならば、 それは我々を救うだろう。 同時に旅とは、何かという問いに若干の光を差す。 旅に意味を見出さなくても良いのだ。 未知への想いがあり、それに従い生けるのならば、 それで良いのだ。 西川の旅は終わり、そして人生という大きな旅を終え、我々も同様に幾つもの旅が終わり、そして人生を終える。 何と美しき旅に触れられただろうか、 この旅文学は、我々を旅に駆り立てさせる。

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2025/12/14

「第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した密偵だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮し続け、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も...

「第二次大戦末期、ひとりの日本の若者が、敵国である中国の、その大陸の奥深くまで潜入した。彼はラマ教の巡礼僧に扮した密偵だった。しかし、彼は日本が敗れたあともなおラマ僧に扮し続け、実に足掛け八年に及ぶ旅を続けることになった。彼、西川一三の旅も長かったが、その彼を描こうとする私の旅も長かった。・・・発端から終結まで二十五年かかったことになる。・・・本格的に執筆に取り掛かったこの七年余りにおいても、飽きるということがなかった。ここにこんな人がいたという驚きから出発して、その人はこのような人だったのかというもうひとつの驚きを生んでくれることになった。」 と沢木があとがきで書く。 「この戦争で、日本軍は、その土地その土地の人々の感情や習慣を無視してどれほどの失敗を犯したことだろう。それは、多くは無知によるものだった。何も学ばず、知ろうとせず、ただ闇雲に異国に侵攻してしまった。日本は戦争をする前に、自分や木村のような者たちを、あらゆる国に送り出しておくべきだった。あるいは、実際に送り出されていたのかもしれない。だが、その人たちは、自分たちのように、地を這うようには歩くことをしていなかったのだろう。同じ言葉を話し、同じ物を食べ、同じ苦しみを味わったりはしなかったのだ。」とも書いている。 西川は常に新しい土地に挑んだ。 国境も川も山も超えて突き進んだ。 氷と雪と寒風のなかを自らの足で、靴が傷めば 裸足ででも歩いた。 ラマ僧になりきるために修行もした。 性病を恐れて女性に交わらず、体を酷使して凌いだ。 土地の人や同行者と気脈を通じ、自然の美しさや峠からの見晴らしに感動するが、次の探索を急いだ。 彼は『秘境西域八年の潜航』の校正はしなかった。 送られてきた同僚木村の本には目も通さない。 終わったことは、聞かれればそのことは話すが 自分からは語らない、寡黙であった。 決めたことは必ずやる、身をもって体験する、 行動をこそ重視する人であった。 帰ってからは終生盛岡で364日仕事に没頭した。 西川の未知の世界を知ろうとする行動力が沢木の本能にスパークした。彼の体験は人間本来の可能性と希望を呼び起こす。沢木は共鳴の疼きををこの作品に結実させた。バックパッカー沢木耕太郎集大成の傑作だ。

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2025/11/28

密偵としてモンゴルからインドまで旅を続け、日本人ということを隠すため、ラマ教徒と偽る。 西川さんの行動力や努力は計り知れない。 未開の地で生きていくのに、現地の言葉を覚え、托鉢をして僅かな食糧を得て、殆んどが野宿。 ヒマラヤに近い地域の峠を何度も登り降りし、匪賊 の脅威にさらされ...

密偵としてモンゴルからインドまで旅を続け、日本人ということを隠すため、ラマ教徒と偽る。 西川さんの行動力や努力は計り知れない。 未開の地で生きていくのに、現地の言葉を覚え、托鉢をして僅かな食糧を得て、殆んどが野宿。 ヒマラヤに近い地域の峠を何度も登り降りし、匪賊 の脅威にさらされながら集落に着くと、軒を借りながら次の地を目指す。 読んでいて、西川さんの8年に渡る経験を疑似体験 したような感覚だった。 人生には、生きながらえるための食糧と寝床さえ有ればあとは何も要らないといった人生観を養えたのは、あの体験があったからなのか。 この小説に出会わなければ、このような日本人がいたと分からないままだったと思う。

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