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私の身体を生きる
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私の身体を生きる

アンソロジー(著者), 西加奈子(著者), 村田沙耶香(著者), 金原ひとみ(著者), 島本理生(著者), 藤野可織(著者), 鈴木涼美(著者), 千早茜(著者), 朝吹真理子(著者), エリイ(著者), 能町 みね子(著者), 李琴峰(著者), 山下紘加(著者), 鳥飼茜(著者), 柴崎友香(著者), 宇佐見りん(著者), 藤原麻里菜(著者), 児玉雨子(著者)

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 文藝春秋
発売年月日 2024/05/24
JAN 9784163918488

私の身体を生きる

¥1,650

商品レビュー

3.6

143件のお客様レビュー

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2026/02/18
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

### アンソロジー、あまり読んだことがなかったので読めるか少し心配でしたが、 いろいろと、それぞれに、自分の身体に関する記憶や経験が書かれていて、 無事読めました。 ワンテーマを通して、こんなに豊かなアンソロジーができるんだなーと、やっぱ一流の作家さんたちだからかと思いますが、読者としても自分自身の経験について振り返る機会になったり、他者について少し想像する機会になる、とても良い本だったと思います。

Posted by ブクログ

2026/02/13

リレーエッセイ方式で17人の書き手が 『私の身体を生きる』という性をテーマに綴った作品。 想像していた感じと、かなり違っていた。 同じテーマでも書き手によって随分とみえる世界が変わるものだ。編集者から依頼された形で綴っているためか、何となく及び腰に感じる作品も少なくない。 女...

リレーエッセイ方式で17人の書き手が 『私の身体を生きる』という性をテーマに綴った作品。 想像していた感じと、かなり違っていた。 同じテーマでも書き手によって随分とみえる世界が変わるものだ。編集者から依頼された形で綴っているためか、何となく及び腰に感じる作品も少なくない。 女性しばりでリレーエッセイ集にした意味する所も、問いたいが、赤裸々告白をするものから、トラウマ的な内容を飄々と語ったものまで、多種多様・・・ トップバッターの島本理生さんの作品だけは、眠っていたような共感が呼び起こされる様な感覚があった。 恋愛ものがお得意な作家さんだけに、性の役割にも飄々と鋭い着眼点をお持ちだ。 色々な考え方や捉え方があるんだなぁと感じる一方、敢えて?競い合って?マイノリティ側に寄って描いている様に感じるものもあり、私にはあまり馴染まなかった。 性の話が公にはタブーとされていた時代を生きてきたからか、この歳になってそういう話ができる方が見つかると一気に距離が縮まる。 人によっては幾つになってもタブーなので、手探りと嗅覚?笑で探し当てる感覚に近い。 このテーマで男性バージョンもあったら読んでみたい。

Posted by ブクログ

2026/02/08
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

独身未婚中年男性の自分(ややゲイ寄りのアロマンティック、インセル)が、読んではいけなかったかなと、若干罪悪感に苛まれながら読みました。 男女の非対称性を再確認させられたことを2点。 まず、書き手の皆さんの、性行為回数が多いということ。 これは、男性のほうが性行為回数が少ない、という意味ではありません。 女性の場合、女性が男性と「性行為したい」と思った場合、女性のほうにこだわりがなければ(相手の男性が誰でも良いのであれば)、「あたしとやらない?」と言えば、基本的に男はホイホイ付いてくるので、相手には困らない、ということです。 (自分は、それが望ましいこととは思いませんが) 逆に男性がやりたい場合はそれはないのです、当たり前ですけど。 男性が誰でもいいのでやりたい場合は、お金を払って風俗店に行くのでしょう。 この点、男女は非対称です。 もう一つ。 このタイプのエッセイ集を、男性の書き手の人が書いたものが成立するかというと、たぶんしないんでしょうね。 北方謙三先生なんかはずっと風俗に行けと言っていましたが、今だとコンプライアンス的に問題がありそうですし、そんな話を聞かされてもと気持ち悪がられるのがオチでしょう。 ただ、本書中で村田さんが言われていた、自慰行為について女子が話すと、男性には、「その女性が若くて性的魅力があるとされる場合は」やらせてくれそうな「女の子のエロ話」に、「そうではない場合は「聞きたくない、気持ちが悪い話」」になるとのことで、これは男性でもそうなんでしょう(「※ただしイケメンに限る」が真理)。 一点我が意を得たりだったのは、鳥飼さんの次の一文。 「女の体を性的に消費したいという強烈な欲望を持つ本体が搭載されている、男型の車体をプレイできていた私の父親は、性的主体としての齟齬がまるでないという点で羨ましい」 ホントこれはそう思う。自分はマイノリティだから多様性を尊重する社会が望ましいと思っているけど、ハッキリいえば、男尊女卑社会に生まれるなら、強者男性に生まれてしまえば、自分自身は悩まないんだから、羨ましい。 もっとも、そこで女性や弱者男性を傷つけることで、その人の徳は減らしていると思うので、そういう生き方をしたいかというと、そうでもないんだけど・・・。 そういう「優しさ」が、自分の男性的魅力を減じているのではないか、と、結局自分は性的主体としての齟齬ありまくりで、死ぬまで悩むんだろうなと思いました。 昔友人に、「君は自分のなかで性のゆらぎってないでしょ?」と問いかけたら、友人は「あるよ。僕、料理したり、女子力高いもん」と答えてきた。「それ、料理=女子って決めてる時点で、君は根っからの「男」だよ」と返したことがあります。 その友人は、やっぱり性的主体としての齟齬がない人なんだなと、思ったりしました。 羨ましくもあり、ああはなりたくないと思ったりもし。 弱者にとって、性は自分のものじゃないのかもしれません。愉しむことは許されないのかも(涙)。

Posted by ブクログ