1,800円以上の注文で送料無料
台湾漫遊鉄道のふたり Chizuko & Chizuru's Taiwan Travelogue
  • 新品
  • 書籍
  • 書籍
  • 1222-01-08

台湾漫遊鉄道のふたり Chizuko & Chizuru's Taiwan Travelogue

楊双子(著者), 三浦裕子(訳者)

追加する に追加する

台湾漫遊鉄道のふたり Chizuko & Chizuru's Taiwan Travelogue

2,530

獲得ポイント23P

在庫あり

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 中央公論新社
発売年月日 2023/04/20
JAN 9784120056529

台湾漫遊鉄道のふたり

¥2,530

商品レビュー

4.2

124件のお客様レビュー

レビューを投稿

2026/06/15

台湾作家楊双子による小説。 全米図書賞翻訳文学部門、日本翻訳大賞、国際ブッカー賞受賞作。 1938年の日本統治下の台湾に招かれた日本人女性作家と台湾人女性通訳との1年間に亘る交流を描く。 主人公の1人青山千鶴子は長崎出身の小説家。著作「青春記」か映画化され台湾でも上映されたこ...

台湾作家楊双子による小説。 全米図書賞翻訳文学部門、日本翻訳大賞、国際ブッカー賞受賞作。 1938年の日本統治下の台湾に招かれた日本人女性作家と台湾人女性通訳との1年間に亘る交流を描く。 主人公の1人青山千鶴子は長崎出身の小説家。著作「青春記」か映画化され台湾でも上映されたことを機に、台湾での講演旅行に招かれる。 もう1人は千鶴子に通訳として同行する王千鶴。本島人の有力な一族の出だが、妾腹ゆえに複雑な出自の秘密を持つ。 本書は青山が書いた(架空の)小説を千鶴が翻訳したという体で、(本物のあとがき以外に)架空のあとがきが3つついている。 訳者によれば「美食+鉄道旅+百合」とのことだが、「百合」とは友情以上恋愛未満といったところか。 主従関係の垣根を越えて友情を育もうとする千鶴子と、開けっぴろげな千鶴子に魅力されながらも心を許しきらない千鶴。 そこには支配国と被支配国の間の埋められない溝があった。 本島人の役人美島(台湾の別称か)に自らの無神経さを指摘され愕然とする千鶴子。 台中の下町に暮らす千鶴を訪ね、その暮らしや過去に思いを馳せ、千鶴の謎を解き明かす。 22歳の若さで小学校教師となり、博覧強記、食にも詳しく、料理をでき、4ヶ国語を操る千鶴の過去は本書の最大の謎だった。 戦後の1954年に千鶴子が書いた本を、米国に暮らす千鶴が1977年に約した(さらにそれを楊双子が新訳した)という設定。 日本の敗戦を経て、支配・被支配の構図はもはやなく、純粋な心の交流だけが残された。

Posted by ブクログ

2026/06/12

ファンタジーの余韻から現実へ引き剥がすようなあとがきパート含め、全部好きだし新鮮だった。 まず、千鶴子の痛々しい言動に、痛烈な共感性羞恥を覚えた。 台湾グルメと鉄道旅の鮮やかな描写に惹かれて読み進めるうちに、自分の中にも覚えのあるおめでたくも独りよがりで都合の良い解釈に気付かされ...

ファンタジーの余韻から現実へ引き剥がすようなあとがきパート含め、全部好きだし新鮮だった。 まず、千鶴子の痛々しい言動に、痛烈な共感性羞恥を覚えた。 台湾グルメと鉄道旅の鮮やかな描写に惹かれて読み進めるうちに、自分の中にも覚えのあるおめでたくも独りよがりで都合の良い解釈に気付かされるからだ。 千鶴子の無自覚な特権階級の傲慢さと、千鶴ちゃんの圧倒的な大人の対応の対比に、息も絶え絶え悶え苦しむほどだった。 対等とはなんだろうか。対等でないと友情は育めないのか。 現代の自分を翻って、組織における上司と部下の関係にも綺麗にスライドして追体験できる素晴らしい読書体験だった。

Posted by ブクログ

2026/06/09
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

台湾のごはんが、とにかく美味しそうだった。 列車に乗って、知らない街に降りて、その土地のものを食べる。そういう旅の空気がすごくよくて、読んでいる間、何度も台湾に行きたくなった。 でも、この本は単純な旅行記としては読めなかった。 舞台になっているのは日本統治時代の台湾で、そこにはどうしても、見る側と見られる側、支配する側とされる側の関係がある。 鉄道が敷かれ、インフラが整い、生活が便利になった面はたしかにあったのだと思う。 ただ、それを日本人である自分が「日本が台湾を良くした」と受け取ってしまうのは、かなり危ういことだと思った。 便利になった、発展した、という言葉の裏側には、もともとそこにあった生活や文化、コミュニティが変えられていった事実もある。 元々あった孔子廟が壊され、多くの神社が建てられた、という語りは特に印象に残った。 何かを整えることは、同時に何かを上書きすることでもあったのだと思う。 今、日本に好意的な台湾の人が多いとしても、それを「日本統治が良かったから」と簡単に回収してはいけない。 好意や親しみは、歴史を帳消しにするものではないし、こちらに都合よく受け取っていいものでもない。 むしろ、好意的でいてくれるからこそ、雑に甘えてはいけないのだと思った。 もう一つ強く残ったのは、出自やアイデンティティの違いによって、どれだけ気が合っても、趣味が合っても、友人にはなれないかもしれないという感情だった。 今の自分からすると、なかなか想像しづらい。 気が合えば友達になれる、というのは、実はかなり平和で恵まれた前提なのかもしれない。 その前提が成り立たない時代や場所があったことを、あまり考えたことがなかった。 読んでいて少し引っかかったのは、漢文からの引用がけっこう多いところだった。 最初は、「昔の日本人って、こんなに漢文的な教養を前面に出していたのかな」と思った。 もちろん、当時の知識人ならそういう素養はあったのだろう。けれど、それだけではなく、作者が台湾人であることも関係しているのかもしれない。 つまりこれは、台湾人作家が想像する「昔の日本人像」でもあるのだと思う。 日本人が台湾を見ていた時代の話でありながら、今度は台湾の作家が昔の日本人を見つめ返している。 そこが面白かった。 この本は、台湾を描いているようでいて、日本人である自分の見方も試されているような感じがした。 読み終えて、台湾にはすごく行きたくなった。 ただ、「懐かしい日本の名残」を探すような旅にはしたくないと思った。 それはたぶん、台湾を見るようでいて、結局は日本の影ばかり探す旅になってしまうからだ。

Posted by ブクログ

関連商品

同じジャンルのおすすめ商品

最近チェックした商品

履歴をすべて削除しました