1,800円以上の注文で送料無料
猫に学ぶ いかに良く生きるか
  • 新品
  • 書籍
  • 書籍
  • 1215-02-11

猫に学ぶ いかに良く生きるか

ジョン・グレイ(著者), 鈴木晶(訳者)

追加する に追加する

猫に学ぶ いかに良く生きるか

3,300

獲得ポイント30P

在庫あり

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 みすず書房
発売年月日 2021/11/04
JAN 9784622090496

猫に学ぶ

¥3,300

商品レビュー

3.5

13件のお客様レビュー

レビューを投稿

2026/01/01

2025年の3月で10刷だから、この手の本としてはけっこう売れているのだと思う。 前々から気になっていて、中古で買おうかなと思いつつ、結局買わず。このあいだ岡山市内で偶然入った正夢書房( https://www.instagram.com/masayume_shobo0315/...

2025年の3月で10刷だから、この手の本としてはけっこう売れているのだと思う。 前々から気になっていて、中古で買おうかなと思いつつ、結局買わず。このあいだ岡山市内で偶然入った正夢書房( https://www.instagram.com/masayume_shobo0315/ )という書店に置いてあったので、せっかくだからと購入。書店で新刊を買うのは本当に久しぶりなので、変に緊張した。 「人間は人間、猫は猫だ。何がちがうかといえば、猫が人間から学ぶことは何ひとつないが、人間は、人間であることの重荷を軽くするにはどうしたらよいかを、猫から学ぶことができる」p.151 かつてスピッツに「猫になりたい」という曲があって、あれは好きな彼女に抱かれる猫になりかわりたい、という歌だが、そもそも猫は人間に対していわゆる愛情の交歓がしたくて抱かれているのではなく、給餌と安全保障してくれる相手の懐がただ暖かく、柔らかいのでそこいいる。 彼らに孤独や退屈はないし、瞬間的な欲求に従って現在の快を楽しむ。そこに等価交換という概念もなければ、他者からの評価云々というものも存在しない。 「猫は利己主義者ではあるが、虚栄に苦しんだりはしない」p.105 人間は死を考え、やがて自分の物語が終わる茫漠とした不安に向き合うために宗教や哲学を編み出してきた。ただし、いっぽうで猫たちの死の知覚は、人間のそれとはまったく異なるようにみえる。 「猫は、死とは人生という物語の終わりという人間的な恐怖を抱いていないので、その物語を継続する来世を必要としない」p.128 「猫は死の直前まで生しか知らないから、死に支配されていない」p.146 ユヴァル・ノア・ハラリは人間が社会を築き、発展を遂げてきたのは物語(narrative)という共同幻想を持つ能力を得たからだ、といったし、その通りだと思うのだが、一方でその物語の登場人物として「何者かである」ということを自らに課すあまり、集団的な病を患っているようにもみえる。 「現代社会の現実は集団神経症であり、それはそれは絶えず完全な狂気に落ちていく。神経症は病気の症状というより、自己治療の企てである。現代のさまざまな全体主義運動はこの種の企てである。 だが人間は孤独になってしまい、たとえ大衆全体が集まっている避難所に逃げこんだといても、いつまでも孤独であり続ける。人間はもはやそこから立ち直ることはできないのだ。 論理的思考は現代の神経症者をかえって悪化させてしまう」p.132 猫は独立自尊で自己充足した存在のようにみられる。本当のところはどうかはわからない。 人間がまったく完全に社会的な接続を絶って気ままに生きるのは困難だし、猫のように振る舞う(死に対する意識を一切持たずに現在の快を気ままに楽しむ)ことは、およそ現実的ではない。 ただし、帯で養老孟司さんが評するように、 「人生の重荷を感じている人には本書を読むことが救いにはならなくても、最低「気晴らし」にはなると思う。猫好きにとっては面白い上に感動的でもありつい読み切ってしまう」 そのような良書だと僕も思う。生きることが苦しい人にとっては、その原因となっている人間的な常識を相対化するために、猫から学ぶことは(彼らにまったくその気はなくとも)ある。 弊猫・さつきがうちにやってきて2年6カ月。 愛すべき相棒であり、地域の皆さんに愛想をしてたらふくエサにありつく打算的な一面も持ちつつ、やはり、どこか人間とは違った世界の知覚を持った賢者のようでもある。 少なくとも、猫がそばにいる人生はとてもよいものだと思う。

Posted by ブクログ

2024/09/22

表紙とタイトルで想像される本以上でも以下でもない。ただ、猫と暮らすみすず好きであれば買わざるを得ない。これが猫のように生きる事である。というような事が書かれていると理解したが、一神教の文化で生活してないから彼らの人生の悩みとかがあんまし響かないんだよね。

Posted by ブクログ

2024/02/04

人間がなにかと思い悩むのは、人生に意味を求めるからだ。生きる意味など考えず、人の生活に順応しながらも決して従順になることのない猫から学ぼう、と語りかける軽快な哲学入門エッセイ。 プロテスタント教会に通っていた子どものころ、動物にやたらと冷たいキリスト教の教義に疑問を持っていた...

人間がなにかと思い悩むのは、人生に意味を求めるからだ。生きる意味など考えず、人の生活に順応しながらも決して従順になることのない猫から学ぼう、と語りかける軽快な哲学入門エッセイ。 プロテスタント教会に通っていた子どものころ、動物にやたらと冷たいキリスト教の教義に疑問を持っていた。べつに動物愛護精神に溢れていたわけではないのだが、ただ、自由意志を神から人に与えられたギフトとみなす考え方がとても不思議だった。それはむしろ人間にだけ課せられた枷じゃないかと思っていた。 本書の著者グレイが言ってるのも大体似たようなことで、人間界で重視される"意味""意義""大義"みたいなものや、それを前提とした人間中心主義から脱却しよう、生に満足している動物たちを見下すのはやめよう、という提案から始まる。哲学(特に西洋哲学)なんか生きる意味を追求しようとして発展してきたものだから、本質的にはなんの役にも立たないよ!と言い切ってもいて、とは言いながらモンテーニュやスピノザの表面をふわっと撫で、文学者たちの猫愛に共感する軽快なエッセイである。 「意味を探し求めることは幸福の探求に似た、ひとつの気晴らしにすぎない」という結びに表れているとおり、國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』と共通するところも多い。だが、『暇と退屈〜』にあった気晴らしに対してある種すがるような気持ちすらも、猫にはない感情として本書は軽くいなしている。 内容的には猫じゃなくてもいい気はするのだが、観察対象として身近で、人と共生しながら野性を失わない生き物の代表ということだろう。ヤマネコとイエネコにゲノムの差がほとんどないというのは驚いた。サラサラ読めたけど、猫本としてはジョージ・エリオットやポール・ギャリコのようにもっとふざけてもいいと思う。

Posted by ブクログ