1,800円以上の注文で送料無料
世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学
  • 新品
  • 書籍
  • 書籍
  • 1215-02-12

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学

近内悠太(著者)

追加する に追加する

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学

2,090円

獲得ポイント19P

在庫なし

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 ニューズピックス
発売年月日 2020/03/13
JAN 9784910063058

世界は贈与でできている

¥2,090

商品レビュー

4.1

223件のお客様レビュー

レビューを投稿

みんなの感想まとめ
  • 贈与の倫理学
  • 資本主義の批判
  • 人間関係の温かさ
  • 思考の転換
  • 日常生活の価値
  • 感情と愛の不合理
  • 社会の見え方の変化
  • 希望のデビュー作
  • 哲学者の視点
  • 新たな人間関係の構築

「贈与」という概念を中心に、資本主義の冷たさと人間関係の温かさを探求する本書は、さまざまな例を通じてその魅力を伝えます。著者は、合理的な交換が支配する社会の中で、感情や愛が不合理から生まれることを指摘し、贈与が存在することで見えない価値が浮かび上がる様子を描き出しています。読者は、日常生活の中に潜む贈与の瞬間に気づくことで、より豊かな人間関係を築くヒントを得ることができるでしょう。また、思考の過程で感じる戸惑いや混乱が、逆に新たな視点をもたらすこともあると示唆されています。全体を通じて、贈与の力がどのように私たちの生活を豊かにするのか、深く考えさせられる一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/10/19

お金で買えないものを贈与として書いている サンタクロースの話は面白かった あとがきの書いたけど空っぽです、に対してそうじゃなきゃ嘘ですよと返されるエピソードもすごく良い。 贈与を受けてきた次は贈与する側だという結びも良く こういう系の話でスっと入ってきてかつ学びになったの久...

お金で買えないものを贈与として書いている サンタクロースの話は面白かった あとがきの書いたけど空っぽです、に対してそうじゃなきゃ嘘ですよと返されるエピソードもすごく良い。 贈与を受けてきた次は贈与する側だという結びも良く こういう系の話でスっと入ってきてかつ学びになったの久々かも

Posted by ブクログ

2026/10/14

◯要点 お金では買えないものについて、贈与という概念を通じて論じている。贈与は、与える者の「倫理」と受け取る者の「知性」で成り立つ。受け取る者には、目の前にあるものが、単なる当然の利益ではなく、贈与であることに気づく想像力が求められる。 この考え方は、科学における仮説形成にも...

◯要点 お金では買えないものについて、贈与という概念を通じて論じている。贈与は、与える者の「倫理」と受け取る者の「知性」で成り立つ。受け取る者には、目の前にあるものが、単なる当然の利益ではなく、贈与であることに気づく想像力が求められる。 この考え方は、科学における仮説形成にも通じる。仮説形成において重要なのは、目の前にある事象を単なる事実として受け流すのではなく、それが意外なもの、すなわち本書でいう「アノマリー」であると気づく洞察力である。 ◯所感 贈与は受け取ることから始まる、という点に納得した。例えば、周りに「育ちが良い」と自ら語る人がいるが、その言葉の背景には、目の前にあるものが当たり前に受け取れるものはでない、という認識があるのかもしれない。ものの価値というのは、与える側だけでなく、受け取る側の姿勢によっても決まるものなのかもしれない。 また、本書では、他者を理解することを「言語ゲーム」と表現し、重要視している。この考え方は贈与論だけでなく、コミュニティにおける身内ネタを知ることなど、他者を理解する上で普遍的な考え方と思った。 一方、後半の内容や最終章は分かったようで未だピンとこない部分もあった。今後、自分が親になるなど、人生の重要局面を迎えたときに読み直すと、今回とは異なる視点から本書の内容を理解し、腑に落ちるかもしれないと感じた。

Posted by ブクログ

2026/10/01

分かりやすく贈与について書かれていた。 これを機に利他などについて学ぶ人が増えそうですごくいいと思った(誰目線)。 ウィトゲンシュタインについてもすごく噛み砕いて引用されてて良かった。 身近にある贈与に気付いて、誰かに届くといいなってふわっと風船を離すように私も誰かに届けていきた...

分かりやすく贈与について書かれていた。 これを機に利他などについて学ぶ人が増えそうですごくいいと思った(誰目線)。 ウィトゲンシュタインについてもすごく噛み砕いて引用されてて良かった。 身近にある贈与に気付いて、誰かに届くといいなってふわっと風船を離すように私も誰かに届けていきたい。 利他・贈与から歴史を学ぶ必要性につなげていたのが筆者ならではの主張で良かった。 ーーー 以下抜粋 贈与は、贈与を生まなければ無力である 結局、贈与になるか僞善になるか、あるいは自己犠牲になるかは、それ以前に贈与をすでに受け取っているか否かによるのです。 贈与者は名乗ってはなりません。名乗ってしまったら、お返しがきてしまいます。 贈与はそれが贈与だと知られない場合に限り、正しく贈与となります。 しかし、ずっと気づかれることのない贈与はそもそも贈与として存在しません。 だから、贈与はいつかどこかで「気づいてもらう」必要があります。 あれは贈与だったと過去時制によって把握される贈与こそ、贈与の名にふさわしい。 だから、僕らは受取人としての想像力を発揮するしかない。 贈与は差出人から見れば、たしかに「届かない手紙」かもしれません。ですが、受取人の視点に立つならば、贈与は「届いていた手紙」になるのではないでしょうか? それは、届いていたことに気づかなかった手紙、あるいは読むことかできなかった手紙と言えます。 僕らはいつも他者からの善意を見落としてしまう。 というよりも、愛はそれが愛であるならば、見つからないように、気づかれないように手渡される。 愛はサンタクロースのプレゼントのように、その正体を隠したまま、僕らのもとへやってくる。 だとしたら、僕らにできることは「届いていた手紙を読み返すこと」ではないでしょう か。 僕らは他者との言語ゲームを通して、「窓」という言葉の使い方の規則を理解してきたのでした。 意味は心の中にあるのではない。意味は言語ゲームの中にある。 「痛い!」という発話は、「それで言語ゲームが終わるのではなく、それとともに始まるのである」とウイトゲンシュタインは述べています。 他者のことを理解できないのは、その心の内側が分からないからではありません。 その他者が営んでいる言語ゲームに一緒に参加できていないから理解できないと感じるのです。 他者と共に生きるとは、言語ゲームを一緒に作っていくことなのです。 「3+5=8」はそれを疑わないことによって、新たな知識を獲得できるという意味において絶対確実な真理となる。 重要なのは、天才的な数学者が証明したから真理となっているわけではないという点です。 僕らは、真理や絶対確実な知識というものを、徹底的に検証されたもの、証明されたものだという考えを持っています。ですが、ウィトゲンシュタインが切り開いた真理観は、「疑いの不在」という意味の確実性でした。 「疑うことができない」という疑いの根源的な不在によって、それが正しいとされるのです。 これらの命題を「世界像」と呼びました。 それは、僕らの言語ゲームにおける「疑うことがそもそもできない」ものの総称です。 贈与は市場経済の「すきま」に存在すると言えます。 いや、市場経済のシステムの中に存在する無数の「すきま」そのものが贈与なのです。 そして、世界像、すなわち常識に支えられた言語ゲームの全体性、整合性を前提として初めてアノマリーが立ち現れるのと同様に、市場経済というシステムと交換の論理という下地があるからこそ、そこに贈与というアノマリーが見えてくるのです。 ですから本書が論じた形の贈与は、市場経済を否定していません。 それどころか、むしろ、市場経済を必要としているのです。 なぜなら、無時間的な等価交換、相手を問わない形の交換が日常となっているからこそ、贈与がアノマリー、すなわち「間違って届いたもの=誤配」として立ち上がるからです。 贈与はアノマリーでなければならない。 宛先を持つという僥倖。宛先を持つことのできた周然性。 贈与の受取人は、その存在自体が贈与の差出人に生命かを与える。 だから贈与は与え合うのではなく、受け取り合うものなのです。 今、僕らは近代民主主義、近代国家、市場経済システムという言語ゲームを生きています。そして、それを当然のものとして受け取っています。ですが、これらの制度も先人たちの努力の結果として、偶然、現代の僕らのもとに届いたものです。ある歴史的な出来事には、さまざまな得然的なファクターが関与しています。歴史を学ぶというのは、そこに何ら必然性がなかったことを悟るプロセスでもあります。 この世界の壊れやすさ。 この文明の偶然性。 これに気づくために僕らは歴史を学ぶのです。

Posted by ブクログ

関連商品

同じジャンルのおすすめ商品

最近チェックした商品

履歴をすべて削除しました