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文系と理系はなぜ分かれたのか 星海社新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 星海社/講談社 |
| 発売年月日 | 2018/08/26 |
| JAN | 9784065123843 |
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文系と理系はなぜ分かれたのか
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文系と理系はなぜ分かれたのか
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商品レビュー
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文系と理系はなぜ分かれたのかを、世界の歴史、日本の歴史、産業構造、ジェンダーの観点から分析した本。なぜ分かれたのか、というよりも、文系理系という「学問の枠組み」をどう考えるか、という本だと感じた。 歴史を鑑みても、文系と理系という分け方は、最近作られたようなものだと感じる。様...
文系と理系はなぜ分かれたのかを、世界の歴史、日本の歴史、産業構造、ジェンダーの観点から分析した本。なぜ分かれたのか、というよりも、文系理系という「学問の枠組み」をどう考えるか、という本だと感じた。 歴史を鑑みても、文系と理系という分け方は、最近作られたようなものだと感じる。様々な歴史的背景があって、当時は文系理系の別はなかった。(こうまとめちゃゃうととんでもなく雑だが。) ただ、世界の歴史を見ると、学問が宗教や王権から自律していく経緯がある。そして、「神の似姿である人間を世界の中心とみなす自然観」から距離を取り、「客観的に」物事をとらえる立場。人間はバイアスの源とする。神と王を中心とする世界秩序から離れ、人間中心の世界秩序を追い求める方向性。人間は価値の源泉とする。 学問においてこの立場の違いがあるということは、興味深い観点だった。 博士課程がなぜ就職率が下がるのか?という点も面白かった。理系は、確かに専門性を重視される部分がある。修士卒も損にならない。しかし諸外国と比べて博士号の就職率はガクンと下がる。日本の科学技術投資は多いのになぜ?→諸外国では、新卒採用はなく、逆に博士号がシグナルになる。さらに、博士であると言うことは人脈や国の補助を引っ張ってこれる実力があるとみなされる。一方日本は新卒採用であり、国自体が投資しており、であれば早く取れる修士の方が人気が高くなる。 そして、学問とイノベーションという観点も興味深かった。理系が儲かる、というイメージは確かにある。それは産業で求められるイノベーションがあったから。 「イノベーション政策1.0」→理工系教育、研究の進行と経済成長は直線的に結び付けられる。(蒸気機関、内燃機関など)。戦後日本もそれに乗る。ただしここでは、理工系は「国民経済に貢献する」のが目的。大学の理工系は知識を生み出すのみであり、それを商品に変えるのは技術者や企業研究者。 「イノベーション政策2.0」→経済の更なる発展のために政策により研究の成果を市場化するための制度を整えたり、基礎科学だけでなく、ユーザーからのフィードバックなど、異なる立場の人との交流を活発化させることを求めた。リニアモデルからの脱却である。(そして参考にされていたのが日本。日本は高度経済成長下、諸外国の研究にただ乗りし、技術開発を進めていると批判されていた)。この結果、シリコンバレーに代表される企業がどんどん起業された。gafaなどがいい例。博士号を取得して起業する。これがもうかる理工系と儲からない人文系の発想を生み出した。 「イノベーション政策3.0」→イノベーション2.0は、一部の企業のみに利益をもたらし、そうした企業は租税回避を行い、国家に利益をもたらさない。あるいは環境負荷の拡大や、経済不平等。そこで、SDGsに代表される、ジェンダー平等や社会福祉など人文社会科学にも投資を行う姿勢。 そして、最後に筆者が触れるのが、学際化。こうした背景の中、学際化は必要な観点。 分けて考えないと情報量が多すぎるが、分けてしまうと元の姿が分からなくなる。「学際化」の動きは確かに不可欠だが、専門分化が進んでいるのは理由がある。「学際化」の試みが実用を越えた「学問統一」への欲望と隣り合わせになりやすい。 そして、学際的分野は政治的論争を引き起こす。地球温暖化なんかは、自然科学で証明しきれていない(証明した時には人類が滅びる)が、解決策を見出さないといけない、科学的でないと言われる。ただ、こうした論争は必要と考える。学問が現実に切実な対象を扱うほどに学術的論争と政治的論争の境界は不明確になる。そもそもテーマ選択にある種の政治性を帯びる。テーマ選択が立場表明になるから。 学際化は、確かに必要な観点だが、明らかに現代における情報量は多い。そうした中で、何が「真実」なのか、ということはより見定めにくくなっている世界になっていると思う。だからこそ、学術と政治論争がごちゃまぜになり、何が真実かは分からない。そうした中で、どうすればいいんだろうね。
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