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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 河出文庫
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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 河出文庫

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史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち 河出文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 河出書房新社
発売年月日 2016/10/01
JAN 9784309414812

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち

¥1,012

商品レビュー

4.7

72件のお客様レビュー

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2024/11/04

哲学が好きなのですがあまり小難しく書かれても理解できない…と思っていた時、何だか漫画みたいな表紙のこちらの本に出会い惹かれて、思わずジャケ買いしました。 文章は砕けた感じではありますが、色んな東洋の哲学者達の主義主張をわかりやすく書かれていて、とても読みやすかった!こちらの本のお...

哲学が好きなのですがあまり小難しく書かれても理解できない…と思っていた時、何だか漫画みたいな表紙のこちらの本に出会い惹かれて、思わずジャケ買いしました。 文章は砕けた感じではありますが、色んな東洋の哲学者達の主義主張をわかりやすく書かれていて、とても読みやすかった!こちらの本のおかげで、哲学が身近で親しみやすく感じました。あと仏教が日本に入ってきて、それが根付き、宗派が複数に分かれることになった経緯が、とても納得…!でした。 完全理解は出来てないので、あと何度か読み直ししたいなと思います。読み直しが楽しみに感じる本です。

Posted by ブクログ

2024/08/07

前作の西洋哲学トーナメントに引き続き、本作では東洋哲学によるバトルが展開される。 西洋哲学が「ゴール(真理)を目指す」ものであるのに対し、東洋哲学は「ゴールした」ところからスタートする。 東洋哲学者は、西洋のようにそれまで築かれてきた哲学を批判したり打ち砕くことに躍起になった...

前作の西洋哲学トーナメントに引き続き、本作では東洋哲学によるバトルが展開される。 西洋哲学が「ゴール(真理)を目指す」ものであるのに対し、東洋哲学は「ゴールした」ところからスタートする。 東洋哲学者は、西洋のようにそれまで築かれてきた哲学を批判したり打ち砕くことに躍起になったりはしない。 後世の人間たちは、先人の東洋哲学に対して「自分たちの解釈の仕方が間違っているんだ」と考え、「新しい解釈の仕方」を作り出し、その解釈の体系を発展させていく。 ーーーーーーー一以下、抜書きーーーーーーー . 西洋の場合は、最初の哲学として「世界の根源とは何か」「絶対的に正しいことは何か」といったことを考えた。すなわち、西洋は「人間の外側」にある「何か」について考えたのだと言える。しかし、東洋の場合は、それとはまったく異なり、哲学者たちはみな、「自己」という「人間の内側」にある「何か」について考えた。そう、東洋と西洋は「関心のベクトル(方向性)」がちょうど逆だったのである。 . 『存在と無』は、二〇世紀最大の知的巨人であるサルトルによって書かれた「私」に関する西洋最新最強の哲学書であるが、実のところ、そのいくつかの洞察は、紀元前六〇〇年頃の東洋哲学者がすでに通り過ぎた場所なのである . だから、何も釈迦が突然そういう「境地」を新しく発明したわけではない。また、後に彼は、菩提樹の下で悟り、その境地に到達するわけであるが、それだって別に彼が人類史上初というわけではないのである。したがって、その意味では、釈迦は決してオリジナルな存在ではないし、突如インドに舞い降りてすべてを生み出した神のような存在でもない。釈迦は、ウパニシャッド哲学という脈々と受け継がれてきた古代インドの伝統を踏まえた上で存在しているひとりの人間であった、ということは覚えておいてほしい。 . 釈迦が偉大だったのは、古代インドの伝統として根付いていた当時最強のウパニシャッド哲学にたったひとりで立ち向かい、その誤解を正してインド哲学の潮流を正道に戻し、そのうえで「アートマン」という概念を否定した次の時代を担う新しい東洋哲学を生み出したところにあるのである。 . 仏教とは、釈迦の哲学を知識として伝えるための教団なのではない。仏教とは、釈迦、そして、古代インドの哲人たちが到達した「あの境地」をみんなにも体験させようと、その方法を何千年も研鑽し続けた学徒の集団なのである。それゆえ、仏教のお経には、知識や教訓や生きるヒントが書かれているのではない。お経とは、読むことで釈迦や古代インドの哲人たちと同じ悟りの体験が引き起こされるよう、周到に緻密に計算された実践の書なのであり、そのためにこそお経は後世に伝えられ、そのためにこそお経は繰り返し読まれ続けるのである。 . 『論語』を読み、孔子の道徳的言説を学ぶことも大切ではあるが、僕たちが孔子からホントウに学ぶべきことは、「戦国時代、たった一介の学士にすぎなかった男が、歴史を正道に戻そうと、国家権力にも神秘的権威にも屈せずに立ち向かった」というその心意気、ハートの方にこそあるのである。 . 墨子は自らの思想を「兼く愛する」というところから兼愛と名づけた。この兼愛の名のもとに、墨子は「家族も隣人も他国の人もみな平等に、自分自身を愛するかのように愛しなさい、そうすれば戦争なんて起きないよ」と情熱的に説いたのである。 . つまり、ある人は作物を植えることに専念し、ある人は家を建てることに専念し、互いにその仕事を分けあった方が効率的で、全体としても利益が大きくなるということだ。すなわち、荀子はまだ経済学すらない紀元前の昔に、分業のメリットをすでにうたっていたわけであるが、だからこそ万人が平等で同じであってはいけないのである。 . だからこそ、老子は言うのだ。学を捨て、分別を捨てなさい、と。そうして、ついには「私がいる、私がやっている、私が見ている、私が触れている」と言った思い込み(分別)を打ち破り、行動や思考が自然にわき出るままに任せるという境地に到達しなさい、と。このとき、『私』は何も為さないただの観客となり、人生は映画のようにひとりで為されていく。この境地を老子は「無為自然」と呼んだのである。 . 日本において東洋哲学はいつはじまったのか? その答えは、仏像や経典が日本に伝来したときでもなければ、蘇我氏が物部氏を滅ぼしたときでもない。聖徳太子という日本を代表する稀有な智者が仏教の真髄を理解した、まさにその「瞬間」から日本の東洋哲学の歴史がはじまったのである。

Posted by ブクログ

2024/06/09

読み応え抜群。 入門書というだけあって、わかりやすかった。 ただ、「説明して」と言われても上手く説明できる自信はない。 なので、是非読んでみてください。

Posted by ブクログ

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