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殺人犯はそこにいる 隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件 新潮文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2016/05/28 |
| JAN | 9784101492223 |
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殺人犯はそこにいる
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商品レビュー
4.5
429件のお客様レビュー
迫真のルポルタージュ。
著者の徹底した取材姿勢には「桶川事件」の本を先に読んでいたので知っていたが、この本は…犯人を指差している?! いつの日かは分からないが、著者の見立て通りの犯人が、少しでも早く逮捕される事を願うのみだ。 それにしても警察って、頭が硬いと云うか……。
左衛門佐
実際の冤罪事件を追った記者によって書かれた一冊。普段は読まないジャンルなので読みきれるか不安だったけど、読んでみて本当に良かったし、多くの人に読んで貰いたいとも思った。 ミステリーのようにハラハラ一気に読み進められる文体と展開ながら、ノンフィクションなので司法や報道や社会構造の問...
実際の冤罪事件を追った記者によって書かれた一冊。普段は読まないジャンルなので読みきれるか不安だったけど、読んでみて本当に良かったし、多くの人に読んで貰いたいとも思った。 ミステリーのようにハラハラ一気に読み進められる文体と展開ながら、ノンフィクションなので司法や報道や社会構造の問題点など、非常に考えさせられる。 「足利事件」は1990年、栃木県足利市で当時4歳の女の子が行方不明になり、遺体で発見されたという痛ましい事件。警察は菅家利和さんという男性を逮捕して、DNA鑑定を根拠に有罪にし、無期懲役が確定した。しかし、その後の科学の進歩と再鑑定によって、DNA型が一致しないと判明し、2009年に再審・釈放。翌2010年、正式に無罪判決が出て、冤罪が明らかになった。 この事件は、日本の刑事司法における以下のような問題点を浮き彫りにしたとされてる: ・初期のDNA鑑定の信頼性 ・自白の強要 ・捜査機関の「一度決めたら動かない」体質 ・真犯人が今も分からないこと 「捜査機関の面子を守りたがる体質」というのは特に印象的。無罪判決が出て冤罪と分かってからも、過去のDNA型鑑定の証拠が間違っていたことを認めたくない、警察の頑なな姿勢。それだけで真犯人が野放しにされているのは本当に遺憾なことだなと。 警察や検察、あるいは一部の報道機関が「過ちを認めること=組織の敗北」って捉えてしまう構造は、まさに著者の清水潔さんが全編通して訴えておる「正義より体面」という異常な構図。未解決事件が放置され、被害者の家族も、冤罪で苦しんだ人も、加害者本人も全員が報われないまま時間だけが過ぎていく。 そして恐ろしいのは、「これ、もしかしたら昔の事件だからということではなく根本的には今も変わってないのでは…?」と思わせられること。 事件としての衝撃より、構造としての病のほうが深刻。 一方で、著者のような記者がいて、このような本を出版できていることは一つの希望でもある。 悪戯に事件を掻き混ぜて遺族を傷つける報道をするメディアとは違って、真摯に事件と向き合って根気強く真実を探ろうとするジャーナリストがいることは救いであり真のジャーナリズムと言える。 とりあえず個人的には、メディアで何かの事件を見て誰かが逮捕された報道を知っても、逮捕=犯人っていう短絡的な見方に流されず、「この人が本当にやったのか?」「証拠は本当に確かなのか?」と、一歩引いて考える視点を持ちたい。その人が犯人と決まったわけではなく無罪の可能性もあるって忘れないようにしたいと思った。
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こんな話が実在してしまうのかと驚いた。 絶対的な正義として認識しがちな警察も、検察も、裁判官も、所詮はただの1人の人間。 気を抜くと、ふと自らが心の拠り所とするストーリーに従って生きようとしてしまう。それによって誰かを貶めることになるとしても。 そうして小さな真実が覆い隠されるそ...
こんな話が実在してしまうのかと驚いた。 絶対的な正義として認識しがちな警察も、検察も、裁判官も、所詮はただの1人の人間。 気を抜くと、ふと自らが心の拠り所とするストーリーに従って生きようとしてしまう。それによって誰かを貶めることになるとしても。 そうして小さな真実が覆い隠されるその行為が積み重なった結果に、目も当てようもない冤罪事件が発生してしまうのかもしれない。 徹底的に事実とデータ、小さな声に向き合い続け、国家権力に立ち向かってでも、真実を追い求める清水記者のバイタリティとその執念にただただ感服した。 冤罪事件は、多様な形でドラマ化されることがあるが、大概はその主人公は弁護士、または被害者家族であるのが多い。本書のように記者目線で物語が描かれるものはほとんど見たことが無い。 恐らくそれは作品作りにおいて、伝えたいメッセージや想いに対して、「マスコミ」という属性がノイズとして乗ってしまうからなのかなと思う。 清水記者が本書の中でも語る通り、全てがそうではないとしても、やっぱりマスコミは時に過激で陰湿で、醜い、エゴな報道行為を行うことがあり、世間もそういうものだと認識している。 つまり、仮に記者を主人公とした作品を作った場合に、主人公への100%での共感、感動が出来ないからなのだと思う。
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