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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

開沼博【著】

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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 青土社
発売年月日 2011/06/17
JAN 9784791766109

「フクシマ」論

¥2,420

商品レビュー

4.1

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2025/02/15

原子力発電の話になると必ず出てくる「原子力ムラ」という概念、それを切り口に原発問題を新進の社会学者が分析した研究論文である。 自動車産業や半導体事業で「自動車ムラ」や「半導体ムラ」という言葉はあまり聞かない。 技術の先端性・危険性故か、立地の確保困難性かそれとも政治的・社会的な影...

原子力発電の話になると必ず出てくる「原子力ムラ」という概念、それを切り口に原発問題を新進の社会学者が分析した研究論文である。 自動車産業や半導体事業で「自動車ムラ」や「半導体ムラ」という言葉はあまり聞かない。 技術の先端性・危険性故か、立地の確保困難性かそれとも政治的・社会的な影響の大きさなのか、いずれにしても他の産業やプロジェクトとは次元の異なる何らかの“特殊な構造“があるためなのであろう。 「原子力ムラ」がどういうものであり、日本ではどのような経緯で形成されてきたのか、そしてどんな役割を果たしてきたのか、最終的に国民にとってどんな意味をなすのか。 紹介されて軽い気持ちで読み出した。 福島県いわき市で育った著者の開沼博は2006年から福島原発を研究し修士論文『戦後成長のエネルギー、原子力ムラの歴史社会学』を2011.1.14東大大学院学際情報学府に提出した。2ヶ月後東日本大震災発生した。彼はその論文を「2011.3.11間際のフクシマを記録した唯一最後の史料的価値のある研究」として、内容の修正をせず序章と補章を加筆して本作を‘11.6.30に出版した。 序章では世の中の原発への中途半端な姿勢を見透かし、不合理や不条理の声高な主張、知識・情報の知ったかぶり、ヒーローのでっち上げ、地元住民の可哀想・自業自得論の燥ぎを諌める。 地元住民は「危ないとかいうけど、そんなの外歩いていて交通事故にあうほうが危ないべよ。気にしてもしかたねー」という。 福島原発「原発ムラ」は地方の原発・関連施設を抱え受け入れ維持したい側と一方で中央の原子力を導入し広めたい行政側の両面のことである。中央と地方、上と下、主と従の二項対立構造で日本ので戦後成長は達成されたがこの二項を磁石のごとくつなぐものとして「メディア(媒介)としての原子力」があったとする。 地元は建設当初は反対しても出来上がると賛成に回る。そして原発の話題にはタブーで触れなくなる。 双葉町の町長岩本忠夫のケースが印象的だ。 彼は双葉町原発反対同盟委員長から20年にわたり町長を務め91年には他の自治体に先駆け増設決議を可決する推進派に転向した。 58年に社会党に入党、63年から町議を一期、71年から県議を一期つとめ酒屋を営んでいた。 75年・79年・83年自民党議員に敗れる。住民には「支持したくてもできないんだ。勘弁してくれ」と言われる。政治から手を引いて家業に戻るが、85年に役場職員の公金詐欺事件で町長が引責辞任する。 町民から推されて町長になる。町の財政は東電から入る償却資産税はピークを過ぎて減っていく、かつての貧困が戻ってくる恐怖が町を襲う。 岩本は「そこに住む人間がこう生きたいと思っていた生き方をものや金という物理的条件で貫けなくなることは許せない」という考えで、「反対」の立場のさらに奥にある「愛郷」の立場に戻る必要があった。 筆者は言う「もちろん岩本の転向についていらぬ勘繰りや批判、擁護をするつもりはない。その上で岩本の転向の理由をどうすれば捉えていけるのか。村八分か、中央からの弾圧か、長女の東電社員との結婚による懐柔か、カネに目がくらんだのか。仮にそうであったとしても、20年間毎回選挙で対立候補との接戦を制してきた緊張感はそれを許さなかったはずだ。いずれの短絡的な答えにも帰することはできない」と。 「原発ムラ」を主に地方の側から考察した稀有な労作で真摯に書き上げた高質な論文である。 読むほどに原発問題に対して自分はどうすれば良いのか結論が見えない歯痒さが募る。 筆者は構えを正して真剣に読んで深く考えろと言う。普段の自分の読書姿勢すらも指弾されている感じであった。読み手の社会事象との関わり方について、ことさら何かをさせようとするわけではなく、ひたすら事実を積み重ねることで、読者が自ずと考えることを期待する。 ズシンとくる傑作だ。

Posted by ブクログ

2024/01/14

 「震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3・11」 ((外岡秀俊著)」だったかなぁ…、以前読んだ本で紹介されていた。  本著は著者の修士論文だという、あの上野千鶴子先生の研究室の所属だそうだ。本著はまさに東日本大震災の直前にアクセプトされ、奇跡のような一冊だ。  著者は福島県...

 「震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3・11」 ((外岡秀俊著)」だったかなぁ…、以前読んだ本で紹介されていた。  本著は著者の修士論文だという、あの上野千鶴子先生の研究室の所属だそうだ。本著はまさに東日本大震災の直前にアクセプトされ、奇跡のような一冊だ。  著者は福島県いわき市生まれというから、小さな時から原発に関する「ムラ」という存在を感じながら育ったのかもしれないな、なんとなく地域の内向き感を肌身で感じていたんだろう。  中央の政府や官僚、東電、学者、メディアを〈原子力ムラ〉、原発が立地している住民など地域の共同体を「原子力ムラ」と表し、県議や知事や地域選出の国会議員等をメディエーター(媒介者)としている。原発推進の時期にはメディエーターはコラボレーターの役割を演じてきたが、原発の負の面を認識するようになるとノイズメーカーの役割を演ずるという。しかし、いったん「原子力ムラ」が形成されると、「addictionalなシステム」が形成され、原発を受入れざるを得ない状況(補助金ありきの地域づくり、原発で働く人を当てこむ民宿や飲食店等)に陥ってしまう。  著者はさらに〈原子力ムラ〉に代わって「原子力ムラ」からメディエーターの役割を演じる「東電の高卒社員」や「民宿」にも焦点を当て、植民地支配における被支配エリートによる支配者と被支配者(同胞)の切り離し・排除を例に挙げ、「東電の高卒社員」による〈原子力ムラ〉と「原子力ムラ」の切り離しや「民宿」による〈原子力ムラ〉と「流動労働者」との切り離しと言った、統治のメカニズムについても切り込んでいく。まさに、外向きの植民地化(戦前)が内向きの植民地化が進められたと分析する。 社会学として、本著の論拠の確からしさがどれほどなのか分からないがよくここまで切り込んでいるなぁという印象を持った。もしかして、よく言われる日本人のムラ意識についても考察できる一冊なのかもしれないな。

Posted by ブクログ

2018/10/09

著者の方、お若いのにたいしたもんです。これまでのムラの気持ち、よくわかりました。問題はこれからですね。

Posted by ブクログ