商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 中央公論新社 |
発売年月日 | 1982/11/22 |
JAN | 9784121006745 |
- 書籍
- 新書
時間と自己
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4.3
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「こころの病に挑んだ知の巨人」 (ちくま新書)を読んで木村理論を知りたくなって購入したものの、私には難しかった。 最後のあとがきの言葉が、気になって頭から離れない。どういう意味なのか? 私たちは自分自身の人生を自分の手で生きていると思っている。しかし実のところは、私たちが自分の...
「こころの病に挑んだ知の巨人」 (ちくま新書)を読んで木村理論を知りたくなって購入したものの、私には難しかった。 最後のあとがきの言葉が、気になって頭から離れない。どういう意味なのか? 私たちは自分自身の人生を自分の手で生きていると思っている。しかし実のところは、私たちが自分の人生と思っているものは、だれかによって見られている夢ではないのだろうか。夢を見ている人が夢の中でときどきわれに返るように、私たちも人生の真只中で、ときとしてふとこの「だれか」に返ることができるのではないか。このような実感を抱いたことのある人は、おそらく私だけではないだろう。 夜、異郷、祭、狂気、そういった非日常のときどきに、私たちはこの「だれか」をいつも以上に身近に感じとっているはずである。夜半に訪れる今日と明日のあいだ、昨日と今日のあいだ、大晦日の夜の今年と来年のあいだ、去年と今年のあいだ、そういった「時と時とのあいだ」のすきまを、じっと視線をこらして覗きこんでみるといい。そこに見えてくる一つの顔があるだろう。その顔の持主が夢を見はじめたときに、私はこの世に生まれてきたのだろう。そして、その「だれか」が夢から醒めるとき、私の人生はどこかへ消え失せているのだろう。この夢の主は、死という名をもっているのではないのか。 あとがきに、この文章を入れた木村敏さんの意図、わからない。これは禅の公案かもしれない。
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「永遠のドストエフスキー」(中公新書)を読んで、精神疾患に時間感覚が関係することが分かった。積読本を整理中にパラ見をしたら、関連部分があるので読むことにした。 「今」との関係が、精神疾患の現れ方を決める。時間と精神疾患について「こと」と「もの」を着眼点に展開される。 「私」という...
「永遠のドストエフスキー」(中公新書)を読んで、精神疾患に時間感覚が関係することが分かった。積読本を整理中にパラ見をしたら、関連部分があるので読むことにした。 「今」との関係が、精神疾患の現れ方を決める。時間と精神疾患について「こと」と「もの」を着眼点に展開される。 「私」ということは、私にとって取扱注意(不自由)かと思った。
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使われている精神医学の用語や内容は、本書が書かれた1982年当時のものであることを前提として読む必要がある。それでもなお、思弁的のみならず、臨床的にも示唆に富む本だと感じた。臨床場面で患者さんと接しているときに、自分自身の時間感覚も同調しているように感じることは多く、一日の臨床の...
使われている精神医学の用語や内容は、本書が書かれた1982年当時のものであることを前提として読む必要がある。それでもなお、思弁的のみならず、臨床的にも示唆に富む本だと感じた。臨床場面で患者さんと接しているときに、自分自身の時間感覚も同調しているように感じることは多く、一日の臨床のなかで、時間の流れは一定ではない。患者さんのためにも、医療従事者が己を知り守るためにも、ここに書かれているような内容を知っておくことは有益だと思う。
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