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芥川龍之介 1892-1927 ちくま日本文学002
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芥川龍之介 1892-1927 ちくま日本文学002

芥川龍之介【著】

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芥川龍之介 1892-1927 ちくま日本文学002

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房
発売年月日 2007/11/22
JAN 9784480425027

芥川龍之介

¥990

商品レビュー

4.1

28件のお客様レビュー

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2025/12/15

短編16、俳句77、詩10。計476頁。 本のつくりについて備忘。 丁寧な注が見開き2ページごとにあり参照しやすい。 漢字の読み仮名はかなり多く十分。 各短編の最後に発表年月記載あり。 年譜あり。 解説は安野光雅だが、解説としてのプラスアルファは感じない。 総括として、本のつくり...

短編16、俳句77、詩10。計476頁。 本のつくりについて備忘。 丁寧な注が見開き2ページごとにあり参照しやすい。 漢字の読み仮名はかなり多く十分。 各短編の最後に発表年月記載あり。 年譜あり。 解説は安野光雅だが、解説としてのプラスアルファは感じない。 総括として、本のつくりはかなり良くお薦め。

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2025/06/11

芥川の魅力は主に2つに大分されるように思われた。一つは、圧倒的な語彙力と稀代の表現力により織り成される物語自体の愉しさである。「地獄変」や「奉教人の死」などは勿論、「河童」も芥川晩期の代表作として作家論的に言及されることが多いが、他方である種のファンタジーとして楽しむ事も出来よう...

芥川の魅力は主に2つに大分されるように思われた。一つは、圧倒的な語彙力と稀代の表現力により織り成される物語自体の愉しさである。「地獄変」や「奉教人の死」などは勿論、「河童」も芥川晩期の代表作として作家論的に言及されることが多いが、他方である種のファンタジーとして楽しむ事も出来よう。もう一つは解像度高く描かれる人間に普遍の共通性である。「赤い鳥」に掲載された「魔術」「杜子春」そしてかの有名な「蜘蛛の糸」、あるいは「芋粥」や漱石の絶賛した「鼻」に至るまで、自分にもこういう部分があるよなと読者に感じさせるような、登場人物の心理心情が鮮やかに映し出されているように見える。多くの近代文学は、明治初期という近代日本の正に創成期といった時代を生きた著者よって紡がれたのであって、それ故にその当時の、鴎外の言葉を借りるなら普請中の日本の、社会風土が作品的風土にそのまま昇華されている場合が少なくない。この時、現代を生きる我々にしては、歴史的知見なしには中々その文章の理解するのが難しい。しかしながら、芥川の諸作品は、様々な時代の壁を一心に貫くある種の普遍性を帯びている。芥川ほど現在に至って全国的にそして全年齢的に親しみを持たれている近代作家は決して多くない。その要因は芥川のそうした嫌いに拠るものなのではないだろうか。

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2024/07/11

『河童』 『杜子春』 『トロッコ』 同じような経験を私もしたことがある。 幼いころ、鎌倉が好きだと言う父に連れられ、よく行っていた。特に年始は、初詣のために必ず行った。 鎌倉は屈指の観光スポットで年中賑わっている。ピーク時には、狭い駅のホームに人がひしめき合い線路に落ちてしまうの...

『河童』 『杜子春』 『トロッコ』 同じような経験を私もしたことがある。 幼いころ、鎌倉が好きだと言う父に連れられ、よく行っていた。特に年始は、初詣のために必ず行った。 鎌倉は屈指の観光スポットで年中賑わっている。ピーク時には、狭い駅のホームに人がひしめき合い線路に落ちてしまうのではないかとヒヤヒヤした。 あれは小学生3年生か4年生のときだったか。 例年のように人が押し合いへし合いする駅の中で、一際小さい私は、その波に流されるがままになっていた。 父と離れても、きっと探してくれる。そんな安心感もどこかにあったからか、とりあえずこのままでいようなどと楽観していた。 駅の階段を降りていると、一つの広告が目に止まった。何の広告だったかは覚えていないが、なんてことはない普通の広告だった。 気になっているのはそこに書かれている文字だ。 いつも見慣れているはずなのに、どうしてか異国のそれに見える。読めはするが通じるのだろうか。途端に鎌倉が、日本ではないどこか別の国のように感じられる恐怖を覚えた。 父と逸れたらどうしよう。 ひとりになってしまったらどうしよう。 家にどうやって帰ればいいのか。 そんな焦りが一瞬で心を奪った。 結局それは杞憂で父は改札口で待っていた。 十数年経って、ときどき一人で行くようにもなった。鎌倉は案外近い場所だ。あまりの近さに拍子抜けし、あの時の思い出が可愛く感じられる。 それでも、知らない土地に降り立つとき、あのとき見た広告の文字が、ふと脳裏に浮かぶことがある。

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