商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京創元社 |
| 発売年月日 | 1951/12/30 |
| JAN | 9784488006518 |
- 書籍
- 書籍
自由からの逃走
商品が入荷した店舗:店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
値下げ前価格について
本価格は現中古販売価格の「値下げ前価格」となります。
直近約1か月間、値下げ前価格での販売実績があるものだけ表示しております。
自由からの逃走
¥1,870
在庫あり
商品レビュー
4.3
137件のお客様レビュー
フロムの宗教改革やルター、カルバンの精神分析は非常に興味深い。 彼らの教えが人々の不安や無力感、孤独といった負の感情につけ込み全体主義へと向かっていくメンタリティ醸成に一役買っているというのは新しい見方だった。 権威主義的パーソナリティという言葉を少し前までよく耳にしたが、今のア...
フロムの宗教改革やルター、カルバンの精神分析は非常に興味深い。 彼らの教えが人々の不安や無力感、孤独といった負の感情につけ込み全体主義へと向かっていくメンタリティ醸成に一役買っているというのは新しい見方だった。 権威主義的パーソナリティという言葉を少し前までよく耳にしたが、今のアメリカや日本でも若い人ほど権威主義的な傾向が強いとされている。この傾向はまさにドイツが全体授業へと走り、ユダヤ人や性的少数者、政治犯、捕虜の虐殺という極端な排外主義に向かう発端となったものだ。 フロムは第2次世界大戦以前に権威主義的な性格や社会がどうして生まれたのかを中世から近代への時代背景とその時期に過ごしていた人々の精神分析を行うことで明快に示している。 中世から近代への変化は人々に自由を与えた。しかし自由の裏側にあったのは大きな不安である。身分社会か市民社会、共同体から個人社会、貴族制から共和制、農耕社会から工業社会へと政治、宗教から科学へと、経済・政治・文化、あらゆる側面で新しい時代を迎えたのが中世から近代という時期だった。その急激な変化は人々に強烈な無力感と不安を与えたのだ。 その不健全な精神状態から生まれる不健全な社会が全体主義であり、個人の意志が国の意志と同化するという、人間の歯車化が進むのである。 人類の生活は豊かになり、技術も発展した今の世の中で唯一変わらないものがあるとすれば人間の本質である。人間の不安や無力感、個人として独立することの難しさ、こうした弱さを克服もしくは抑止するシステムを作り上げない限り全体主義への誘惑はなくなることはない。 なればこそ、我々は常に自問自答しなければならない。同じ悲劇を2度と繰り返さないためにも。
Posted by 
・人は自由になるほど不安になり、その不安から逃げるために、権威や集団に依存する ・消極的自由:束縛や宗教支配からの解放、近代社会はこれを達成した ・積極的自由:自分の意思で生きる力(自己決定、自主性)、これが難しい。自由が不安、責任、孤独を生む ・自由からの逃げ:権威主義へ...
・人は自由になるほど不安になり、その不安から逃げるために、権威や集団に依存する ・消極的自由:束縛や宗教支配からの解放、近代社会はこれを達成した ・積極的自由:自分の意思で生きる力(自己決定、自主性)、これが難しい。自由が不安、責任、孤独を生む ・自由からの逃げ:権威主義への服従、破壊性(暴力、戦争、攻撃性)、自動的同調 ・自由は増えている(職業選択、生き方、国際移動)。しかし同時に、不安や孤独も増加。SNSでの同調圧力、強いリーダー志向(現代人も同じ構造で自由から逃げている) ・成熟した自由を持つ:自分で考える(主体性、責任)、他者と繋がる(愛、創造) 海外で暮らす日本人として、積極的自由を生きている状態だが、同時に不安や判断疲れ、正解のなさも感じる。フロムからすると、それが正常であり、成長の証ということか。
Posted by 
自由からの逃走 著:エーリッヒ・フロム 訳:日高六郎 出版社:東京創元社 現代社会科学叢書 ドラッカーの書に「自由からの逃走」のお勧めがありましたので、手にとりました。 こんなに版を重ねている本なんて、手に取って驚きました。 そして、「自由からの逃走」とは、なんと変な題名だろ...
自由からの逃走 著:エーリッヒ・フロム 訳:日高六郎 出版社:東京創元社 現代社会科学叢書 ドラッカーの書に「自由からの逃走」のお勧めがありましたので、手にとりました。 こんなに版を重ねている本なんて、手に取って驚きました。 そして、「自由からの逃走」とは、なんと変な題名だろうとおもいました。 いきなり難しいです。一読するのに結構時間がかかりました。 いつも何気につかっている自由とはいったい何なのか。そんな疑問が冒頭を読んでいて、頭に浮かびました。 本書は、近代人にとっての自由とは、二重の意味をもっていると語ります 近代人は、伝統的権威から解放されて個人となったが、同時に、孤独な無力なものになり、自分自身や、他人から引き離された。 つまり、中世末期までの職業選択や移動の自由はなかったが、食を保証され、母子のごとく、第一義的な関係ににあった田園社会から、職業も移動も自由も与えられているが、生活の保障もなく、孤独に打ちひしがれる都会社会へ。耐えられず、孤独からから抜け出そうとすることが、「自由からの逃走」と理解しました この、中世的田園社会から、現代にいたるまでの4つの旅をえがいたのが、本書です ①ルネサンス 中世⇒自由都市へ ブロジョアジー ②宗教革命 中世⇒自由都市へ 中産階級、労働者階級 ③全体主義 中産階級、労働者階級 ⇒ 自由からの逃走 ⇒ ナチスのごとく、全体主義へ ④現代 全体主義 ⇒ 現代へ 自由とは、その制度、その心理、その精神と、多層をおりなす、複雑な構造物なのである 気になったのは次です ・精神的な孤独は、肉体的な孤独と同じようにたえがたいものである ・人間は他人となんらかの協同なしには生きることができない ・中世には、近代的な意味での個人主義は存在しなかったが、実際生活における具体的な個人主義は大いに存在していた ・ルネサンスは、小さな商店主や小市民の文化ではなく、富裕な貴族とブルジョアの文化であった ・新しい宗教は富裕な上流階級の宗教ではなく、都市の中産階級や貧困階級の、また農民の宗教であった ・カルバンの予定説、神はあるものに恩寵を予定するばかりでなく、他のものには永劫の罰を決定すると説いている ・カルバンの予定説は、ナチスのイデオロギ―として復活した 二種類の人間が存在する すなわち、救われる人間と永劫の罰に定められている人間とである ・良心とは、自分自身によって、人間のなかにひきいられた奴隷監督者にほかならない ・中世的組織では、資本は人間の召使いであったが、近代的組織では、資本が人間の主人となった ・権威主義的性格は、人間の自由を束縛するものを愛する かれは、宿命に服従することを好む ・機械的画一性:個人が自分自身であることをやめるのである ・孤独を克服する、正常な方法が、自動人形となることである ・ゲッペルス:民衆は上品に支配されること以外なにものものぞまない ・汝みずからを知れ、人間の強さと幸福をめざす根本的な命令の一つである ・自分自身でものを考え、感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない ・人間の関係は、連帯性の関係であって、支配ー服従の関係ではない 目次 序文 第一章 自由-心理学的問題か? 第二章 個人の解放と自由の多義性 第三章 宗教改革時代の自由 1 中世的背景とルネッサンス 2 宗教改革の時代 第四章 近代人における自由の二面性 第五章 逃避のメカニズム 1 権威主義 2 破壊性 3 機械的画一性 第六章 ナチズムの心理 第七章 自由とデモクラシー 1 個性の幻影 2 自由と自発性 付録 性格と社会過程 訳者あとがき 新版にさいして ISBN:9784488006518 判型:4-6 ページ数:338ページ 定価:1700円(本体) 1951年12月30日 初版 1965年12月15日 27版(新版) 2025年04月18日133版
Posted by 
