自由からの逃走 の商品レビュー
・人は自由になるほど不安になり、その不安から逃げるために、権威や集団に依存する ・消極的自由:束縛や宗教支配からの解放、近代社会はこれを達成した ・積極的自由:自分の意思で生きる力(自己決定、自主性)、これが難しい。自由が不安、責任、孤独を生む ・自由からの逃げ:権威主義へ...
・人は自由になるほど不安になり、その不安から逃げるために、権威や集団に依存する ・消極的自由:束縛や宗教支配からの解放、近代社会はこれを達成した ・積極的自由:自分の意思で生きる力(自己決定、自主性)、これが難しい。自由が不安、責任、孤独を生む ・自由からの逃げ:権威主義への服従、破壊性(暴力、戦争、攻撃性)、自動的同調 ・自由は増えている(職業選択、生き方、国際移動)。しかし同時に、不安や孤独も増加。SNSでの同調圧力、強いリーダー志向(現代人も同じ構造で自由から逃げている) ・成熟した自由を持つ:自分で考える(主体性、責任)、他者と繋がる(愛、創造) 海外で暮らす日本人として、積極的自由を生きている状態だが、同時に不安や判断疲れ、正解のなさも感じる。フロムからすると、それが正常であり、成長の証ということか。
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自由からの逃走 著:エーリッヒ・フロム 訳:日高六郎 出版社:東京創元社 現代社会科学叢書 ドラッカーの書に「自由からの逃走」のお勧めがありましたので、手にとりました。 こんなに版を重ねている本なんて、手に取って驚きました。 そして、「自由からの逃走」とは、なんと変な題名だろ...
自由からの逃走 著:エーリッヒ・フロム 訳:日高六郎 出版社:東京創元社 現代社会科学叢書 ドラッカーの書に「自由からの逃走」のお勧めがありましたので、手にとりました。 こんなに版を重ねている本なんて、手に取って驚きました。 そして、「自由からの逃走」とは、なんと変な題名だろうとおもいました。 いきなり難しいです。一読するのに結構時間がかかりました。 いつも何気につかっている自由とはいったい何なのか。そんな疑問が冒頭を読んでいて、頭に浮かびました。 本書は、近代人にとっての自由とは、二重の意味をもっていると語ります 近代人は、伝統的権威から解放されて個人となったが、同時に、孤独な無力なものになり、自分自身や、他人から引き離された。 つまり、中世末期までの職業選択や移動の自由はなかったが、食を保証され、母子のごとく、第一義的な関係ににあった田園社会から、職業も移動も自由も与えられているが、生活の保障もなく、孤独に打ちひしがれる都会社会へ。耐えられず、孤独からから抜け出そうとすることが、「自由からの逃走」と理解しました この、中世的田園社会から、現代にいたるまでの4つの旅をえがいたのが、本書です ①ルネサンス 中世⇒自由都市へ ブロジョアジー ②宗教革命 中世⇒自由都市へ 中産階級、労働者階級 ③全体主義 中産階級、労働者階級 ⇒ 自由からの逃走 ⇒ ナチスのごとく、全体主義へ ④現代 全体主義 ⇒ 現代へ 自由とは、その制度、その心理、その精神と、多層をおりなす、複雑な構造物なのである 気になったのは次です ・精神的な孤独は、肉体的な孤独と同じようにたえがたいものである ・人間は他人となんらかの協同なしには生きることができない ・中世には、近代的な意味での個人主義は存在しなかったが、実際生活における具体的な個人主義は大いに存在していた ・ルネサンスは、小さな商店主や小市民の文化ではなく、富裕な貴族とブルジョアの文化であった ・新しい宗教は富裕な上流階級の宗教ではなく、都市の中産階級や貧困階級の、また農民の宗教であった ・カルバンの予定説、神はあるものに恩寵を予定するばかりでなく、他のものには永劫の罰を決定すると説いている ・カルバンの予定説は、ナチスのイデオロギ―として復活した 二種類の人間が存在する すなわち、救われる人間と永劫の罰に定められている人間とである ・良心とは、自分自身によって、人間のなかにひきいられた奴隷監督者にほかならない ・中世的組織では、資本は人間の召使いであったが、近代的組織では、資本が人間の主人となった ・権威主義的性格は、人間の自由を束縛するものを愛する かれは、宿命に服従することを好む ・機械的画一性:個人が自分自身であることをやめるのである ・孤独を克服する、正常な方法が、自動人形となることである ・ゲッペルス:民衆は上品に支配されること以外なにものものぞまない ・汝みずからを知れ、人間の強さと幸福をめざす根本的な命令の一つである ・自分自身でものを考え、感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない ・人間の関係は、連帯性の関係であって、支配ー服従の関係ではない 目次 序文 第一章 自由-心理学的問題か? 第二章 個人の解放と自由の多義性 第三章 宗教改革時代の自由 1 中世的背景とルネッサンス 2 宗教改革の時代 第四章 近代人における自由の二面性 第五章 逃避のメカニズム 1 権威主義 2 破壊性 3 機械的画一性 第六章 ナチズムの心理 第七章 自由とデモクラシー 1 個性の幻影 2 自由と自発性 付録 性格と社会過程 訳者あとがき 新版にさいして ISBN:9784488006518 判型:4-6 ページ数:338ページ 定価:1700円(本体) 1951年12月30日 初版 1965年12月15日 27版(新版) 2025年04月18日133版
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全体主義論の古典。 人々は中世から近代にかけて消極的自由を勝ち取ったが、孤独感と無力感に苛まれ再び権威へ従属し、自由を放棄した。その近代人の心理的倒錯が、全体主義体制を産んだいう内容。 全体主義体制の誕生を個人心理に見出し、緻密な論理を持って丹念に論じる著者の姿勢からは、執筆...
全体主義論の古典。 人々は中世から近代にかけて消極的自由を勝ち取ったが、孤独感と無力感に苛まれ再び権威へ従属し、自由を放棄した。その近代人の心理的倒錯が、全体主義体制を産んだいう内容。 全体主義体制の誕生を個人心理に見出し、緻密な論理を持って丹念に論じる著者の姿勢からは、執筆時のナチスの勃興に対する危機感が滲み出ており、切実な問題意識を感じさせられた。 ただ著者は、混迷の状況をただ嘆いているわけでは無い。愛や労働によって他者と繋がり、社会に参画していく積極的自由を持って、再び個人として自律する希望の道を描き出している。全体主義を克服し、人間が自律的存在として生きる術を記した最終章こそ、本書の最大の魅力であろう。
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自由になりたいと思うのに、自由をどこかで怖がっている気持ち、というのにずっと心当たりがあっていつか読みたいと買っておいた本。 例えば、会社の仕事ですんごく忙しくて、もう仕事を全部放り出して休みたい!と思う気持ちと、とはいえこの仕事がなくなったら、私は何かしたいことがあっただろうか...
自由になりたいと思うのに、自由をどこかで怖がっている気持ち、というのにずっと心当たりがあっていつか読みたいと買っておいた本。 例えば、会社の仕事ですんごく忙しくて、もう仕事を全部放り出して休みたい!と思う気持ちと、とはいえこの仕事がなくなったら、私は何かしたいことがあっただろうか?とふと立ち止まり怖くなるときとか。 その怖いの内訳は、さあなんでもしたらいいよとなったときに、自分の意志が実はないことに気づきたくない、みたいな怖さだ。 そんな感じで読み始めたが、私は思いもよらない角度から、何度も読み返す文章に出会った。 それは私の人生の中でもトラウマ級に「なんだったんだあの体験は」と思うようなできごとをピタリと言語化したもので、ああ、あれはそういうことだったのだと自分を手のひらに乗せてシゲシゲ眺めるような感じだった。 この文章に出会えただけでも、私はこの本を読んだ価値があった。 たくさん付箋を貼ったけど、私にとって本当に大事だったのはそこの一節だけだったかもしれない。 そのできごとも突き詰めれば、私を自由にさせないでという、自ら自由を放棄するが故のできごとだったのだ。
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「自由からの逃走 」 https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51877764.html
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「しかし長いあいだ現実につづいた自由を求める戦いのなかで、ある段階では抑圧に抗して戦った階級も、勝利を獲得し新しい特権を守らなければならないときがくると、自由の敵に味方した」p10
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現代社会の問題点が描かれている。自由は孤独を同時にはらむ。そこから逃げようとする、地に足のつかない共依存を繰り返すような人間社会が形成されているようで。学校にもゾッとする。
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歴史的な背景や専門用語でほとんどついていけず、私にとっては非常に難解な本でした。 自由というと開放的で皆んなが求めるものというイメージがありましたが、突き詰めると自由を拒絶したいという感情も出てくるのは面白いなと思いました。
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近代以降の人間の自由から逃れようとする傾向とその背景を論じた本 著者が言うには、集団への帰属は「不自由」と、集団からの独立は「自由」とそれぞれ対応している。近代以降の様々な闘争や社会構造の変化を通じて、人々は自由を手にしたが、自由を手にすると動揺、無力、懐疑、孤独、不安の感情に...
近代以降の人間の自由から逃れようとする傾向とその背景を論じた本 著者が言うには、集団への帰属は「不自由」と、集団からの独立は「自由」とそれぞれ対応している。近代以降の様々な闘争や社会構造の変化を通じて、人々は自由を手にしたが、自由を手にすると動揺、無力、懐疑、孤独、不安の感情に苛まれ、自由を捨てて、何か自分より大きく見えるものに従属したくなる。結論としては、様々な負の感情に煩わされずに自由になるには、理性と本能を統合して自発性を持つことが大切だと結んでいる。 エーリッヒ•フロムの本は好きで、特に「生きるということ」は自身の座右の書の一つだ。本書も人々が、一般的に素晴らしいと思われている「自由」から如何に逃げようとしているか論じている点は秀逸だと思う。ただ、結論部分の「如何に負の感情を避けて自由を手にするか」の部分が少し抽象的すぎる気がした。 個人的には、「自由」は思考により認識され、「帰属」は感覚により認識されると考える。近代以降に人々が自由を得たプロセスは、同時に身体感覚を捨てて思考中心の文化へ変容するプロセスでもあったと思う。思考以外の感覚を使わずに自由を得れば、孤独感や無力感を感じるが、五感を使い、周りの世界を感じれば、自由を得ながら、より大きな世界と繋がっている感覚も保てるのではないだろうか。 政治的•思想的な潮流が右に左に揺れ続け、常時ネットに繋がらなければ不安になる人々が溢れる昨今、本書は重要な示唆を社会に与えてくれると思う。ただ、もうちょっと読みやすければ良いのに。。
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友人との輪読で読了。 人間の心理からナチズムの発展を詳細に分析している。自身もユダヤ人であるにもかかわらず、人間というものに対して希望を持ち続けていることが伝わる本でした。 最後の章は熱い気持ちになります。読めてよかった。
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