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「これくらいできないと困るのはきみだよ」?
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「これくらいできないと困るのはきみだよ」?

野口晃菜(著者), 竹端寛(著者), 武田緑(著者), 川上康則(著者), 勅使川原真衣(編著)

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「これくらいできないと困るのはきみだよ」?

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 東洋館出版社
発売年月日 2024/12/17
JAN 9784491055527

「これくらいできないと困るのはきみだよ」?

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みんなの感想まとめ
  • 教育能力主義
  • 脱却の糸口
  • 学校と社会の関係性
  • 傷つく個性の探求
  • 教師と生徒の葛藤
  • 環境に左右される能力
  • 不登校児童の現実
  • 自己肯定感の再構築
  • 対話を通じた理解
  • 社会的プレッシャーの考察

現代の教育や社会における能力主義の問題を深く掘り下げる本書は、学校や職場での「これくらいできないと困る」というプレッシャーが、どのように人々を傷つけ、葛藤を生むのかを探求しています。著者は、能力が個人に宿るものではなく、環境や他者との関係性の中で形成されることを提案し、一元的な能力観からの脱却を目指しています。対談形式で進められる議論では、教育現場の現状や、教師と生徒の関係性についての洞察が展開され、学校が抱える課題や変化の必要性が強調されています。特に、能力主義が生む比較や序列化が、どのようにして教育の場での自由や個性を奪っているのかを考えることで、読者は自身の経験や価値観を見直すきっかけを得ることができます。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/09/22

【感想】 「他人を変えることは出来ないが自分を変えることはできる」と新卒で入った会社で言われまくった。 それはあながち間違えていないし、人に期待せず自分が成長したほうが物事は早く進むんだろうなと思ったし体感もした。 でも、その言葉の裏で、環境や社会を変容させていくことへの諦めもあ...

【感想】 「他人を変えることは出来ないが自分を変えることはできる」と新卒で入った会社で言われまくった。 それはあながち間違えていないし、人に期待せず自分が成長したほうが物事は早く進むんだろうなと思ったし体感もした。 でも、その言葉の裏で、環境や社会を変容させていくことへの諦めもあるのかなと思った。マイノリティが苦しい社会はどうせ変わらないから、自分を成長させて権力を得てマジョリティになろうとする。そんな感覚が染み付いているのはよくないなと思った 学校で「これくらい出来ないと…」と言わせてしまう社会というのは、社会そのものが、能力を求める社会であるんだなと思った。 社会は、人々の凹凸を生かしてチームで動いて、得意なことを活かして、苦手なことは得意な人に任せるという社会になっておらず、全部の能力が平均的に高い人を正解としている。 私はこのくらい努力したんだから、それが出来ないのはあなたの努力不足。と烙印を押す社会に全然魅力を感じない。 自分自身に染みついた能力主義にも自覚的にならないといけないと思う。 勝手に言語化できる速さで相手を見下してはいないか?言語が優位な人もいれば、少し時間をかけて言葉にする人もいるのだから、自分の速度を正解にしてはいけないよな。 【メモ】 発達障害のあるいろいろな子たちと会って、「支援」をしていると、その子を結局、マジョリティを中心とした社会に合わせさせるとか、マジョリティにとっての「ふつう」に合わせさせるための支援になりやすくて。このやり方はなにか違うのではないかということをずっと考えていました 代表的なものでは、SST(ソーシャルスキルトレーニング)ですよね。特に学校での特別支援教育では、「ふつう」にのれない子は「SST」、そこで「ふつう」にのれる練習をする、という流れになりやすい。 通常の学級の中で「この子は支援が必要だね」となる判断のポイントが、そもそも、その学校で求められている“規範”から外れている、逸脱しているとかになりやすい いま私たちがしているのって、環境調整の話ですよね。つまり、環境の側に障壁があって、それをどう変えていくか。でも、「配慮」と言ったときには、もうその瞬間に、個人の資質の話になっているんですよね。配慮できる私・できないあなた、であったり、配慮を要請できる人・できない人、などの線引きも。 「集団をそろえる」という能力観も、20世紀型モデルですよね。つまり、昭和型の集 団管理型一括処遇。 これは私が研究対象にしている精神病院も一緒です。精神病院と工場と学校は同じモデルなんです。少人数で多くの製品を生み出したり管理しようとする。小学校の40人一斉型教育は、そもそもが工場で標準的・規格的な労働をできる人材を生み出すためのもの。明治時代に日本に輸入された教育モデルです。それ以前、江戸時代の寺子屋は、一斉授業もしないし、学習内容も人それぞれで、絵巻物とかを見ていると、学級崩壊のような自由気ままな授業風景で、みんなわちゃわちゃだった。 そう考えると、明治以後の日本は教育の標準化・規格化を大成功させて発展してきたんです。でも、今、その大成功した代償をすごく払っている。それが、一つには子どもたちの不登校という形で表れています。「こんなところに行きたくない、行けない、いられない」 「これぐらいできないと・・・・」には「社会は所与のもの、概存のもの」という社会観が大きく影響していると感じるんですよね。「社会がこうだから、これぐらいできるようにさせてあげないと」と、先に規定されている、揺るぎない「社会」というものがあって、それが大前提だから「これぐらいできないと」となるわけですよね。 「だってこの子が困るでしょ」と。意地悪してるわけじゃなくて、本当に善意なんです。挨拶はわかりやすい例です。でも、その善意自体はわかりますが、本当は社会だって場所によるし。 は適法だったとされましたが、私は大いに問題があったと思います。 ただ、同時にああいうことが起きた背景も見ないといけないと思っていて。大阪の公立高校はその当時もいまも、3年連続定員割れになったら廃校対象になるんですよ。 私学無償化の裏で、そんなことになっています。そして、今の社会においては、制服をキチンと着て、髪の毛の色がカラフルじゃなくて・・・

Posted by ブクログ

2026/02/03

先に「『能力』の生きづらさをほぐす」を読んだ方がよかったかも。対談集なのだけど、その議論の前提となる部分をもっと知ってから読みたかったというか。武田緑さんとの対談が一番「あるある」と思いながら読めた。特別支援教育と親和性が高いように思えた。問題を個人に帰さず「関係」や「環境」を調...

先に「『能力』の生きづらさをほぐす」を読んだ方がよかったかも。対談集なのだけど、その議論の前提となる部分をもっと知ってから読みたかったというか。武田緑さんとの対談が一番「あるある」と思いながら読めた。特別支援教育と親和性が高いように思えた。問題を個人に帰さず「関係」や「環境」を調整、支援というのは、ABAに通じるものを感じる。全体的に共感するけど、「そうは言っても社会がね」というのも分かってしまう。まずは自分がどうありたいかからかな。

Posted by ブクログ

2026/01/03

ちょっと思ってたのと違った。タイトルから、なぜ「これくらいできないと困るのはきみだよ」と言われるのか、今後どうしたらいいか学べると期待して読んだけど、その疑問にまっすぐ答えてくれるような本ではなかった。タイトルが違ったら面白い内容として読めたかも。

Posted by ブクログ

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