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地図なき山 日高山脈49日漂泊行
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 2024/11/20 |
| JAN | 9784103502326 |

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商品レビュー
3.9
35件のお客様レビュー
角幡唯介の本を読むのは「極夜行」に続いて2冊目。「極夜行」を読んだのは、随分以前の話なので、内容については記憶が曖昧ではあるが、北極圏での極夜(陽が昇らない時期。白夜の時期の反対)での冒険譚、それも、かなり危険な冒険譚だったように記憶している。 それに比べると、本書は、趣を異にす...
角幡唯介の本を読むのは「極夜行」に続いて2冊目。「極夜行」を読んだのは、随分以前の話なので、内容については記憶が曖昧ではあるが、北極圏での極夜(陽が昇らない時期。白夜の時期の反対)での冒険譚、それも、かなり危険な冒険譚だったように記憶している。 それに比べると、本書は、趣を異にする。筆者は、北海道の日高山脈に地図や、その他の日高山脈に関する情報を持たずに入り、「漂白」する。冒険にも色々な種類があるだろうが、何も情報を持たずに人里離れた地域に入っていき、徐々に自分なりにその土地の(今回の場合には、北海道の日高山系の)情報を積み上げていく、すなわち、その土地について、徐々に分かっていくことも冒険であろう、という、筆者なりの考え方に基づいての「漂白」である。 「極夜行」のようなハラハラするような冒険物語ではないが、これはこれで「冒険である」という筆者の主張には賛同する。そういう意味では、地理的に言って、「知らない場所を知っていくこと」が冒険の一つの定義なのかもしれない。 この定義に従えば、私たちが行う旅行も、一種の「冒険」的な要素があるのではないだろうか。日常を離れて、多くはこれまで行ったことのない、すなわち、「知らない」場所に行き、その土地のことを行って分かってくる、ということが旅行なので、上記の定義に従えば、それも「冒険」なのだろうと思う。 筆者が、日高山脈で何回かに分けてではあるが、50日近く「漂白」しようと思ったことと、例えば私が妻とヨーロッパに昨年10月に出かけたことは、「未知のものに出会いたい」という、それ自体は、何故か分からない願望に導かれた「冒険」なのだと思う。
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事前調査はせずに情報を遮断した上で地図も持たずに北海度の日高山脈に挑んだ記録。情報過剰社会や合理主義から外れた先で見えたもの。たいへん面白い冒険登山記であり哲学書でした。
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角幡唯介『地図なき山』を読んだ。 地図が存在するにも関わらず、あえてそれをしないこと。文明への反逆、自分で引く逆境のライン、1を0に戻す行為。普通の感覚なら「なんでそんなことするの?」となる。奇しくもこれと同じセリフが帯に角幡さんの奥様の声として描かれていて、僕も同意だ。 で...
角幡唯介『地図なき山』を読んだ。 地図が存在するにも関わらず、あえてそれをしないこと。文明への反逆、自分で引く逆境のライン、1を0に戻す行為。普通の感覚なら「なんでそんなことするの?」となる。奇しくもこれと同じセリフが帯に角幡さんの奥様の声として描かれていて、僕も同意だ。 でも、全く知らない土地で思いもがけないものに出会った時の感動が筆舌にし難いのも理解できる。自分も10代後半から20代前半でハマったバックパッカーの旅では、その興奮に随分と取り憑かれた。スマホがない時代、紙の『地球の歩き方』をポロポロになるまで捲り続けて目的地を目指したけど、「地図がない」はなかった。 角幡さんは日高山脈に4回アタックし、自分で歩いて作った地図を拡張していく。川を探し、野営をし、魚を釣り、キノコを獲り食べる。一連の行動に無駄がなく、行動と生活が、いや、生への活動が一致しているところに、この行為の神聖な面がある。 そこで自分に返ってくる。僕は日々を生活していると言えるのか?食べるものも寝るところも着るものも何不自由ない状態で、自分の生はどう活かせているのかと。 ラストシーンも強烈だ。ジュンク堂で買った地図と見比べると、角幡さんが自分で描いたものと変わらなかった、知ったのは山々や川の本当の名前だけだ、とある。ただ思うのは、名前すら誰かが先に名付けたものに過ぎず、大した意味を持ってはいない。みんなが迷わなくするための記号であり、共通認識をつくる便利な材料でしかない。 だからニックネームがあるのだ。自分と対象となる物や人物との固有の関係で成り立つラベル。僕はこの“ニックネーム”をいかに増やせるかにこそ、人生を楽しむ秘訣があるのではとすら思う。『地図なき山』を読み、自分の人生の地図ではどんな山に川にどんな住民が住んでいるのか――そんなことを思うに至った。
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