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能力で人を分けなくなる日 いのちと価値のあいだ あいだで考える
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能力で人を分けなくなる日 いのちと価値のあいだ あいだで考える

最首悟(著者)

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能力で人を分けなくなる日 いのちと価値のあいだ あいだで考える

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 創元社
発売年月日 2024/03/27
JAN 9784422360164

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商品レビュー

3.9

28件のお客様レビュー

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2026/01/04

二者性 内発的義務 「世界にたったひとりいるとせよ。その人には権利はなく、ただ義務のみがある」(ヴェイユ) のぶきさん、りこさん、せんさんも良かった。みんなとても素敵で魅力的な人でした。

Posted by ブクログ

2025/08/28

トピックや所々は気になる話だったが、若いパネラー達の自分探しに感情移入出来ず、バタバタした読書になってしまったのが残念。 きゅうけい 休憩時間が終わる頃、最首さんがみんなに突然、「「聴す』と書いてどう読むか、わかりますか?」と問いかけました。 最首 これは「ゆるす」と読みま...

トピックや所々は気になる話だったが、若いパネラー達の自分探しに感情移入出来ず、バタバタした読書になってしまったのが残念。 きゅうけい 休憩時間が終わる頃、最首さんがみんなに突然、「「聴す』と書いてどう読むか、わかりますか?」と問いかけました。 最首 これは「ゆるす」と読みます。「ゆるす」は「ゆるい」や「ゆるゆる」と元は同じらしいんですが、「聴す」と書いて「心をひらいて聞く」意味合いがあるんです。普通は、相手に注意を集中させて熱心に聞くことがよしとされますよね。でも「聴す」の聞き方はそうではなくて、ぼ1つと聞く。心をひらいてぼーつと聞いていると、相手もしゃべってるうちにリラックスしてきて、心をひらく。そこから、相手のことを受け入れる、いいよって言う、「許す」の意味にもつながるわけです。私、これはなんだかすごいなあと思ってね。人の話を聞く時に、ぼーつと聞いてるだけでいいんだって。そして、これはケアにおいても非常に大事なことなんですね。大切なのは、緊張の反対の「池織」っていうこと。人間関係で、お互いがお互いに対して「居る」だけで、ゆるむことがあるでしょう。体がゆるみ、心がゆるんでくる。そういうあり方のひとつを、この「聴す」という言葉が表しているんじゃないか。 編集部 なるほど。確かに、誰かとただず緒にいるだけで、助けられるっていうか、心がゆるむことってありますね。 最首 ありますよね。それは、お互いがお互いを聴しあう関係にある。それもまた「頼り、頼られる」ということです。一方、「依存」はそれとは違う。べたっとよりかかって、「私」がなくなってしまう。それは、「聴す」「ゆるむ」っていう、心をほどきあう関係とは違うと思うんですね。 「あいまいな日本の私」 もうひとつ言うと、開いた世界は「あれもこれも」の世界でもあります。 近代社会っていうのは合理主義の上に成り立っていますから、白か黒かをはっきりと決めなければ事が進まない世界なんですね。形間とか曖味さとかはあんまり許されなくて、どこかで「あれかこれか」をどっちかに決めなくてはならない。 しかし、日本に暮らしてきた私たちは典型的に「あれもこれも」と思う。つまり、「あれかこれか」を決められない。イエスかノーか、なかなか決められない。意見もなかなか言えないし、優菜不眠だし、曖味ですよね。こう、きっぱり決められないところがあるんじゃないでしょうか。どうでしょう?

Posted by ブクログ

2025/08/11

日本経済新聞に「能力主義、前提は強い「個人」。競争より共創で生産性を」と題する書評コラムが掲載されて、その中の1冊として、本書が紹介されていました。著者が、重度知的障碍をもつ娘をもつ父親であり、「相模原障碍者施設殺傷事件」(2016年)を起こした殺人犯と対話したことがあるとの紹介...

日本経済新聞に「能力主義、前提は強い「個人」。競争より共創で生産性を」と題する書評コラムが掲載されて、その中の1冊として、本書が紹介されていました。著者が、重度知的障碍をもつ娘をもつ父親であり、「相模原障碍者施設殺傷事件」(2016年)を起こした殺人犯と対話したことがあるとの紹介とともに。 Over the topとは40歳のころを指すのですが、中高年まで人生は上り坂で、何かを成し遂げたいと思い、人は格闘するのでしょう。著者も大学紛争という特殊な状況下で自己否定を迫られる一方、いずれ大学教授になるのだろうなと思っているところに、この娘さんが誕生します。そして、それ以来、娘があって私が生きている、という感じであり、娘さんの存在に支えられて生きてこられます。 また著者は、西欧的な考えと本来の日本的な考えとを「閉じた世界」と「開いた世界」とに分けて、「「開いた世界」のポイントは、まず「関係が先で、存在があと」ということ。逆に、西欧的な「閉じた世界」では「存在が先で、関係があと」。存在というのは、個人、個の存在ということです。」と述べられます。 「閉じた世界」がもたらす問題を「開いた世界」により解消できないか、と著者は思われているようです。しかし、「閉じた世界」が問題をもたらす一方、「開いた世界」も問題をもたらしてきたでしょう。どちらが無条件に良いとは言いにくいように思いました。 そんなところに、座談会に参加した1人の高校生の言葉が印象に残りました。「能力とか生産性っていう価値観で「選ぶ」ということを、すごく簡単にしてしまっているところがあるなあと思って…。「いのちの選別をする」ってなった時に、そこに迷いが生じない怖さがすごく、あるなと思った。だからこそ、曖昧さをもう少し大切にしながら、「選ぶ」ということに向きあいたいと思います。」

Posted by ブクログ