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道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか 朝日選書1039
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 朝日新聞出版 |
| 発売年月日 | 2023/12/11 |
| JAN | 9784022631299 |
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道長ものがたり
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商品レビュー
4.2
18件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
藤原道長の生涯を新たな視点で描いている一冊。 これまで藤原道長というと「この世をば我が世とぞ思う望月の欠けたることも無しと思へば」という和歌を元に権力者として力を誇った傲慢な人物というイメージがずっとあったことは否めない。 しかし、本書によると、藤原道長は、非常に幸運な運命のあった人物であり、それが、すべて自分が権力者としての階段を登っていく過程において、それを阻害するような人物の死によってもたらされるという事に着目している。 例えば、藤原道隆、道兼の二人の兄が早逝しなければ、道長に摂関というポジションは回ってこなかっただろうし、道隆の子、伊周、隆家兄弟が勘違いから花山法皇に矢を射かけるという長徳の変による失脚がなければ、また同じく道隆の子であり、時の天皇一条天皇の寵妃である皇后定子が若死にしなければ、長期安定政権には結びつかなかっただろう。 また、天皇に入内した娘たちが、子をなし、その子たちが天皇となった。しかし、皇后定子がもう少し長命であったなら、あるいは一条天皇と定子の子である敦康親王が若死にしなければ、また違った歴史があったのかもしれない。(実際に、藤原彰子は、自分の子敦成親王よりも、敦康親王の即位を望んでいたとも言われる。) そして、入内した3人の娘たちは、みな皇后となっている。 これは、幸運という言葉以上の運を持っていたと言える。当時の人達もそのような目で道長を見ていたとも考えられる。 そして、自分の現在の地位は、ライバルたちの死や不幸により得たものという認識を本人が持っていたからこそ、たびたびライバルたちの怨霊に苦しみ、病を得ることになる。 事実、道長は、何度も病気から引退を口にしている。その心の中には、多くの人達の怨霊が跋扈していたのであろう。 そういった視点に立っていくと、件の和歌も権力の頂点に昇りつめたものの傲慢な歌というよりももっと違った内容を歌ったものと解することが出来るというのが本書の主張である。 件の歌は、一家立三后を祝った酒宴で歌ったものであり、自分の家族は、三人の娘は皇后になり、長男は摂政にまで登っている。道長一家全体が幸運で満ち溢れ、満月のように何一つかけたところがないということを素直に喜んだ歌であるという見方もできるという。 確かに、当時の日記である「御堂関白記」には全く記述がなく、藤原実資の「小右記」には、この歌のことが記載されているが、みんなで唱和したと書いているが特に批判的なことが書かれているわけではない。 そういうことを考えると、これまでのような解釈と違う解釈が成立する余地はありそうである。 また、道長と紫式部との関係については、はっきりは書いていないが、紫式部が日記等でそれとなく匂わせている所がある。ただ、あったとしてもかりそめのものであったと本書では書かれている。 まあ、学生時代、この道長と紫式部との関係について、覗き趣味として一刀両断された先生もおられたのでその辺にしておこう。 本書は、非常に丁寧に史料を引用しており、またちゃんと現代語訳もつけてくれているので大変親切で読みやすい。 平安時代の貴族社会がわかりやすく書かれているおススメの一冊だと思う。
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大河ドラマ「光る君へ」の影響から本書を読んだ。家族・出世・政治・病気等の出来事を通じて道長の壮絶な生き様を知り、また今世につながる平安時代にも思いを馳せることが出来た。和歌を初めとする雅で優美な平安時代にもとても惹かれる。
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著者の山本淳子さんは、素人にも分かり易い解説で読みやすく、源氏研究者の中で一番好きな方です。 今回、大河ドラマきっかけで新刊が発売されたのでうれしい♪(といいながら1年近く積読・・) 今回は、道長の「幸ひ」についてがテーマです。 いろいろ思うことがあったので備忘録としてだらだら書いときます。 まず、今回初めて道兼の人となりを少し知ることが出来ました。 中野関白家の華やかさと、道長の圧倒的専横さにはさまれて、私の中で道兼ってなんかちょっと地味でおまけみたいな存在でした。 知っているのは花山天皇をそそのかした事件くらい。 しかし本書では、人望があり、詩歌を好む文学好きな面があることをが紹介されており、大河ドラマでの描き方とも正反対でした。 そんな道兼が疫病で世を去ります。(道隆もね) 道長といえば、思いがけず兄たちが亡くなったことで「幸ひ」が転がり込みます。 ただ、それを後ろめたく思うことから、道隆と道兼の怨霊に終始悩まされる生涯を送ることになります。 でも、道長は道兼との約束を守り、生涯彼の息子である兼隆を後見したのだから、そんな後ろめたく思う必要はない気がするのに、人間の心の不思議を感じました。 そう割り切れる話ではないけど。だったら彼の娘を自分の娘の女房として雇うのは止めればいいのに。(彼女は泣いていやがったそうです) 道兼の娘に限らず道長は、自分の娘たちの後宮サロンに、上流貴族の娘たちを女房として吸い上げるブラックホールの様相を呈していたとあります。 公卿にとって一家の娘は、状況さえ合えば入内の夢を懸けての宝であったのに、それを召使になり果てるなど屈辱以外何者ではありません、でも、道長からそれを請われれば、誰も断ることは出来なかったそうです。やっぱり、イヤな奴。 敵方(定子方とか)にイベントがあると、同日に自分企画のイベントをぶつけてきて、公卿たちにどちらに参加するかを選ばせ、名簿を作成してみたり、二后冊立、それどころか三后冊立までやってのけ(しかも言い出したのが彰子だというからかなり驚きました)、とにかくやりたい放題。 本書で著者は、従来の「傲慢な権力者」のイメージ一辺倒ではなく、怨霊におびえ、病気に苦しみ、身内の不幸になく弱い部分もわかってほしいと思って書いたそうです。 でも私としては、(道兼に対してなど例外に思うところもあるけれど)怨霊におびえるのは自業自得、身内贔屓は傍で見ていて気分が悪い。と、やっぱり傲慢な権力者だなという印象は変わりませんでした。
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