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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 青土社 |
発売年月日 | 2023/11/25 |
JAN | 9784791776030 |
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※このレビューにはネタバレを含みます
筆者の専門である自然人類学の視点から、国内外のさまざまな事象を読み解く一冊。コラム集になっていることで、複数の視点で物事を見つめ考えることができる。 ここでは、特に興味深かった論考について取り上げたい。第4章で扱われている、研究という活動が、ヒトにとってどんな意味を持ち、それが日本という文化においてどのように捉えられているのかという問題についてである。 筆者は、日本では「人材育成」という言葉が、国全体のためにという論調が強く、個人がどんな人間に育つのかという視点が薄いと指摘する。 同様のことは、国家だけではなく、様々な組織に当てはまるのではないか。例えば、企業が社内研修を導入するケースを考えると、会社の収益やブランディングを目的とすることは多い。私自身、教育というのはコストが掛かるものであるから、論理として理解はできる一方で、腑に落ちていない感覚があった。ファクトベースで証明することは難しいが、日本では「個人」という概念が思考様式から抜け落ちている側面があるように思う。
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ジュンク堂にて見つける。 帯の、 社会は変わる。技術も変わる。暮らしも変わる。変わっていくのが常だとしても、ヒトという動物にとって基準となるような参照点はないのだろうか?私はあると思う。 という言葉に刺された。 まさにこれ。変わりゆくのが当たり前としても、人間は人間という動物であ...
ジュンク堂にて見つける。 帯の、 社会は変わる。技術も変わる。暮らしも変わる。変わっていくのが常だとしても、ヒトという動物にとって基準となるような参照点はないのだろうか?私はあると思う。 という言葉に刺された。 まさにこれ。変わりゆくのが当たり前としても、人間は人間という動物であり、生態系の中で生きていく、環境問題を乗り越えて持続性を得るには、こうした参照点が必要なのだと思う。 自分が生態学や、自然学をしたのも、東洋思想の自然に惹かれるのも、その辺りを持ちたいからなのかも知れない。 自分は、生態系にとっての基準となる参照点をもち、ヒトという動物がその中で折り合えるようにしていけたらと思う。
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