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傷つきやすいアメリカの大学生たち 大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体
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傷つきやすいアメリカの大学生たち 大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体

ジョナサン・ハイト(著者), グレッグ・ルキアノフ(著者), 西川由紀子(訳者)

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傷つきやすいアメリカの大学生たち 大学と若者をダメにする「善意」と「誤った信念」の正体

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 草思社
発売年月日 2022/11/30
JAN 9784794226150

傷つきやすいアメリカの大学生たち

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みんなの感想まとめ
  • キャンセルカルチャー
  • 講演妨害
  • ポリコレ問題
  • 大学教育
  • Z世代の脆弱性
  • 社会的正義
  • 言論の自由
  • 教育の危機
  • 過保護な育成環境
  • 学問の自由

言論の自由や学問の自由が揺らぐ現象を描いた本書では、アメリカの大学におけるキャンセルカルチャーやポリティカル・コレクトネスの実態が詳細に分析されています。特に、Z世代の学生たちは、過保護な育成環境やSNSによる他者との比較から、対立意見に対して脆弱で攻撃的になっていることが指摘されています。善意から始まった政治的・社会的正義の追求が、時に暴走し、逆効果を生む危うさも浮かび上がります。多様な価値観が共存する中で、自己の「正義」を見つめ直すことの重要性が強調され、私たち自身の社会にも通じる教訓が得られます。大学が本来の学びの場として機能するための提言も示されており、現状を改善するための道筋が探求されています。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/08/03

アメリカの過敏で聴く耳を持たない大学生達と、彼らに毅然とした態度を取れない大学の実態が書かれていました。どんどん分断が進むアメリカ社会、怖いです(日本は大丈夫でしょうか?)。しかしこの本の中では大学がその様な事態に陥ってしまった原因も分析され、具体的な解決策も提案されているので救...

アメリカの過敏で聴く耳を持たない大学生達と、彼らに毅然とした態度を取れない大学の実態が書かれていました。どんどん分断が進むアメリカ社会、怖いです(日本は大丈夫でしょうか?)。しかしこの本の中では大学がその様な事態に陥ってしまった原因も分析され、具体的な解決策も提案されているので救いがあります。日本の学校関係者にぜひ読んでもらいたいです。最後の認知行動療法の話は自分自身の参考にもなりました(不安症な所があるので)。とりあえず「かわいい子には旅をさせろ」「自分の中に沸き起こる感情と心の声に従うな」ということを憶えておきたいと思います。

Posted by ブクログ

2026/04/01

めっちゃ雑にいうと「過保護のせいでエリート若者がヤバい」的な話。子をもつ親として身につまされた。この本で取り上げられた現象は、既に日本でも起きていると思う。ずっと忘れず教訓にしておきたい本だ。 問題への処方箋として本書で提示される案はいささか単純で、より詳しい検討が待たれるが、...

めっちゃ雑にいうと「過保護のせいでエリート若者がヤバい」的な話。子をもつ親として身につまされた。この本で取り上げられた現象は、既に日本でも起きていると思う。ずっと忘れず教訓にしておきたい本だ。 問題への処方箋として本書で提示される案はいささか単純で、より詳しい検討が待たれるが、それでも素晴らしい問題提起をした本。個人的に昨今の「ケア」のバズワード化に疑問があって勉強中なのだが、ケアを考える上でも本書の問題は念頭に置くべきだと思う。

Posted by ブクログ

2025/12/24

『社会はなぜ左と右にわかれるのか』のジョナサン・ハイトが共著者の一人になっており、ポリティカル・コレクトネスが先鋭化したアメリカの大学で何が起こっていて何が問題なのかを論じた書籍。誰かの発言の言葉尻を捉えて吊し上げるキャンセルカルチャーは日本においては芸能関連のニュースであること...

『社会はなぜ左と右にわかれるのか』のジョナサン・ハイトが共著者の一人になっており、ポリティカル・コレクトネスが先鋭化したアメリカの大学で何が起こっていて何が問題なのかを論じた書籍。誰かの発言の言葉尻を捉えて吊し上げるキャンセルカルチャーは日本においては芸能関連のニュースであることが多く、それでも歪な感じを受けていたが、アメリカでは大学において教職員への否定や、講演会等への反発につながっており、そうした行き過ぎた状況や学生を取り巻く環境は学生を脆く弱い存在にしてしまっているという指摘とその構造を捉え直す。 本書ではポリティカル・コレクトネスやマイクロアグレッションの行き過ぎた対応について取り上げられるが、著者二人も本書内で自ら述べている通りリベラル側の人間であり、これまで構造的に抑圧されてきた弱者への配慮やその当事者が権利や尊厳を守るための訴えがあること、社会の構造に気づきやすくする発想があることの意義は否定していないし、私もそれは同感。ただし、現場の運用において否定されたり非難される余地を排除するために色々なことが拡大解釈されることによって、本来の思想的意義とはズレた本質的でない過剰な反応が生まれているにも関わらず、そのことを否定するとPCやマイクロアグレッションそのものを否定しているように捉えられてしまうため声を上げることができないという負の循環に陥る。 読みながら難しいなと感じたのは、マイクロアグレッション等のの指摘がなされる場面では「(傷つける)意図の有無」ではなく、被害者側の「(傷ついたという主観の)結果」が重要になっているという話。実際マジョリティ側の抑圧的な言動は社会的な構造や環境の中で無意識に生まれてしまっていることが問題でそのことに気づかせるためのものなのだから意図の有無よりも結果を重視するというのはそもそもがそういうものだったのだけど、その対応だけが表面に出ると、むしろ意図としては逆に寄り添ったり配慮するものだったとしてもそこのズレを解消するチャンス、対話する機会が失われてしまうような場面が多くなっていることが、善悪二元的な発想の大きな問題点なんだと思う。 一方でこの「結果」重視の発想は人間関係だけでなくさまざまな分野での発想的トレンドになっているように思う。政策や社会的プログラム、あるいはさまざまな事業において、アウトカムやインパクトを重視するという発想もそうでしょう。社会を良くする「つもり」がいくらあっても実際的な成果をあげられないものではなく、しっかりとアウトカムやインパクトという変化を生み出せるかどうか、ということが意図よりも重要でありそれを示せるようにしましょう、と。確かに社会課題や経済の状況などからそうした文脈が重視されることはその通りだけど、市民の社会参加やあるべき社会像のことを考えると、どのような「つもり」で参加できているかやプロセスに重きをおく発想が抜け落ちてしまうとそれは危ういよな、と感じることと、本書で人間関係の捉え方において警鐘を鳴らされていることにも共通点があるように感じて、いろいろ考えていきたいなと思った。 なかなかの文量ですが、ポリティカル・コレクトネスやキャンセルカルチャー、分断等に関心のある方は一読をおすすめします。

Posted by ブクログ

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