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ポエトリー・ドッグス
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2022/10/31 |
| JAN | 9784065291863 |

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商品レビュー
3.9
41件のお客様レビュー
◼️ 斉藤倫「ポエトリー・ドッグス」 迷い込んだバーのマスターは、ディオージー。出てくるのはカクテルと、詩。 斉藤倫は「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」にハマった。その後、人気絵本作家のjunaidaが絵を描いた「せなか町から、ずっと」も読んだ。 ...
◼️ 斉藤倫「ポエトリー・ドッグス」 迷い込んだバーのマスターは、ディオージー。出てくるのはカクテルと、詩。 斉藤倫は「ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集」にハマった。その後、人気絵本作家のjunaidaが絵を描いた「せなか町から、ずっと」も読んだ。 この本も「ゆびをぱちん」と同じように、短い物語が何篇もあり、そこで詩が紹介されていくというもの。 いつも酔っ払って2軒、3軒目に辿り着く、住宅街の奥深いところにあるバー。マスターは犬で、オススメのカクテルを作り、そして2つほど、詩を差し出してくれる。 主人公は会社勤め。普通に2足で立ち服を着てシェイカーを振る犬のマスターと微妙な会話をしつつ、詩を読んで思索を深めていく。悲しげで、虚無感に苛まれているようだ。季節が巡り、年月を経るに従って環境や状態も変わっていく。 最近はとかく物語の構成に目が行ってしまってクリティカルに見てしまう。映画にしろ小説にしろギュッとしたものなので演出は当然ある。精巧さも嫌いじゃないが、なにかその、むつかしかったりさかしいものではなくて、感じることのできる物語はないかな、なんて勝手に思っちゃっていた。そんな時に記号などを多用する最果タヒの本を読み、よく詩を読む文芸師匠に教えを受けた。 「わけわからなく感じたら『ゆびをぱちん』に戻れば良い」との指導を受けてたところ、たまたま図書館で目に入ったこの本を手に。これもお導きか笑 で、主人公は短い篇中で思索を深めていく。死んだ愛犬、犬とは、にんげんとは、その境界とは、他諸々。 紹介されている詩は、ランボーほかの外国のものもあるけれど、大半は日本の詩人の作品だ。萩原朔太郎は鋭く怜悧、朔ちゃんの親友の犀、室生犀星は生活感の中の空虚さか。草野心平はやはりカエル?で宮沢賢治はエナジーと熱さあふれる修羅。草野心平は賢治の死後、いち早く彼の全集を編集している。 文豪も入っている、ただ私にはあまりなじみのない詩人さんが多数派。 読み進むにつれてどこか幻想味が高まり、主人公が何に傷ついているのか、そして、犬のマスターは・・バーの存在は・・と分かっていくようになっている。喪失と新たな地。救いがあって良かった。底流にあるものは「ゆびをぱちん」と多分同じ心の旅路。詩人である著者の体験かも知れない。 詩は文ではない、感じるもの、か。根源的な思索を深めるのは哲学的であり、私的には表現の方に目が向く。 詩にあたるは、わけわからないことも多いが、感じる、ことかも知れない。いいタイミングで、良い方に転がった気もする。斉藤倫は、賞を取った作品は未読でもあるし、また読んでみよう。
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読み始めは慣れない詩を受け入れることが難しく頭が大混乱してしまうものもあったが、BARの客である主人公と共に少しずつ、自分なりに読めるように。物語にも惹かれて読み進めることができた。後半は主人公が心配になり、終わり方に不安をもって(暗い終わり方の本は苦手)止まってしまった。1ヶ月...
読み始めは慣れない詩を受け入れることが難しく頭が大混乱してしまうものもあったが、BARの客である主人公と共に少しずつ、自分なりに読めるように。物語にも惹かれて読み進めることができた。後半は主人公が心配になり、終わり方に不安をもって(暗い終わり方の本は苦手)止まってしまった。1ヶ月後に再度読み始めて、ゆっくりと読み終えてとても良かった。不安で怖かった読了感ではなく、心地よく風が通った後のような、雨上がりのような気持ちになった。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
著者の本は二冊目。 『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』と題した前著も、詩のアンソロジー、入門書的な建付けだ。 小学生の男の子が、詩人の家に遊びにきて、詩とは? ことばとは? ということを教わっていく。 それと似た建付けで、こちらは人が犬に詩の教えを乞う。 犬と言っても半ば擬人化された、チョッキを来たバーテンダーの犬、人語も解せば、器用にシェイカーを振ってカクテルを振る舞う。 訳あり呑兵衛の主人公は、何軒かハシゴした後にそのバー、Poetory Dogsを訪れる。 犬のマスターは、つきだし(おとおし)代わりに一遍の詩をさし出すという趣向だ。 客に見合った詩なのか、無作為なのか、犬と人間は、その詩にまつわる議論を交わす。 男のふるまいや詩を通じて、犬のマスターは、 「ただしりたいだけなのです。にんげんが、物事をどのようにとらえるのかを」 と達観したようなことを言うのがいい。つまり、詩というものは、そういうものだと言いたいのだろう。 あるいは、こうも言う。 「かみくだかず、まるのみしているだけです。いぬの習性でしょうか」 これなどは、詩に触れる心構えとしての真髄を言い当てているのかもしれないと思わせる。 人間のほうは、詩の素人、さらには酔っ払いの体だ。そもそも詩なんて理解できない、良さが分からないという、世の一般読者の立場で、最初、このBarを訪れるところがいい。 15回の訪問を通じて(第一夜から第十五夜まである)、一夜につき2編の詩が供される。犬のマスターが「お代わりはいかがですか?」と2編目を進めるのがいい。 この客はどうやら、人生の岐路、悩みを抱えているようだし、犬を亡くした想い出もあるようだ。なんなら、著者の斉藤倫が、愛犬を亡くした悲しさから、この物語を編み出したのかもしれないと思い、後半は読んでいた。 男が、15回の詩との出会いを通じて、訳知り顔で詩を語りだすようなことがないのも、いい。 結局、 “「うん、よくわからない」 (中略) わからない、というこのかんじが、詩がぼくらをどっかにつれ出そうとするフラグだって、いまは、しっているから。“ それでも、一応の成長が見られるからね。 そして、亡くした犬を思い出し、背後でそっと店のドアが開くが、気配だけで誰も入ってこない。でも、スツールに座る男は、足元を刷毛でなぞられるような感覚を思い出す。 あぁ、だから、タイトルは『~ Dogs』と複数形なのか?!
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