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蛇の言葉を話した男
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2021/06/26 |
| JAN | 9784309208275 |
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蛇の言葉を話した男
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商品レビュー
4.2
25件のお客様レビュー
なんとも言えない、不思議な体験をした。 エストニア文学という未知の世界が、そして翻訳もとても良かったので読みやすかった。 森(先住民)と村(キリスト教)の対比が勧善懲悪ではなく、ただ時の流れを受け入れてるのが新鮮だった。 あっけなく主要人物が退場していくのもとてもびっくり。 良い...
なんとも言えない、不思議な体験をした。 エストニア文学という未知の世界が、そして翻訳もとても良かったので読みやすかった。 森(先住民)と村(キリスト教)の対比が勧善懲悪ではなく、ただ時の流れを受け入れてるのが新鮮だった。 あっけなく主要人物が退場していくのもとてもびっくり。 良い読書体験が出来た
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以前ある作家が紹介した記事を読み、何気なく借りたのだが… 今、読むべき本だった。 新しい文化、権力と宗教に心酔して従う人達と、古い因習と精霊を狂信して排他的に生きる人達が両者共、滑稽に描かれている。 信じるものの中身が変わっただけでやってる事は同じじゃないか、とウンザリする主...
以前ある作家が紹介した記事を読み、何気なく借りたのだが… 今、読むべき本だった。 新しい文化、権力と宗教に心酔して従う人達と、古い因習と精霊を狂信して排他的に生きる人達が両者共、滑稽に描かれている。 信じるものの中身が変わっただけでやってる事は同じじゃないか、とウンザリする主人公は「蛇の言葉」を操るヒーロー…でもなく、善き日々や仲間も徐々に失われ孤独を深めていく。 エストニアの社会を寓話的に皮肉を込めて描いた小説、という触れ込みだったが。分断が叫ばれて、各地で戦争が起こり、AIという従来の生活常識を変える仕組みが急速に広まりつつある今の世の中、に奇妙に付合していると感じた。 この小説に出てくるどのキャラクターの立場を取るのか、を考える事で、これからの自分の生き方に示唆を得られるように思う。 そしてどの立場を選んだとしても、絶対的な正解などないのだ、という現実にも気付かされる。全ての立場に光もあれば闇もある。 ある人にとっての「光」は他者から見たら惨めな錯覚、かもしれない。しかしどの光を浴びてどんな闇を引き受ける(又は目を背ける)のかを選ぶのは自分…だとも言い切れないな、というところまで考えさせられる。 自分にはどうする事もできない大きな潮流に飲み込まれており、それに気づいていないだけではないか。 しかし気づいていたとして、流れに身を任せられないのは相当に生きづらいだろう。 気づいていて、考えてもいるが、何もしない、というのも滑稽で哀れだ。 「蛇の意見では、誰もが、滑稽に生きる権利も、思いつきに任せる権利もあるのだ」 蛇の立場が一番しっくりくるなあ、と感じた一文。 その蛇たちの行く末はどうなるのか…は小説を読んでみてくださいませ。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
うーん、残念ながら、考えさせられる物語ではあったが、楽しみきれなかった。 置かれているのは古い生活と新しい文明、作られた文明と手つかずの素晴らしい自然、といった二項対立ではなく、どちらもそれぞれに愚かである盲信。そもそも自然には善悪などは無く、ただ人間が勝手に有難がっているだけの面があるから。解説にもあるように、昔の素晴らしい伝統とか暮らしとかは、近年新たに作られたものであることも多い。 そしてまた主人公も、2つの愚かさ両方に身を浸そうとするも違和感が取り切れず、最終的にはどちらにも、そして世界そのものに背を向けて自分だけの孤独に埋没することを良しとする。それは果たして高貴な行いと言えるのか。 単なる伝統(と見せかけた因習)礼賛ではなく、その中にはどうしようもない強権と横暴と搾取を含んでいる。もう一方の文明(と見せかけた思考停止)にも、同様の構造があり、ただ見かけが違うだけ。それらをいずれも愚かとして退けたからと言って、賢いとは限らない。世界に共有すべき相手がいない以上、待っているのは孤独でしかないから。 主人公自身も、周りの世界が緩やかに崩壊していくのを感じ取りつつもどうにもできず、最後に突発的な暴力に身を委ねて発散したあとでは無気力に沈むしかない。戻るべき過去などはなく幻想でしかなくて、進みたい未来は余りに馬鹿げている。そんな状況で個人に出来ることは何も無く、ただ悲観的に世界を嘲笑うしかない。そういった感じでずっと語られていくので、なんともやりきれない感じになる。 それはそれとして、フランス語版訳者の解説が素晴らしく、読んでやっと物語のバックグラウンドが理解できた。エストニアと言う、外国の影響と作られたナショナリズムに翻弄されて来た歴史がある国だからこそ、このような受け取り方が生まれたのか。 解説にあるように考えてみれば、現代に生きる人々は常にこの物語のように、過去にも未来にも行き場所がない状態に常に置かれる危険性をはらんでいる。昨日のテクノロジーは、もう明日には通じないかもしれない。孤独に陥らないためには、愚かさを常に受け入れ続けるか、何処かで背を向けるしかない。世の中の変化が早ければ早いほど、このような不安定さは増していく。VUCAの時代だから仕方ない、として得得としていても、根源的な不安は拭えない。どこかで、もういい、と打ち切って背を向けるしかないのか。とすると、この物語を読んだときの居心地の悪さは、自分の根源的な不安を言い当てられたせいかも。 ちなみに、帯に書かれたトールキン云々とかの売り文句は羊頭狗肉とは言わないが、ちょっと合っていないと思う。ラストオブモヒカンとも違う(ヒロイックな要素皆無なので)。個人的には再考をお願いしたい。
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