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天皇の国史
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | PHP研究所 |
| 発売年月日 | 2020/08/13 |
| JAN | 9784569843605 |
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天皇の国史
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商品レビュー
4.3
15件のお客様レビュー
久しぶりに、読むほどに思索が深まる本に出会った。 竹田恒泰の『天皇の国史』は、日本という国を「天皇」という一本の軸から見つめ直した壮大な試みである。 それは政治や戦の記録をなぞる単なる通史ではなく、 この国がいかにして“時間の連続”を保ち続けてきたのか―― その精神的な基盤を描...
久しぶりに、読むほどに思索が深まる本に出会った。 竹田恒泰の『天皇の国史』は、日本という国を「天皇」という一本の軸から見つめ直した壮大な試みである。 それは政治や戦の記録をなぞる単なる通史ではなく、 この国がいかにして“時間の連続”を保ち続けてきたのか―― その精神的な基盤を描こうとする、思想的な歴史書だ。 著者の筆致は精密でありながら、どこか温度を帯びている。 神話を史実と切り離さず、むしろ日本人の心の原点として読み解く姿勢には、 知識と信念の両方が感じられる。 史料に基づいた分析の奥に、 「人がなぜ祈り、なぜ受け継ぐのか」という根源的な問いが潜んでいるのだ。 とりわけ印象に残るのは、 “なぜ日本だけが王朝交代を経験しなかったのか”という一貫した問題意識である。 その問いを通じて見えてくるのは、 天皇という存在が制度でも宗教でもなく、 「この国の時間を継ぐ象徴」そのものであるという洞察だ。 読み終えたあと、静かな余韻が残る。 歴史とは過去の記録ではなく、今も呼吸している“生きた連続体”なのだと気づかされる。 そして、その鼓動の中心に確かに息づくもの―― それが「天皇」という存在なのだろう。
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何故か参考文献目録には祖父が書いた「雲の上、下思い出話」はあっても「私の肖像画」(旧題「菊と星と五輪」)がない。「私の肖像画」を読めば祖父の恒徳王は昭和18年に参謀本部から関東軍総司令部に転補された時に「内地」から荷物を持ち出していて昭和20年7月に第一総軍参謀に転補された時に...
何故か参考文献目録には祖父が書いた「雲の上、下思い出話」はあっても「私の肖像画」(旧題「菊と星と五輪」)がない。「私の肖像画」を読めば祖父の恒徳王は昭和18年に参謀本部から関東軍総司令部に転補された時に「内地」から荷物を持ち出していて昭和20年7月に第一総軍参謀に転補された時に「そうした東京の状態に比べると、満州は比較的平穏だったので、家族は満州に残して」単身「内地」に帰還していたがソ連参戦で慌てて家族を「内地」に(おそらく)陸軍機で疎開させている事や新京に戻っていた関東軍総司令部に聖旨伝達の際に「一か月前まで私が住んでいた家に行ってみたいとも思ったが、それは不可能であったばかりでなく、すでに略奪されて何も残っていないようであった」と新京に残しておいた荷物を持ち出したかったらしい事が窺える。ソ連参戦で家族を「内地」に疎開させた事もあるので内心、山田乙三関東軍総司令官以下関東軍総司令部にいた軍人達は呆れていたのではないのか?と思ってしまう。 他にも「卜部日記」に昭和天皇から「寬仁さんに関し竹田さんや山階さんの若年のころグレた話引用」と聞かされたとあるが「私の肖像画」には昭和19年にクェゼリンで戦死した従弟の音羽正彦侯爵と華中で再会した時に「二人で大酒盛りをしたことを懐かしく思い出す」と書いている。「雲の上、下思い出話」には「大酒盛りをしたこと」には言及していない。海兵75期の岩崎剛二著「指揮官最後の決断」という本に「音羽が戦死して間もなく、兵学校同期の者が四名ほど」朝香宮邸に呼ばれた時に朝香宮から「「どんなことでもよいから遠慮なく話してほしい」と言われたのをいいことにして、話はエスプレー(芸者遊び)にまでおよんだ」、「しかし、彼らが暇を告げる最後まで、夫人はついに一度も姿を見せずじまいだった」とあるので海軍で言うところの「エスプレー」のし過ぎで益子夫人との関係は冷え切っていて養子を迎えず小坂善太郎と再婚したのだろう。昭和天皇は従弟の正彦王(音羽侯爵)をどう認識していたのかは分からないが従兄弟に当たる山階宮武彦王と恒徳王の「グレた」所業を苦々しく思っていたのが分かる。なので「私の肖像画」という書名自体を取り上げたくないのだろう。「雲の上、下思い出話」から「都合のいい」ところだけ抜き書きして「都合の悪い」事が記されているので「私の肖像画」であっても存在自体を無視するのはどうだろうか?
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男系継承を何としても維持して欲しいし、日本国がいつまでも続いて欲しい。正しい歴史認識が広まることを願う。著者が書いた国史教科書が多くの中学校で採用されますように!
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