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ふつう d BOOKS
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ふつう d BOOKS

深澤直人(著者)

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ふつう d BOOKS

定価 ¥2,530

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 ディアンドデパートメント
発売年月日 2020/07/10
JAN 9784903097626

ふつう

¥2,200

商品レビュー

4.4

26件のお客様レビュー

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2026/01/28

「ふつう」 ありのままであること。 そこに在ってそこに調和していること。 無意識的なかたち。 「ふつう」と聞くと「良く」も「悪く」も「ふつう」、どちらかというと悪いという語感がありますが、ここで書かれる「ふつう」とは、「より良いふつう」のこと。 「ふつう」であることの洗練さ、...

「ふつう」 ありのままであること。 そこに在ってそこに調和していること。 無意識的なかたち。 「ふつう」と聞くと「良く」も「悪く」も「ふつう」、どちらかというと悪いという語感がありますが、ここで書かれる「ふつう」とは、「より良いふつう」のこと。 「ふつう」であることの洗練さ、手慣れさを追究するデザイナーの日々の視点や思考を楽しく読ませていただきました。 この本に出会ったのは市立の図書館で、膨大な本の中から薄青の布地の装丁がパッと目に入り、すぐに気に入って家の本棚の仲間入りしたのでした。 ふつうに、飾らずにありたい、そんな自分に深く染み入る本でした。

Posted by ブクログ

2025/12/27

「ふつう」とは日常に散らばった点を結んだ線の輪郭のことだ。「ふつうそうだろ」「そんなのふつうじゃない」 「それ、ふつうすぎない?」。誰もがきっとそう思っている、そう感じている、そう捉えている、という暗黙に共有する抽象の輪郭が「ふつう」の原理だと思う。私は、その一見曖昧な抽象の輪郭...

「ふつう」とは日常に散らばった点を結んだ線の輪郭のことだ。「ふつうそうだろ」「そんなのふつうじゃない」 「それ、ふつうすぎない?」。誰もがきっとそう思っている、そう感じている、そう捉えている、という暗黙に共有する抽象の輪郭が「ふつう」の原理だと思う。私は、その一見曖昧な抽象の輪郭を細くはっきりと見据えたい。それはデザインという抽象の輪郭でもある。  自分なりに理解するとアフォーダンスとは、環境が人に提供する価値のことで、その価値は無限であり、人がその価値を途切れずに見いだし続けることを「行為」と定義するのではないかということだ。例えばテーブルに手をついて「よいしょ」と立ち上がるときのその手をつく位置がその状況において見いだされた、あるいはテーブルのその厳密な位置が提供した価値であるということである。その状況が一般的であればあるほどその価値、つまり手をつく位置は似てくるということで、それを別の言い方で「ふつう」ともいうのではないかと思う。会話の中で「そんなときはふつうここに手をつくんじゃない??」とか、「ふつうはそんなところに手をつかないよ」とかいうときの「ふつう」は、  似たような状況や環境下で人がピックアップする価値を表しているのではないかと思う。その状況や環境下で人とものの機能が相互にぴったりとはまって完結したことを「ふつう」というのだ。もちろん、テープルや環境が同じでも、 テーブルの向こうにいる人と口論している状況だと立ち上がるときに手をつく位置が少し異なってくる。恋人が隣にいるときにも異なってくる。つまりものや環境が提供する価値はその状況によっても異なるということで、同じ状況下では同じような価値をピックアップするということである。だから手がつかれた位置やそれによる行為によって、その人の心理が露出するということが理解でき、アフォーダンスは身体的な機能だけでなく行為とセットされた心情を見せる要素になる。  政治にも地方自治にもデザインが必要だ。すべての人が感じ入ることのできる未来のビジョンを具体的に提示できなければ、みんなが間違えた決断をしてしまう。人は「感じていること」と「考えること」とが必ずしも同じではない。 「感じること」は人間の本能だから生態的に言えば皆同じである。しかし考えて出そうとする意見や答えはみんなが感じ取っている素直な感触とは異なる場合があるし、ひとつにはまとまらない。考えや話し合いだけでは誤った決断をしてしまうことがある。被災地の人々はその場の経験から共通に感じ取っているものがある。それはその地の感触であり、その修正を繰り返して抽出されてきたエッセンスである。デザインとは人が共通に感じている真実を明示して同調の基礎を築くことである。考えや意見や話し合いは矛盾し、ぶつかり合い、まとまらない。何が豊かだったかを、そして何が豊かなのかを問い直すのに、今は大切な時かもしれない。  もしかするとこの「ふつう」という概念は、我々デザイナーが暗黙のうちに目指しているキーワードなのかもしれません。「あるべき姿」であり、ユングの言う「集合的無意識」や「元型」にあたるもの、あるいは、平野啓一郎が私のデザインを指して言った「近接的無関心」なるものかもしれません。「近接的無関心」はそこに存在しているだけでいいもののこと。独りになると寂しいけど、うるさく構われたくない、でも側にはいてほしいという欲求を満たしていることと理解しています。これこそ「ふつう」の概念ではないかと思うのです。  人は「違和感」に気づきやすいですが、「調和」とは何をして感じられているのかはわかりにくいものです。人間には「いい」と感じる感覚器が備わっていると信じますが、「なぜいいか」とはあまり考えないのです。ただ感じるだけ。私は「ふつう」とは何かを絶え間なく考えているのです。  ふつうということがいかに素晴らしいかということを、人は暗黙のうちにわかっていると思います。

Posted by ブクログ

2025/12/13

深澤直人さんの語る「ふつう」について。「ふつう」って定義するのが難しいところだが、あらゆるジャンルのものに「ふつう」を見出していて、それがとても心地良い。 「少しだけ、ゆっくり」の章がすごく好きだった。というのも、深澤さんと同じく、最近、朝仕事に行く前に、豆をゴリゴリ挽いてコーヒ...

深澤直人さんの語る「ふつう」について。「ふつう」って定義するのが難しいところだが、あらゆるジャンルのものに「ふつう」を見出していて、それがとても心地良い。 「少しだけ、ゆっくり」の章がすごく好きだった。というのも、深澤さんと同じく、最近、朝仕事に行く前に、豆をゴリゴリ挽いてコーヒーを淹れ、母と食後に飲むことを日課にしているから。「朝からそんな暇ないわ。よくできるね」と言われるのだが、その10分間が今の私の生活には欠かせないものとなっている。その10分間があるからこそ、仕事に向かえるし、忙しい毎日の中で、ふと立ち止まって母と日常を味わう大事な時間となっている。「焦る気持ちをスローにする時間を、日々の中に見つけるといいと思う。ちょっといい景色を見たらほんの少し立ち止まる。美しいものを見たら、少しの間目をつぶってそれを咀嚼する。」なんて豊かな時間だろう。そんな「ふつう」をひっそりと大事にしていきたいなぁ。

Posted by ブクログ