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教育は何を評価してきたのか 岩波新書1829
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2020/03/21 |
| JAN | 9784004318293 |
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教育は何を評価してきたのか
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商品レビュー
3.9
35件のお客様レビュー
世界的に高いスキルを持つにも関わらず、世界の中でも賃金が低い日本。このようなねじれや現代的な課題が生まれる要因に、日本独自の垂直的序列化と水平的画一化にあるとし、それを生み出しているのが能力、態度、資質といった言葉であることをデータと文献を基にあぶりだして見せてくれる。それを助...
世界的に高いスキルを持つにも関わらず、世界の中でも賃金が低い日本。このようなねじれや現代的な課題が生まれる要因に、日本独自の垂直的序列化と水平的画一化にあるとし、それを生み出しているのが能力、態度、資質といった言葉であることをデータと文献を基にあぶりだして見せてくれる。それを助長してきたのが教育であったというのは悲しい現実である。 言葉の定義に戸惑わなければ論の進め方は明快。迷った場合は最終章を読めばよく、非常に丁寧。 考えてみれば、学校は教育機関であるが教育の目的に沿った国民を育成する画一化のための機関でもある。学校の内、外では常に何かの競争があり、それが結果として個人や学校の序列化を生んでいる面は否めない。このような現状の学校のシステムでは不登校が増え続けるのは仕方ないように思えた。
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本書は、出口治明さんの著書で触れられていたこともあり、興味をそそられたので手に取ってみました。 著者は、日本の教育の原理的な特性を、「垂直的序列化」と「水平的画一化」という2つのキーワードで表現しています。 「垂直的序列化」とは、相対的で一元的な「能力」に基づく選抜や格付けを意...
本書は、出口治明さんの著書で触れられていたこともあり、興味をそそられたので手に取ってみました。 著者は、日本の教育の原理的な特性を、「垂直的序列化」と「水平的画一化」という2つのキーワードで表現しています。 「垂直的序列化」とは、相対的で一元的な「能力」に基づく選抜や格付けを意味し、「水平的画一化」とは、特定のふるまい方や考え方を全体的に要請する圧力で、「態度」と「資質」がそれと不可分の言葉だと指摘します。 特に「能力」について、明治以降の書籍の丹念な調査により、その意味の変遷をたどっていく過程はとても興味深いものでした。 かつては、単に様々な力を表現するだけの言葉であった「能力」が、徐々に優劣を決める測定可能なものに変化し、特に1960年代以降、学生の増加により普通科の高校が急増することもあって、「学力」(偏差値)による垂直的序列化が進んでいきました。 しかし80年代以降は、学力偏重の反省もあり、「生きる力」や「人間力」といったものが「能力」を構成する要素として重要性を増してきたということです。 この現象について、著者は、「学力」による垂直的序列化に対処しようとした政策が、皮肉にも「人間力」というもう一本の垂直的序列化の物差しを立ち上げたと指摘する一方、今世紀に入り法律や学習指導要領による「水平的画一化」の圧力も再浮上したとして、選抜と同調圧力が教室に充満する今、「水平的多様性」というベクトルを教育に張り巡らしていくことが必要だと主張します。 著者曰く、「水平的多様性」とは、一元的な上下(垂直的序列化)とも均質性(水平的画一化)とも異なり、互いに質的に異なる様々な存在が、顕著な優劣なく併存している状態のことで、異質であることの価値を認め、排除を可能な限り抑制することにある、と定義しており、そのために必要な施策について、高校に焦点を当てた提言を行っています。 この点についても、日本の教育制度の際立った特徴として、高校における普通科の比率の高さと専門学科の比率の少なさ(かつ序列内での低い位置づけ)を著者はその論拠として挙げており、高卒者の比率は過去から大幅に減少しているにも関わらず、(普通科が多いことで)高校には垂直的序列化が凝縮して生じていると論じています。 本書における著者の主張については、表現的なものも含め全面的に首肯するものではありませんが、教育のあり方を考える上で大いに示唆に富む一冊でした。 著者が解説を寄せる「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(マイケル・サンデル)も読んでみたいと思います。
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日本の教育制度を振り返る本として、素晴らしい一冊であったと思う。 本田さんが「あとがき」で指摘しているように、確かにデータなどが多く、一冊の一般書としては読みづらい部分もあったが、その分、説得力を持って、現在の日本の教育制度を包括的に提示していると思った。 個人的な関心に寄せて...
日本の教育制度を振り返る本として、素晴らしい一冊であったと思う。 本田さんが「あとがき」で指摘しているように、確かにデータなどが多く、一冊の一般書としては読みづらい部分もあったが、その分、説得力を持って、現在の日本の教育制度を包括的に提示していると思った。 個人的な関心に寄せて、概要を振り返ってみたい。 現代の日本の教育制度は、以下の三つの中心的な要素によって説明可能だ。 「垂直的序列化」「水平的画一性」「水平的多様性」がそれであり、最初の二つが重視され、最後の「水平的多様性」が過小に取り込まれているのが現在の実態である。本田さんは、「垂直的序列化」×「水平的画一性」にとらわれる現代の教育制度を批判し、「水平的多様性」へとシフトしていくことを展望する。この点も、現状の批判にとどまらず、代替される仕組みをしっかり提案しているところに好感が持てた。 まず「垂直的序列化」については、「日本型メリトクラシー」と「ハイパー・メリトクラシー」によって決定される。前者は従来から日本にあった「お勉強ができるかどうか」という「学力」の物差しによって測る能力主義であり、後者は「学力」以外の「人間力」「生きる力」を測る物差しを持った能力主義である。これまで「学力」という一本のみ出会った物差しは、「生涯学習」(生涯学び続けることの重要性が高まり、教育においても主体性、自己教育力の技能を身につける必要がある)や90年代の若者不安(オウム事件などの若者の「心の闇」の指摘)、雇用問題によって見直しを要請され、「学力」以外の要素を重視する「新学力観」(学びへの主体性を身につけさせるために、「指導」ではなく「支援」を重んじる)や「生きる力」といった要素が、新たな「垂直的序列化」の軸として追加された。(この新軸は、「関心・意欲・態度」などの曖昧な基準の導入をもたらした。)そして、この詰め込み的な「日本型メリトクラシー」の処方箋として本来打ち立てられた「新学力観」によって始められたプロジェクトが「ゆとり教育」なのだった。 そして、「垂直的序列化」とは別次元的に、「水平的画一性」という圧力が日本の教育を支配している。これは「態度」や「資質」といった言葉によって象徴される。要は、この時代に生き抜くための「社会的性格」を育てるため、画一的な要素を全員に要求したものが、「水平的画一性」であり、例えば道徳教育の導入などはこれの具体例だ。また、この形成される「社会的性格」の問題点として指摘されるのが、「新自由主義」的なサバイバルに挑戦する性格にすること、日本に対する愛国的なナショナリズムを持たせた性格にすること、という方針が見て取れることだ。この「ハイパー教化」が「垂直的序列化」とは異なる大きな要素としての、「水平的画一性」をもたらしている。 「垂直的序列化」では、「学力」や「生きる力」など、絶対的な物差しを提示することで、例え教育水準が高まったとしても、確実に敗者が生まれる。また、「水平的画一化」においても、マジョリティの意見が規範となり、その規範に従わないものは排外される。 そこで重要となってくるのが、第三の軸「水平的多様化」である。「垂直的序列化」×「水平的画一化」の教育制度がもたらす、若者の無力感を解消するためにも、社会主義的な教育の寛容さが必要とされる。教育の実態は、日本という「国」の決めた制度がかなりの部分を方向づける。だからこそ、その全てを打開させるには、「国」による方策が不可欠なのだ。
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