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失われた時を求めて(14) 見出された時 Ⅱ 岩波文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2019/11/16 |
| JAN | 9784003751237 |
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失われた時を求めて(14)
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失われた時を求めて(14)
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商品レビュー
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pp.302-303 「だから、もし私に自分の作品を完成させるために充分な時間を割くだけの力がなおも残されているのであれば、かならずや私は、その作品の人間を描くさい、たとえそれが人間を怪物に似せる結果になろうとも、なによりもまず人間を、空間のなかで人間に割り当てられたじつに狭い場...
pp.302-303 「だから、もし私に自分の作品を完成させるために充分な時間を割くだけの力がなおも残されているのであれば、かならずや私は、その作品の人間を描くさい、たとえそれが人間を怪物に似せる結果になろうとも、なによりもまず人間を、空間のなかで人間に割り当てられたじつに狭い場所に比べれば、逆にきわめて広大な場所を時間のなかに占める存在として描くだろう。人間は、まるで歳月のなかに投げ込まれた巨人のように、さまざまな時期に同時に触れているのだから、そして人間が生きてきたさまざまなな時期はたがいにら遠く離れており、そのあいだは多くの日々が配置されているのだから、人間の占める場所はかぎりなく伸び広がっているのだーー果てしない「時」のなかに。」 完
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読了。 読み始めたら14巻を読み通すまで、止まらない。 個性的な人々(言及される個性は「たとえそれが人間を怪物に似せる結果になろうとも」というくだりもある)に囲まれて生活し、大叔母から相続した遺産の浪費を続ける中、自分が年老いたことに突然気づくプチ・ブルジョアの話。 大金持ち...
読了。 読み始めたら14巻を読み通すまで、止まらない。 個性的な人々(言及される個性は「たとえそれが人間を怪物に似せる結果になろうとも」というくだりもある)に囲まれて生活し、大叔母から相続した遺産の浪費を続ける中、自分が年老いたことに突然気づくプチ・ブルジョアの話。 大金持ちになるためのソリューションは、遺産相続。アメリカン・ドリームは入り込む余地なし。 自分が学校や仕事等々で指導されてきた「1文は短く切って、簡潔に書く」とは正反対に、複数の情報が詰め込まれた200字を超える長文が続くが、作者と訳者の力量が極めて高いためか、するすると読めて違和感がない(「自分が…ない」の1文で100字だけど、とても違和感があるw)。 日本人なら「行間を読む」ことを求める意味合いや文脈となるような箇所でも、推敲を重ねて書き加え、「『行間を読む』ような言外の意味なんかないんじゃないか」と思わせる。が、王族・貴族、文学、絵画、クラシック音楽などの非常に充実した解説を読むと、言及している絵画などには一度読んだだけでは読み取れない含意があるような感じ。解説には図版まで付いていて、「あー、この絵か」と分かると、絵画の実物を見たくなる。 文脈から飛躍する比喩(主人公の体調が悪いことを書き綴る中、「まるで重度の船酔いに見舞われた人たちが、船でカスピ海を横断する途中、たとえ海に投げ込むぞと言われても、抵抗の気配さえ見せないようなものである」など)は、自然に組み込まれていて、何気なく読んでしまうが、よく考えてみると「まるで重度の船酔い…」のような比喩が、本当は洒落や地口のように思えてきて、全14巻のところどころに洒落や地口が組み込まれた壮大なお笑い本とも思えてくる。 読書中に自分の集中力が途切れ、自分の目が文字の上を滑るのに気が付いて、しっかり読んだ記憶がある箇所まで戻ろうとしても、1文が長いうえに1つの段落が長すぎて、どの箇所までしっかり読んだのか分からなくなり、適当な箇所から読み始めることになる。気にはなるがそのまま読み進めて、自分の目が文字の上を滑るのに気が付いても、全14巻の作品であることが既に分かっているので、「あー、読み飛ばしているけど、仕方ないな。まあいいか」などと妥協を続けながら読み進める。 いつか再読するのではないかという気はするが、自分のペースでは全14巻通読に5ヵ月かかったので、まずは読書に時間を投資できる5ヵ月を探す必要がある。 活字沼を潜航中。ぐははw
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立教大学のイベント『新訳でプルーストを読破する』を機に、井上究一郎訳の第5巻から横滑りして読みはじめた本書だが、何とか読み終えることができてほっとしている。 これでやっと種々のプルースト関連本を手に取ることが出来るようになったし、最近気になっているプルーストとヌーヴォー・ロマンと...
立教大学のイベント『新訳でプルーストを読破する』を機に、井上究一郎訳の第5巻から横滑りして読みはじめた本書だが、何とか読み終えることができてほっとしている。 これでやっと種々のプルースト関連本を手に取ることが出来るようになったし、最近気になっているプルーストとヌーヴォー・ロマンとの関係性についても、追いかける足掛かりができた。 立教大学のイベントが終わってはじめて読書のスイッチが入ったところなど、夏休みが終わってはじめて宿題に取り組んでいた小学校の頃のようだ。 まったく愚図は死んでも治らない! 「私」は、時が人々の上に老いを刻印していくのを観察する。 時は残酷だ。下手くそな絵描きのように時間をかけて、匂うがごとき乙女を白髪の老婆に変えてしまう。 あのオデットさえも、その悪意ある絵筆から逃れられない。 『聞こえてくるのはこんな発言ばかりだった、「フォルシュヴィル夫人に私がだれだかわかるのか怪しいものだ。あらためて紹介してもらわなくてはならないかもしれん。」『なあに、そんなこと、する必要もない」と相手は大声で答え、それがジルベルトの母親に筒抜けであることなど、考えもしない(考えもしないか、聞こえようとお構いなしなのだ。)「それは無用。紹介してもらってもちっとも楽しくないですから!あれは隅に置いておけばいいんです、少々ぼけてますからね。」(第七編 「見出された時」Ⅱ) かつては日傘のかげで、眩しいほどに輝いていた藤色のオーブも、時の悪意の前では手も足も出ない。 これもまた、「見出された時」だ。 もし、スワンが生きていたなら、今のオデットの姿を見て何を思っただろうか? 人は、見たいものしか見ず、聞きたいことしか聞かない。 常に自分自身の幻想の中で生きている。 だとすれば、目の前の老いさらばえたオデットの中に、彼女が「花咲く乙女たち」の一人だった頃の幻影を見出すことも、スワンになら出来たのではないだろうか?
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