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情動はこうしてつくられる 脳の隠れた働きと構成主義的情動理論
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 紀伊國屋書店 |
| 発売年月日 | 2019/11/01 |
| JAN | 9784314011693 |
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情動はこうしてつくられる
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商品レビュー
4.7
13件のお客様レビュー
プラトン、デカルト、カントらの西欧の偉大な哲学者が難解な言葉を用いて導いた認識論の議論を脳科学の観点から決着させたのが本書か。まさに私が日々生きている中で感じる「心」と違和感がない説明を読んだ、というのが読後の感想だ。われわれの脳は、体を最適な状態に置くために、目や耳などから入っ...
プラトン、デカルト、カントらの西欧の偉大な哲学者が難解な言葉を用いて導いた認識論の議論を脳科学の観点から決着させたのが本書か。まさに私が日々生きている中で感じる「心」と違和感がない説明を読んだ、というのが読後の感想だ。われわれの脳は、体を最適な状態に置くために、目や耳などから入ってくる無数の情報を瞬時に処理して、やれあのホルモンを出せとか腕の筋肉を収縮しろとか体の適所に命令を出している。それを行き当たりばったりやっていたのでは間に合わないので、脳は記憶を基にして現在の状況を予想し、世界像を作り上げ、外部の情報を取り入れながら、その世界像を修正している。われわれは状況を予想するために作り上げた世界の中に生きている。その世界が情動だ。「心」をそうやって説明している。その説明に、どこにも違和感がない、と思ったということだ。
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私は組織や消費者の心理に興味があるので、心理学や脳科学の一般書をパラパラ読んでみている。その中で今のところ一番びっくりしたのがこの本だ。天動説対地動説を知る、みたいな感じ。 大概の本に書いてあることは、扁桃体のような部位の話であったり、反射に近いようなものとしての情動といった話...
私は組織や消費者の心理に興味があるので、心理学や脳科学の一般書をパラパラ読んでみている。その中で今のところ一番びっくりしたのがこの本だ。天動説対地動説を知る、みたいな感じ。 大概の本に書いてあることは、扁桃体のような部位の話であったり、反射に近いようなものとしての情動といった話だったりする。しかし、この本は逆を行く。かかわっているのは部位というより全体の沢山の予測。予測が行われているのは身体予算の管理のため。沢山の中から、現実でおきていることと、過去の経験とてらして合いそうな解釈が生み出されてきたりする。 書いてある言葉も難しいので、素人の私に理解できていると到底思えないが、こういった類のことを言っている。 専門的な語彙や抽象度の高い語彙もあってなかなか骨太だけれど、印象に残るパートやワードも多かった。
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「The Mild is Flat(心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学)」と同系統の議論で、今の時流はこの方向性なのだろう。情動はその場限りで脳が構築する生成物であり、そのベースとなるのが概念(コンセプト)である。これを筆者は構成主義的情動理論と呼ぶ。怒り、悲しみ、嫌悪...
「The Mild is Flat(心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学)」と同系統の議論で、今の時流はこの方向性なのだろう。情動はその場限りで脳が構築する生成物であり、そのベースとなるのが概念(コンセプト)である。これを筆者は構成主義的情動理論と呼ぶ。怒り、悲しみ、嫌悪などのあらゆる情動は、無限のバリエーションを以て生成されるため、共通する指標がない。生成するための起源である概念は、特定の社会的文脈のもとで育つことで組み込まれていくという。「The Mild is Flat」ではこの概念にあたるものが書かれていなかったので、その点は興味深い。 とはいえ概念がマジックワードのように用いられているのでは、という思いは拭えなかった。あまりにも便利に用いられているので、要するにそれが何かがわからない。作中で、従来の情動理論をエーテルを信じ続けた科学者になぞらえて皮肉っているが、よほど概念という用語のほうがエーテルのように何を指しているのかがわからなかった。 この概念がどこに存在するのか、という問いそのものが筆者が繰り返し批判する「本質主義」なのかもしれないが、どうやってその概念を測定し検証していくのかが見えてこない。 たしかに筆者の言う通り、情動だけに特化した特定の脳領域はありえないし、すべてが先天的にプログラミングされたものでもない。文化によって大きく影響されるし、社会的現実と不可分に結びついているだろう。それには同意するが、アメリカの化学系ノンフィクションにありがちなのだが、とにかくやたらに「古典的情動理論」を藁人形のように批判し、自分の理論がいかに画期的で素晴らしいかを自画自賛するレトリックには少々ついていけないところがある。
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