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白い衝動 講談社文庫
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白い衝動 講談社文庫

呉勝浩(著者)

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白い衝動 講談社文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2019/08/09
JAN 9784065170601

白い衝動

¥550

商品レビュー

3.8

38件のお客様レビュー

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2026/01/31

主人公は小中高一貫の天錠学園で スクールカウンセラーをしている奥貫千早。 新年度が始まってすぐに飼育小屋で飼われている仔山羊の足の腱が鋭利な刃物で切られるという事件が起こった。 そんなある日、高等部一年の野津秋成が相談室を訪れる。 彼は「山羊は、ぼくがやりました」「ぼくは、人を...

主人公は小中高一貫の天錠学園で スクールカウンセラーをしている奥貫千早。 新年度が始まってすぐに飼育小屋で飼われている仔山羊の足の腱が鋭利な刃物で切られるという事件が起こった。 そんなある日、高等部一年の野津秋成が相談室を訪れる。 彼は「山羊は、ぼくがやりました」「ぼくは、人を殺してみたい」「できるなら、殺すべき人間を殺したい」 そう千早に打ち明けた──。 一方、かつて残虐な連続監禁暴行事件を起こし 十五年間服役していた入壱 要が同じ市内で暮らしているという噂が広まる。そして その事実に近隣住民の間に不穏な空気が高まっていく──。 異端の者を受け入れる社会の在り方を模索する千早だったが………。 読んでいて 自分はどうしようもなく感情で生きているなぁと気づかされる。 入壱には最後まで“嫌悪感”しかもてなかった。 一方で千早とその師である心理学者の寺兼の会話はとても興味深かった。 寺兼が見抜いた入壱の衝動の本質。 入壱は自分の衝動にふさわしい方法を誤ったということ。 そして我々と彼の差は、実はその程度だということ……。 この物語の冒頭は “A” の話からはじまる。私は途中までこの “A” は野津秋成のことだと思っていた。でもそれは間違いだった。 終盤からラストで “A” が誰だかがわかる。 そんな構成もよかった。 心理学がらみの難しいテーマだけれどミステリーとしてもとても面白かった。

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2025/11/26

『爆弾』で著者を知り、気になっていたので読んでみました。 私にとって、文句なしの星5作品でした。 常日頃、それとなく考えているテーマがここまで言語化され、さらにはミステリーという物語に落とし込まれていることに感動します。 他作品もどんどん読むぞ!

Posted by ブクログ

2025/11/25

自分の家の隣に住む人が凶悪な殺人鬼だったら私たちは何を思いどうするのだろうか。 その殺人鬼はすでに服役し刑期を終えている。そいつを私たちは受け入れるべきか拒絶するべきか。 主人公の千早は前者の立場をとる。心理カウンセラーである彼女は、過去に凶悪な事件を犯した殺人鬼・入壱要を「受け...

自分の家の隣に住む人が凶悪な殺人鬼だったら私たちは何を思いどうするのだろうか。 その殺人鬼はすでに服役し刑期を終えている。そいつを私たちは受け入れるべきか拒絶するべきか。 主人公の千早は前者の立場をとる。心理カウンセラーである彼女は、過去に凶悪な事件を犯した殺人鬼・入壱要を「受け入れるべきだ」と考える。すでに刑に服したのだから自分らと同じく対等に扱うべきだと。 要は何らの精神疾患を患っているわけではない。責任能力がある「健常者」である。しかし彼の中には常人には理解し難い欲求がある。つまり、「健常者」の中の「異常者」なのだ。 健常と異常を分つものが何であるかはわからない。その線引きは大変にグレーだ。だから私たちは精神疾患などわかりやすい性質に飛びつき、相手を見定める。 病気であれば仕方がないというある種の諦観が生まれ、そうして受け入れる準備もできよう。その反面、「健常者」であれば容赦なく爪弾きにされる。 相手を痛めつけたい、殺したい。そうした欲求は「悪」であるのか。「異常」であるのか。 要を恐れる地域住民は、彼を街から追い出そうとする。彼が精神疾患ではないと知ると喜ぶ。彼を保護する正当性はないのだと安堵する。 千早は恐れる。その考えは家族や友人、恋人、そして自分に向けられる可能性があることを。「普通」から逸脱した考えを「異常」とみなし社会から追い出すのであれば、刑期を終えた人間はどこへ行けば良いのかと。 マジョリティの考えはわからないでもない。自分の隣に殺人鬼がいれば恐怖し排斥するのが当然だ。罪を償ったとはいえ人の内面まではわからない。 これが対話の限界だ。千早の前に立ちはだかる決して超えられられない壁だ。 千早が抱く恐怖の矛先は野津秋成へと向かう。彼も抑え難い欲求を持っている。殺人欲という人には理解されない欲が。 でもまだ人を殺していない。以上とも呼べる欲求を除けば普通の学生だ。私たちはこの学生を怖いと拒絶するべきか。 千早は対話を通じて相手を受け入れようとする。だが、相手を「受容」するとは一体何を指すのか。それが相手の気持ちを理解することであれば、要や秋成を受け容れることは矛盾する。彼らが抱く気持ちがゆえに── 他者を理解することは実は難しい営みなのではないか。だから人は言葉を使い意思疎通を図ろうとするのではないか。傾聴し相手を受け入れ共に生活していくのではないか。他者理解という仮初の社会を維持しながら。 他者受容。それは思った以上に実現し難いことなのかもしれない。 砂上の楼閣のような社会を取り繕いながら、私たちは今日も生きて行かねばならない。

Posted by ブクログ