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「農業を株式会社化する」という無理 これからの農業論
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「農業を株式会社化する」という無理 これからの農業論

内田樹(著者), 藤山浩(著者), 宇根豊(著者), 平川克美(著者)

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「農業を株式会社化する」という無理 これからの農業論

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 家の光協会
発売年月日 2018/06/28
JAN 9784259547646

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商品レビュー

4.1

11件のお客様レビュー

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2026/02/18
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※このレビューにはネタバレを含みます

■内田樹 「農業を株式会社化する」という無理 株式会社の平均寿命は5年だと言われています。 営利企業というのは「そういうもの」です。来年倒産しても誰も驚かないでしょう。ギャンブル性の高い投機なのです。 平均寿命5年の株式会社にとっては当期の利益が最優先です。しかも、有限責任体です。どれほどみじめな失敗をしでかして倒産してもそれで、「おしまい」なんです。経営者や従業員がいつまでも責任を負うことはありません。 国家が、社会集団について最優先で配慮すべきことは存続することです。経済成長でも、軍事力の強化でも、創造性でもありません。 「失敗」すれば何十も何百年も渡って責任を追求され続けます。 しかし今、国家は資本主義経済という市場に、舵を委ねています。 企業経営の基本戦略は、「コストの外部化」です。いかに人件費を削るかが、重要な課題になります。 資本主義は株式会社そのものの寿命には興味を示しませんが、それとは裏腹に経済成長を永遠に続くことを前提にしています。しかしそれは夢物語です。 農業などの職業は農家の人が自己利益を最大化するために、自己責任で行っている事業ではありません。 経営者と従業員という一時的な契約に基づくのではなく、誰も命令されてその仕事をはじめていません。 僕の理解では人間が社会集団を起こすとき、最初に行うことは死者の弔いです。そして怪我人や病人の治療、司法、教育があります。 ■藤山 浩 年に1%ずつで田園回帰はできる        各地の会場にある机と椅子は、集落の集会所にいたるまで、ほとんど同じ事務用品メーカーのものです。そしてその事務用品メーカーは、海外の資源を安く仕入れて大量生産という世界でやっている会社です。 この目覚ましい経済成長『規模の経済』を支えてきた設計論理は、「大規模」、「集中」、「専門化」、「遠隔化」です。そして今必要とされている『循環の経済』は「小規模」、「分散」、「複合化」、「近隣循環」です。 今のような状況が成り立っているのは、補助金、交付金、年金といった輸血のようなものが外から入っていて、それが財源になっているにすぎません。どれだけ外から稼いでも、地域内で使われずに外に出ていってしまうのであれば、所得は増えていきません。所得は増えないままに人口が地域外に流出する結果になってしまっては本末転倒なのです。 私は原材料も含めていままで100買っていたものを、来年から99にして、1は作るようにすると、だいぶ変わっていくと思います。 ■平川克美 贈与のモラルは再び根付くか TPP協定に盛り込まれているISD(投資家対国家の紛争解決)条項は、企業が不利益を被った場合に国を訴えることができるというもので、企業の利益が優先された条項です。 グローバリズムは超国家主義の思想で、焦点は一つしかありません。「文明」はあっても「文化」というものは生まれようがないと言えます。 そもそも遠隔貿易や、産業革命というイノベーションによって社会が一気に右肩上がりに大きく変動してゆく歴史がイギリスやオランダで生まれた為に、大量生産システムを可能にする株式会社という形態を必要としたのです。 定常化しようとする社会をもう一回、経済成長の路線に戻そうとする方法として出てきたのが、「グローバリズム」であり、「戦時経済」の待望です。戦争をするということが、経済の定常化問題というものを片付ける、いちばん手っ取り早い方法だからです。 ビジネス形態というのは、その国の家族形態が基になります。もし第二次世界大戦でドイツや日本が勝っていれば、世界は権威的な家族形態をスタンダードにしていたかもしれません。しかし政治的・経済的な覇権を持ったのは英米ですから、英米型の世界観がグローバル規模で広がります。いまだにフロンティアは存在していて、民主化というのは、英米化であり、社会の無縁化であり、消費化なのです。

Posted by ブクログ

2021/11/17

私の理解が追いつかないのかも知れないが、農業と株式会社を、飽くなき利益を追求する組織としての株式会社を前提として書かれているように感じた。それは株式会社が大きな組織である事が想定されているのか、資本が外部から入ることで、利益を追求せざるを得ないという前提で書かれているように思える...

私の理解が追いつかないのかも知れないが、農業と株式会社を、飽くなき利益を追求する組織としての株式会社を前提として書かれているように感じた。それは株式会社が大きな組織である事が想定されているのか、資本が外部から入ることで、利益を追求せざるを得ないという前提で書かれているように思える。 実際には日本の各地で生産者が出資して運営している株式会社が多数ある。それらは利益の追求ではなく、作業と利益を分担するための組織である。当然ながら地元のことを考え、継続的に経営できることを考えているため、無理な耕作や、収穫を選択をする事は無い。 その部分をさっ引いて読むと、歴史的な情報は知らないことを知ることも出来、読みやすくありがたい内容であった。

Posted by ブクログ

2021/08/06

農水省は「強い農業」を作ると言って、補助金をばらまいている。「強い農業」とはオカミの力で作られていくものではない。強い農業とは「大規模化、効率化、生産性の向上、機械化、経費節減」を推し進めることだ。それは大量生産と大量消費の時代のままであり、時代遅れの政策だ。国際分業論からみて、...

農水省は「強い農業」を作ると言って、補助金をばらまいている。「強い農業」とはオカミの力で作られていくものではない。強い農業とは「大規模化、効率化、生産性の向上、機械化、経費節減」を推し進めることだ。それは大量生産と大量消費の時代のままであり、時代遅れの政策だ。国際分業論からみて、日本の農業は高コストだから海外から仕入れればいいと言う動きもあった。日本はカロリー自給率が先進国で一番低いことで知られる。コロナ禍で大きく変容し、また中国などの所得の向上によって日本のバイイングパワーが減少している。日本は少子高齢化、人口減少、そして低所得化に向かっていて、発展衰退国である。少なくとも衰退ではなく成熟した日本になってほしいと言う思いはある。 本書は「農業の価値」を立ち止まって考える時期に来ているのではないか?と提起する。 養老孟司があれこれ言うのは、好きではない。ただ、内田樹と平川克美は、耳を貸してもいい存在なので読んでみた。題名も「農業を株式会社化すると言う無理」と言う挑発的なのがいい。大胆に、開き直る。「弱い農業」って、なんで悪いの?  内田樹がいう「農業にも生産性をよく耳にしますが生産性が低いことが農業の手柄だと思うんです」 「GDPが10倍になったからといって、農業は10倍にならない。人間の胃袋の容量と農産物は腐ると食えないと言う消費期限の限界がある。農業の存在的理由は、人間を飢えから守ることです」「世界で米を食べる集団があり、小麦を食べる集団があり、豆を食べる集団があり、芋を食べる手段がある。そういう散らばり方が、人類が生き延びる」「多様な食文化を確保していくことが飢餓を回避するための人類学的工夫」「様々なものを食べる工夫をして食べるようにする。そのような工夫が飢えないための工夫である」というのが、この本の要点といえよう。 つまり、農業は手間がかかり、そのために人手がかかり、ヒトの雇用が進む。 まして、地方は農業が主たる産業であり、農業が地方を守る。そして、地方の景観を育んでいる。 ドイツのオーガニック農業の発展は、有機だから買うのではなく、その田舎の風景を維持するために買うのだと言う。確かに、田舎に行って、放棄された田んぼと田んぼの上にソーラーシステムがあると、非常に違和感がある。その田舎の良さの景観を守ることができていない。農業の本質的価値が、毀損しているから起こっているのだろう。 自然農法の福岡正信、奇跡のリンゴの木村秋則の主張は、東洋思想にもとずいている。自然と人間は一体なのだ。natureという言葉が、自然と翻訳された。その自然の前の言葉は「天地」だったというのが、何と無くわかった気になった。西洋では、自然は神が作ったもので、同じように人間も神が作った。一体というわけではないのだ。 仏教の教えである「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)」とは、あらゆるものに神が宿っているという考えだ。それが八百万の神として受け継がれていく。それを、長い歴史で守って来たのが農業だった。村の祭りや行事を維持するのは、農業があって成り立つ。効率性を求めるときには、祭は無駄にしかならない。確かに、自然が贈与してくれるものを、いただいているし、農作物は作れない。単に、農作物の持つ力を発揮するように補助しているだけなのが、農業だと思う。 農業を強くするという視点で、農業を考えると失敗することは確かだ。企業が農業に参入して失敗している理由は、企業の論理を持ち込むからだと言える。内田樹と平川克美の論考はつながっている。 では、弱い農業として考えたときに、田舎の中での農業のあり方が、最も問われていくことになるだろう。その地域の伝統的な食の文化につながる農業の構築が必要だと思う。 宇根豊の農本主義の考察も、面白い。「持続可能な地域社会総合研究所」の藤山浩の農業だけでない「田舎のプロ」「田舎の拠点」という指摘も面白い。農業をおもしろくする視座が与えられる。

Posted by ブクログ