- 中古
- 店舗受取可
- 書籍
- 新書
- 1226-30-01
インド哲学10講 岩波新書1709
定価 ¥1,100
715円 定価より385円(35%)おトク
獲得ポイント6P
在庫あり
発送時期 1~5日以内に発送
店舗受取サービス対応商品【送料無料】
店舗受取なら1点でも送料無料!
店着予定:1/7(水)~1/12(月)
店舗到着予定:1/7(水)~1/12(月)
店舗受取目安:1/7(水)~1/12(月)
店舗到着予定
1/7(水)~1/12
店舗受取サービス対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
店舗到着予定
1/7(水)~1/12(月)
商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2018/03/21 |
| JAN | 9784004317098 |

店舗受取サービス
対応商品
店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる
店舗到着予定
1/7(水)~1/12(月)
- 書籍
- 新書
インド哲学10講
商品が入荷した店舗:0店
店頭で購入可能な商品の入荷情報となります
ご来店の際には売り切れの場合もございます
オンラインストア上の価格と店頭価格は異なります
お電話やお問い合わせフォームでの在庫確認、お客様宅への発送やお取り置き・お取り寄せは行っておりません
インド哲学10講
¥715
在庫あり
商品レビュー
4.2
8件のお客様レビュー
インド哲学の多様な潮流と「存在」への問い 本書は、インド哲学・思想の歴史を概観し、特に**「存在とはなにか」**という問いに焦点を当てています。古代インドには、ヴェーダの伝統を保持する正統バラモン教哲学(六派:ミーマーンサー派、ヴェーダーンタ派、サーンキヤ派、ヨーガ派、ニヤーヤ派...
インド哲学の多様な潮流と「存在」への問い 本書は、インド哲学・思想の歴史を概観し、特に**「存在とはなにか」**という問いに焦点を当てています。古代インドには、ヴェーダの伝統を保持する正統バラモン教哲学(六派:ミーマーンサー派、ヴェーダーンタ派、サーンキヤ派、ヨーガ派、ニヤーヤ派、ヴァイシェーシカ派)と、そこから派生した反正統的な思想(仏教、ジャイナ教、唯物論(ローカーヤタ派))が存在しました。また、ヒンドゥー教内のシヴァ教やヴィシュヌ教の哲学も重要な潮流です。本書は、この多様な思想を、ある事柄を様々な観点から見直すという方法論で展開していきます。 ウパニシャッド哲学における根源原理の探求 『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』におけるウッダーラカの教示は、宇宙の根源を探る初期の哲学的探求を示しています。ウッダーラカは、原初の**「あるもの」(サット)が「唯一者」であり、そこから熱、水、食物の三要素が生じ、さらに自己(アートマン)を伴って現象界の多様なものを生み出したと説きます。この教えは、「非存在からは何も生まれない」という画期的な主張を含み、「思考力は食物から成り、息は水から成り、言葉は熱から成る」といった人間存在の要素にも言及し、「おまえはそれである」(タット・トヴァム・アシ)**という結論に至る、ヴェーダーンタ哲学の一元論の基礎を築きました。 反正統的思想家たちの挑戦:唯物論と懐疑論 正統バラモン教哲学に対抗する反正統的な思想家たちも現れました。唯物論のアジタは、布施や祭祀を否定し、**「存在するものはただ四種の原理(地・水・火・風)から成る物質のみである」と主張し、死後の世界を否定しました。懐疑論のサンジャヤは、あらゆる問いに対して明確な答えを保留する「判断保留」**の姿勢をとり、知識のあり方を問い直しました。さらに徹底的な懐疑論者ジャヤーラシは、あらゆる認識手段や認識対象の存在を否定する極端な立場をとりました。 原因論、決定論、業、そして神の概念 ウパニシャッド以降の時代には、根源的な唯一者であるプラフマンの起源や存在の根拠を巡る議論が活発化しました。自性、定め、偶然、諸元素、プルシャなどが原因として考えられ、**イーシュヴァラ(神)を万物の支配者とする有神論も登場しました。ゴーサーラは絶対的な「定め」(ニヤティ)**を主張し、**業(カルマン)**の思想は行為と結果の因果関係を説きました。時代が下ると、**時間(カーラ)**が最高神として観念されることもありました。 サーンキヤ派とヴェーダーンタ派の「存在」論 サーンキヤ派は、精神(プルシャ)と物質的根本原因(プラクリティ)の二元論を唱え、プラクリティの**転変(パリナーマ)によって現象世界が生成すると考えました。一方、ヴェーダーンタ派は一元論の立場をとり、特にシャンカラの不二一元論(アドヴァイタ・ヴェーダーンタ)は、最高のブラフマンのみが実在であり、現象世界は「無明」(アヴィディヤー)**による虚妄であると主張しました。ラーマーヌジャは、**被限定者不二一元論(ヴィシシュタ・アドヴァイタ)**を説き、ブラフマン、個我、物質の三実体を認めつつ、それらはブラフマンと不可分な一体であると考え、**バクティ(信愛)**による救済を説きました。 言葉(語)の哲学と世界の構成要素 文法学派は、言葉(語、シャブダ)を永遠・不変の実体であるとし、バルトリハリはこれを最高のブラフマン、言葉のブラフマン(シャブダ・ブラフマン)であるとしました。言葉の働きによって現象世界が成立すると考えました。ヴァイシェーシカ派は、世界を構成する根源的な原理として、実体、属性、運動など六種(あるいは十種)の範疇を認め、原子論を展開し、原因から新しい実体や属性が生まれるとする因中無果論の立場をとりました。 インド哲学における因果論の対立と多様な展開 インド哲学では、結果が原因の中にどのように存在するかという因果論争が重要なテーマの一つでした。サーンキヤ派とヴェーダーンタ派は、結果は原因の中に未顕現の形で存在するとする因中有果論を主張したのに対し、ヴァイシェーシカ派は、原因から新しいものが生じるとする因中無果論を主張しました。本書は、このように多様な思想や学派が、「存在」という根本的な問いに対して、それぞれの視点から独自の解釈を繰り広げてきた歴史を詳細に描き出しています。
Posted by 
インド哲学の講義を大学時代履修していたが、あまり分からなかったことを思い出しつつ読んだ。決して難解に書かれてはいないのだが、やはり基礎的な世界観を把握するのに時間がかかり、本を読み通すのもダラダラしてしまったが、後半やっと、インド哲学で議論になっていることが見えてきたような気がす...
インド哲学の講義を大学時代履修していたが、あまり分からなかったことを思い出しつつ読んだ。決して難解に書かれてはいないのだが、やはり基礎的な世界観を把握するのに時間がかかり、本を読み通すのもダラダラしてしまったが、後半やっと、インド哲学で議論になっていることが見えてきたような気がする。果たして入門書に相応しいのかというと分からないが、これ以上に平易にすると却って不適当になるのだろう。
Posted by 
図書館で借りた。 哲学の本を何冊か読んだことで、調子に乗ってインド哲学に手を出してみたが…、ちょっと通勤に読むにはハードだった。 インド哲学は哲学の中でもザ・哲学といった感じ。世界を論理で突き詰めていくというか、「考えよ!」というインパクトで、寝ぼけ眼で程々なストレスの中では厳し...
図書館で借りた。 哲学の本を何冊か読んだことで、調子に乗ってインド哲学に手を出してみたが…、ちょっと通勤に読むにはハードだった。 インド哲学は哲学の中でもザ・哲学といった感じ。世界を論理で突き詰めていくというか、「考えよ!」というインパクトで、寝ぼけ眼で程々なストレスの中では厳しい~。 多分、落ち着いて調子の良い頃に読めば問題ないと思うので、またの機会にリベンジしたい。
Posted by 