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失われた時を求めて(11) 囚われの女 Ⅱ 岩波文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
| 発売年月日 | 2017/05/16 |
| JAN | 9784003751206 |

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失われた時を求めて(11)
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【囚われの女Ⅱ】 アルベルチーヌが同性愛者ではないかと疑う「私」はヴェルデュラン夫人のサロンに出かけて情報を得ようとする。(ヴェルデュラン嬢が同性愛者で、アルベルチーヌとの仲を疑う) 相変わらず傍若無人に振る舞うシャルリュス男爵だが、夫人の逆鱗に触れて上流社会での立場を失う。 ...
【囚われの女Ⅱ】 アルベルチーヌが同性愛者ではないかと疑う「私」はヴェルデュラン夫人のサロンに出かけて情報を得ようとする。(ヴェルデュラン嬢が同性愛者で、アルベルチーヌとの仲を疑う) 相変わらず傍若無人に振る舞うシャルリュス男爵だが、夫人の逆鱗に触れて上流社会での立場を失う。 家に帰るった「私」はアルベルチーヌと会話をして彼女の言葉を疑ったり、彼女を試したりする。 ❐スワン氏と作家ベルゴットの追悼 10巻最後で、スワン氏の病と、「私」の憧れの作家ベルゴットの死が語られた。11巻最初で「私」はスワン氏の死を知る。読者としてもスワン氏とは付き合いが長いのでちょっと寂しい。 ❐シャルリュス男爵 シャルリュス男爵のモデルは大貴族の詩人ロベール・ド・モンテスキウ。プルーストはモンテスキウに憧れたが、老年時代に取りのこされたモンテキウに見せつけるようにシャルリュス男爵の頽廃と倒錯と、世間の哀れみの目線を示してやったらしい。 そんなシャルリュス男爵の厳しい晩年の始まり。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4309400523#comment 読者にはシャルリュス男爵は同性愛者、ということが示されるが一応世間的にはそれはただの噂ということになっている。だがシャルリュス男爵も年を取り取り繕うことができなくなったようだ。 目下の恋人たちは、元仕立て屋で今は役人のジュピアン、ユダヤ人劇作家ブロック、ヴァイオリン奏者モレル。シャルリュス男爵はジュピアンの姪の後見人となりオロロン嬢と名乗らせることになったようだ。 さて、ヴェルデュラン夫人は自分のこじんまりしたサロンで我が物顔に振る舞うシャルリュス男爵についに怒り爆発、モレルにシャルリュス男爵の悪口を吹き込み縁を切らせる。突然のモレルの態度にシャルリュス男爵はいつもの勢いは全く無くなり戸惑いオロオロするばかりだった。これが彼の凋落の始まり。 ❐アルベルチーヌって? 「私」はアルベルチーヌの同性愛を疑って、半ば強引に自分の家に住まわせた。しかし疑いは濃くなるばかり。 アルベルチーヌって本当はどんな人なんだ?「私」が語る通りならその場限りの嘘ばっかりであまり賢くなさそうだし、男性とも女性ともかなり官能的な関係をもつ奔放すぎる娘さん。官能的な花のようとも形容しつつ、「私」が語るほど嘘ばっかりの感じはしないし、男とも女ともヤりまくりって感じでもないんだよなあ。 それに「私」もアルベルチーヌに対して何度も嘘をついている。(他の女性を愛してるんだ!とか。) まあふたりとも相手に嘘をつき相手を探り、自分は自由に生きようとしているのかねえ。「私」は結婚する気はないんだからアルベルチーヌが自由のために嘘つくことを怒る資格もないような気もするし。 ❐作家論 「私」がアルベルチーヌにトルストイ、トマス・ハーディ、スタンダールなどを引き合いに出し、愛とか殺人とか芸術とかを語る。 プルーストはトルストイが好きなのかな。この会話についていけるアルベルチーヌはそれなりに教養もありそうで、よけいに「性的に自由にしたいために、すぐにバレる嘘ばっかり付くほど頭悪いのか?」と思った。 ❐アルベルチーヌ出奔? 「私」はアルベルチーヌを試すために「別れよう。出ていってくれ」と言ったが、すぐに仲直り。二人は旅行の計画を立てる。 だが数日後、アルベルチーヌは明け方に出ていったらしい。 この出奔の予感、出奔が分かったときの「私」の心境は真に迫り、こういうところはプルーストすごいなあと思う。
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愛してもいないアルベルチーヌを籠の鳥として所有しておこうと画策する「私」。 その束縛を逃れ、ゴモラの女としての生を満喫しようとして、嘘に嘘を重ねるアルベルチーヌ。 「そこに愛はあるんか?」 プルーストは、「愛」という幻影を無残なまでに解剖していく。 そのメスさばきからは、思わず目...
愛してもいないアルベルチーヌを籠の鳥として所有しておこうと画策する「私」。 その束縛を逃れ、ゴモラの女としての生を満喫しようとして、嘘に嘘を重ねるアルベルチーヌ。 「そこに愛はあるんか?」 プルーストは、「愛」という幻影を無残なまでに解剖していく。 そのメスさばきからは、思わず目を背けたくなってしまう。 この二人の絡みは、僕には二匹の蛇が絡みあっているようにしか見えない。 なぜか、無性にヘミングウェイが読みたくなってくる。 終盤で展開される文学論では、プルーストがドストエフスキーの「白痴」を『自分の知るかぎり「最もすばらしい小説」』と評価していたことが印象に残った。(427ページ注(433)) また、トマス・ハーディの「日陰者ジュード」などの作品が取り上げられているのにも意を強くした。 『失われた時を求めて』は、『スワン家のほうへ』が1913年に刊行されている。 一方、ヘミングウェイは、1920年代にパリで暮らしており、ガートルード・スタインのサロンに出入りしていた。 ヘミングウェイも、『失われた時を求めて』を読んでいたのではないだろうか? 彼の一切の心理描写を廃した文体は、プルーストの文体に対するアンチテーゼではなかっただろうか?
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相手を求めつつ感情とは裏腹な行動を取る様は見ていて滑稽だけどそういう時はあるし覚えがある。本人に自覚がないだけに厄介ではあるけれどそういうのを乗り越えてこそ大人になるとも言える。人種が違っても人は人でしかないし変わりはないというのがまざまざと見せつけられる。
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