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岳飛伝(十七) 星斗の章
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 集英社 |
| 発売年月日 | 2016/05/30 |
| JAN | 9784087716603 |
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岳飛伝(十七)
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商品レビュー
4.3
27件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
あぁ、終わった。遂に終わった。大水滸伝に終わりを告げることができた。言葉にできない感動がある。岳飛が兵と最期に別れる時、候真の最後の涙は、読者の気持ちを代弁しているように思えてくる。全ては王進の脱走から始まり、宋江という1人の人間が英傑の心を動かし、ここまでの物語を紡いできた。読者である自分も、目を閉じればその激動を思い出すことができる。読んでいくうちに、志が心に根づいていた。 思えば、この岳飛伝はとても虚しさを感じながら読んでいた。戦の大義名分があるようでなく、戦が世界の中心から外れた世界。戦こそが正義で権力の象徴である時代を生き、そこに楽しさをも見出していた人物が多数いる中で、この世界はあまりにも無情だっただろう。その無情さを抱えながら戦場を書き上げる北方謙三はさすがとしか言いようがないが、命を賭して人生を賭けて本気で楽しんで勝敗を決めたとしても、その後の世界に何の影響もないだろうという英傑たちの言葉を読んでいると、どうしても虚しさを感じざるを得なかった。もちろん、戦なんて無いに越したことはなく、人に血を流して欲しくはない。現実世界で一般人として、日本という国のしがない民として思う。民のための国、この時代の中華で、一つの答えを出した。その結果がこれだ。とやかく言うことはできない。どのような展開になろうと、どのような死を遂げようと、それが人生であったから、読者としてはそれを読むことしかできない。死んでしまいえばそこまでで、生き返ることもない。ただ、心の中で生き続ける。人の心で生き続けることが、生きるという行為の究極の形かもしれない。 水滸伝でのワクワク感、楊令伝の孤独、岳飛伝の虚しさ。しかし、人の営みってこんなものだろう。登場人物たちもそうだった。初めは新たなモノにワクワクする、ある程度すれば夢を否定され、追い続けるほど孤独になる。そして虚しさへと変わる。人の世なんてそんなモノだから、生きたいように生きろ、そういうメッセージにも自分は捉えた。 この数年の人生は、大水滸伝のおかげでとても楽しく生きることができた。思い出だけでも、何十年と語ることができ、さらに楽しめるだろうが、自分はまた違う世界へと旅立ちたい。だからこそ、ここで区切りをつける。本当に楽しい日々だった。さらば。
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大水滸伝シリーズ最終巻。 前巻で史進についてはちょっと不満でしたが本作を読むとこれは有りかと思います。 シリーズ三部作で見ると今作の主人公岳飛は楊令、宋江の様なリーダーとは違い、悩み苦しんだりするなど我々に近い親近感を感じるキャラでした。 だからなのか主人公の様なインパクトが弱...
大水滸伝シリーズ最終巻。 前巻で史進についてはちょっと不満でしたが本作を読むとこれは有りかと思います。 シリーズ三部作で見ると今作の主人公岳飛は楊令、宋江の様なリーダーとは違い、悩み苦しんだりするなど我々に近い親近感を感じるキャラでした。 だからなのか主人公の様なインパクトが弱かったかなーというのが全巻通しての印象です。 最後の梁山泊と金国の戦いもグッと来るのがない終わり方で前巻のウジュと史進の戦いがクライマックスだった感じです。 胡土児も結局、最後は梁山泊と絡まず終わったのも ちょっと残念です。 とは言え、この長いシリーズを書き続けた北方さんにはただただ感服いたします。
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「やるだけやって、死ぬ。でも、なにか食いたい。」 うわー!そういう終わらせ方なのね! 全五十一巻の終わりはこれを選んだのね! これは賛否あるわー うん、でもよくよく考えると、この終わらせ方で良い気がしてきました これぞ『北方水滸伝』という たぶんエンドロールでダイジェストで...
「やるだけやって、死ぬ。でも、なにか食いたい。」 うわー!そういう終わらせ方なのね! 全五十一巻の終わりはこれを選んだのね! これは賛否あるわー うん、でもよくよく考えると、この終わらせ方で良い気がしてきました これぞ『北方水滸伝』という たぶんエンドロールでダイジェストで流れるんだよ! 『水滸伝』からの、色んな好漢たちが被害にあってるあのシーンの数々が!w そして読者は泣き笑いのまま物語は閉じるのよ きっと『大水滸伝シリーズ』を読んだ人は共感してもらえます はい!というわけでね 相変わらずよくわからんレビューですがね、せっかく全五十一巻も読み終えたんでね ちょっと『北方水滸伝』とは何だったのか?ってのを考察してみたいと思います 今回珍しくちょっと長めのレビューです そりゃあそうよ!五十一巻も読んだんだから しかも、ちょっと変わった視点を提供したいな〜と思います まぁ、たくさんのファンに語り尽くされた物語なので、それよく見るで!割と普通の視点やで!と思ってもそっとしておいて下さいね、友だちじゃん! ではね、『北方水滸伝』てどういうお話だったの?ってことなんですが、これはもう「国造り」の物語だったわけです 「国」って概念そのものを打ち壊す物語だったんじゃないの?って意見もあると思いますけどね、それも結局は「国造り」の先にある話しなんでね ここは、『北方水滸伝』は「国造り」の物語だった!で話し進めますね では、梁山泊の英雄たちが目指した「国」のかたちってどんなものだったの?っていうと、実はこれ明確には示されてないんですね はっきりとこういう国が出来上がりました!ってところまでは書いてくれてないんです 自分で考えろ!ってことなんだと思うんです 道しるべはたくさん置いといただろ!自分の足で歩けこのやろう!ってことなんだと思うんです なので、自分で考えてみました で、この時わいが考えた視点というのが「綽名」なんです 九紋龍とか青面獣とか、あのかっこいいやつね 『大水滸伝シリーズ』の登場人物たちは第一世代、第二世代、第三世代と三つの世代に分けられて、それはそのまま『水滸伝』世代、『楊令伝』世代、『岳飛伝』世代ってことなんですが、この綽名、第一世代は、百八星はもちろん全員持ってるんですね 上であげた他にも智多星呉用とか混江龍李俊とかね、これが第二世代になると(オリジナルのキャラクターなので北方アニキが考えて付けてる)がくんと減るんです 狼牙秦容とか七星鞭呼延凌とかいるんですが、まぁ主要登場人物の半分くらいです それが第三世代になるとほぼ綽名は持っていません もちろん、オリジナルを考えるのがあまりにたいへんだったために北方謙三アニキが諦めたって可能性もあるんですが そうではなく、意図的だったとしましょう ではどういう意図が込められていたのか? それは綽名を持つような英雄を必要としない国を理想の国家像としたのではないのかと思うのです 散々多くの英傑たちの生き様を描いておいて? そうなんです 描いておいてです その儚く悲しい死に様を描くことでです 万人が平等の国 ただし、万人に等しく責任のある国です 英雄に頼らず、全ての民が責任を持って全力で生きる国、「やるだけやって、死ぬ」国です でも、たまには美味しいものを食べたり、酒を飲んで友と語らったり、趣味や娯楽に興じたり、真剣に恋したりする国 全ての人が全力で生きる国 それこそが梁山泊が目指した「国」だったのではないかと思うのです
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