1,800円以上の注文で送料無料
デリダ 脱構築と正義 講談社学術文庫2296
  • 中古
  • 店舗受取可
  • 書籍
  • 文庫
  • 1224-30-02

デリダ 脱構築と正義 講談社学術文庫2296

高橋哲哉(著者)

追加する に追加する

デリダ 脱構築と正義 講談社学術文庫2296

定価 ¥1,760

1,375 定価より385円(21%)おトク

獲得ポイント12P

残り1点 ご注文はお早めに

発送時期 1~5日以内に発送

店舗受取サービス対応商品【送料無料】

店舗到着予定:4/4(土)~4/9(木)

店舗受取サービス対応商品

店舗受取なら1点でも送料無料!

店舗到着予定

4/4(土)~4/9(木)

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2015/05/11
JAN 9784062922968

店舗受取サービス
対応商品

店舗受取なら1点でも送料無料!
さらにお買い物で使えるポイントがたまる

店舗到着予定

4/4(土)~4/9(木)

デリダ 脱構築と正義

¥1,375

残り1点
ご注文はお早めに

カートに追加するカートにいれる

商品レビュー

4.6

7件のお客様レビュー

レビューを投稿

2025/07/15

難しかった〜〜 パルマコンの話まではなんとなくわかったんだけど、「不可能なもの」、「まったき他者」とかについてはもっと読み込まなきゃだめだ 最後のキーワード解説と解説でちょっとわかった気になった 「アポリア」、「不可能なもの」(本書ではたくさん挙げられてる)をキーに、階層秩序的二...

難しかった〜〜 パルマコンの話まではなんとなくわかったんだけど、「不可能なもの」、「まったき他者」とかについてはもっと読み込まなきゃだめだ 最後のキーワード解説と解説でちょっとわかった気になった 「アポリア」、「不可能なもの」(本書ではたくさん挙げられてる)をキーに、階層秩序的二項対立を掘り起こしていく感じなのかな その上で、揺らいだ(ように見える)秩序を前にしたときに、真に「決定」するとはどういうことなのか、それを考えてるのかな デリダ、デカすぎる

Posted by ブクログ

2025/04/01

構造主義に対するその先の概念「脱構築」を考案し、ポストモダン思想の旗手となったジャック・デリダ。本書は彼の思想の中心となる「エクリチュール」、「正義」、「他者」といった諸要素について、デリダに師事していた作者が解説した、いわばデリダ学の入門書である。 とはいえ、そもそもの概念がそ...

構造主義に対するその先の概念「脱構築」を考案し、ポストモダン思想の旗手となったジャック・デリダ。本書は彼の思想の中心となる「エクリチュール」、「正義」、「他者」といった諸要素について、デリダに師事していた作者が解説した、いわばデリダ学の入門書である。 とはいえ、そもそもの概念がそれまであった哲学思想を元に生み出されたものなうえ、その概念自体かなり難解で、さらにデリダの書いた本も(ついでに本書も)脱構築の概念を説明しつつ、"実践する"よう書かれているため、常に単純な理解を阻むような構成となっている、と私には感じられた。要はすげーむずい。 なので、仮にデリダ(および脱構築)について初歩から知りたいという方がいるとしても、いきなりこの本から入ることはおすすめできない(そうした向きにはまず千葉雅也『現代思想入門』を手に取ることを個人的にはすすめたい。マジでわかりやすいから)。 でも不思議なことにこの本、よくわからないなりにじっくり読んでいくと、デリダがどのような方向を向いて思考を重ねてきたのか、その先にどんな世界を望んでいたのか、それが何となくわかってくる。わかってくるような気がした。 構成としては、第一章でデリダの経歴を時系列順に紹介し、その生い立ちから1998年までの業績を知ることとなる。ここまでは特に難しくない。 第二章からはグッと難度が上がり、プラトンの『パイドロス』を引き合いに、脱構築の実践を図る。どのような場合においても脱構築は己の頭の中だけで終始するようなものではなく、「他者」という存在が先んじてあり、であるからこそ、この実践編においても他者の作品が用いられるのだ。文章(エクリチュール)を一切残すことの無かったソクラテスに対し、彼の声(パロール)を残したプラトン。この関係性は脱構築の思想を理解する上で非常に魅力的な題材になると著者は言う。言葉(ロゴス)はパロールとエクリチュールという2つの段階に分けることが可能だが、脱構築の考え方からすればそこに内部/外部的な境界を設けることはそもそも不可能なことであり、下位の概念だとされていたエクリチュールはパロールと同程度のものとなる。脱構築はそのような境界の解体を可能とする。 ……みたいなことが書かれてると思うのだけど、やっぱしむずい。続く第三章では脱構築に関する諸要素である「反復可能性」や「まったき他者」という概念、「ウィ」という肯定の姿勢について。 第四章、第五章では法と正義が脱構築とどのような関連性をもっているのかなどが解説されていく。 「脱構築はある意味で、新たな「決定」(décision)の思想であるといえる。それは決定不可能性の思想であると同時に、決定の思想でもあり、同時に決定不可能性の思想でもあることこそ、脱構築をして新たな決定の思想たらしめているといえるだろう。」 と書かれているように、脱構築とは物事に対する新たな見方を提示するための概念なのだと思う。先日読んだばかりの『チョンキンマンションのボスは知っている』と似たような考え方として「贈与に責任を負わない」という事柄についても言及されており、社会制度を解体し、不可能性を引き受けながら、また別軸の可能性を探る思想なのかな、と思った。 感想を書いてて、どうもまだまだ理解不足だなあと感じているのだけど、脱構築が「中心」というものを断定せず、すべてをいったんフラットに見ようとする概念だとするならば、ある意味それに沿った感想になった気がするので、これはこれで良いのだ(ほんとかおい)。なぜならデリダも脱構築も「ほとんどすべてがこれから」なのだから。

Posted by ブクログ

2024/04/28

脱構築は正義のための決断を促す思想 そこに至るまでには、混沌や矛盾を知覚することになる。 いや、ここを知覚すればこその正義なのだろうか。 もう今や誰もが気がついている世界の至るところの無限性について、合理の暴力から、ただ恐れ慄く必要は無くなった。

Posted by ブクログ