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詩に就いて
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 思潮社 |
| 発売年月日 | 2015/04/01 |
| JAN | 9784783734673 |
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詩に就いて
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商品レビュー
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4件のお客様レビュー
「十七歳某君の日記より」○○の日で何か書いてみたくなった 「いない」寂しくもなく虚しくもなく時間がそこで止まるだけ
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詩に就いてのエッセイだと思ったら、詩だった。とことん、詩で始まるのだ。 谷川俊太郎のことを調べていたら、谷川徹三の息子だった。 谷川徹三は、『雨ニモマケズ』を宮沢賢治の真髄だと高く評価した。宮沢賢治の本の編集もしている。 詩についてのレビューは、難しい。谷川俊太郎の『詩に...
詩に就いてのエッセイだと思ったら、詩だった。とことん、詩で始まるのだ。 谷川俊太郎のことを調べていたら、谷川徹三の息子だった。 谷川徹三は、『雨ニモマケズ』を宮沢賢治の真髄だと高く評価した。宮沢賢治の本の編集もしている。 詩についてのレビューは、難しい。谷川俊太郎の『詩に就いて』は、詩とは何かをとらえようとしている点で興味深い。谷川俊太郎の詩は、言葉と文章の意味を伝えることではなく、言葉を音符にして、音楽のような心地よさがある。それが、詩を明るくする。 ここ どっかに行こうと私が言う どこ行こうかとあなたが言う ここもいいなと私が言う ここでもいいねとあなたが言う 言ってるうちに日が暮れて ここがどこかになっていく この詩の持つリズム感がなんとも言えずはずむ。繰り返しているようで、繰り返さず、リズムを作る。『もこもこ』という絵本も、言葉をリズムで表している。言葉で、遊んでいる感がある。 そんな谷川俊太郎の詩についての本は、詩というものの雰囲気を表現しようとする。 チェーホフの短編集が、チェーホフは散文を書いているのに、そこに何やらうっすら漂っているもの、どうやら詩の靄らしい。この「しのモヤ」を谷川俊太郎は追いかける。そして、大きな物語の中に小さな物語が入れ子になっている、その隙間に日常の些事に紛れて詩は忍び込むという。谷川俊太郎はしのモヤをつかもうとする。 詩には台がいる。台は不恰好なものでもいい。そして、海とか空とかでもいい。詩とは空のテーブルにのっているのだ。詩が、無文字の詩がのほほんとのっているのだ。そうだよ。空のテーブルにのっている詩の方が、やはり詩のように見える。 言葉に愛想を尽かしても、やはり言葉で書くしかない。言葉の不思議は、詩の不思議でもある。私は私という代名詞にしか宿っていないが、1日を始める前に言葉は詩に向かったが、おはようがキラキラと輝く、そんな楽しみが始まるのだ。詩は常に無言で存在している。それに言葉を与える。小さな犬がちょこちょこついてくるように、詩が人間の後ろをちょこちょこ歩いている。 詩が白い紙の上を跛行してゆく、完全で非常な宇宙、不完全なこの世を支えている。言葉になるはずのないものが、いつか言葉になる。それは詩だと思っている。言葉にする作業として詩を紡ぎ出している。言葉のエサを奪い合ったあげくに、檻の中で言葉が共食いしている。まばらな木立の奥で野生の詩は、じっと身を潜めている。谷川俊太郎はいう「何の役も立たずにそこにいるだけでいい いつか誰かが見つけてくれるまで」 詩は見つけられるまで待っているのだ。 担々麺を食べている口が、思わず詩を始めてしまうのだ。何もかもつまらんのに。詩はとにかくお構いなしなのだ。とんかつや分厚い血の滴るようなステーキを食べる口は詩を生みだすのだ。でもやっぱり担々麺の方が詩が続いていくような気がする。雲が好きだから雲が好きだと詩に書いた。それが詩であるかどうかは人が勝手に決めればいいのだ。詩に近づこうとしてはいけない。詩に跳びこむことだ。 詩が言葉に紛れてしまった。言葉の群衆をかき分けて詩を探す。母語の調べに耳が惑う。詩はどこに向かおうしたのか、待っているしかないと観念する。行と行間に潜んでいる、耳に聞こえない音楽が、日々の感嘆符と疑問符のそれらの間隙をぬって、あなたの心にこだましている。言葉の胎児の心音と共にあなたは生きていくし、死が詩とともに待ってくれている。その思いがけない日まで。 ある日、詩が落ちていた、拾ったら泥だらけだった。洗ったら生っ白くなった。乾いた良い音がした。箱に入れていけないような気がした。詩女は、人見知りでいつも物陰に隠れているけど、性質は暗くない。むしろ明るくておっちょこちょいだ。そして意外なのかもしれないが無口なのだ。言葉を口に出すまで時間がかかるので、イライラせずに待っていなければならない。 詩を散文にし、散文で説明するって、詩の死を意味する。もともと詩とは生と詩の間を彷徨っているのを見つけ出して、捉えることで言葉が詩として生まれ変わる。 ふーむ。谷川俊太郎の「詩に就いて」をレビューするなんて、到底無理なのだ。レビューは、散文で詩ではない。
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珍しく心に引っかかる詩がなかった。読んでいるときの状態によって感じ方が変わってくるから詩集は面白い。
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