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超訳 吉田松陰語録 運命を動かせ
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | キノブックス |
| 発売年月日 | 2014/11/01 |
| JAN | 9784908059025 |

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超訳 吉田松陰語録
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商品レビュー
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10件のお客様レビュー
朝のルーティンとして、ワクワクしながら、時に刺激されて和歌を作りながら読みました。 吉田松陰は、大好きな高杉晋作の師として、中学の頃尊敬していました。 教え子としてではなく、友として共に学ぶ姿勢は松陰先生から学びました。 現在もその姿勢で生徒と接しています。心から敬意を持...
朝のルーティンとして、ワクワクしながら、時に刺激されて和歌を作りながら読みました。 吉田松陰は、大好きな高杉晋作の師として、中学の頃尊敬していました。 教え子としてではなく、友として共に学ぶ姿勢は松陰先生から学びました。 現在もその姿勢で生徒と接しています。心から敬意を持って生徒と学ぶことができます。 そして松陰先生のように多くの人々の心に火を灯したいと考えています。
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本文中にもあったように、吉田松陰はだいぶスパイシーな人だったのだと思う。極端な所はあるが、エネルギーに満ち溢れていて、頭も手も足も良く動かしたのだろうと感心した。現在でも参考になったり、耳の痛いことがたくさんあって、広い視野で物事を見ていたのがよくわかった。ここまでは無理だとして...
本文中にもあったように、吉田松陰はだいぶスパイシーな人だったのだと思う。極端な所はあるが、エネルギーに満ち溢れていて、頭も手も足も良く動かしたのだろうと感心した。現在でも参考になったり、耳の痛いことがたくさんあって、広い視野で物事を見ていたのがよくわかった。ここまでは無理だとしても、今より少しでも動ける自分になりたいと思わされた。
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ずいぶん久しぶりに自己啓発になる本を読みたくなった。20代の頃はデール・カーネギーやスティーブン・R・コヴィーの著書を繰り返し読んだものだったが、「自己啓発をさせられること」が嫌でその類は手に取らなくなった。それから10年以上が経ちそれなりに得た知識と経験のお陰で視野が広がり選択...
ずいぶん久しぶりに自己啓発になる本を読みたくなった。20代の頃はデール・カーネギーやスティーブン・R・コヴィーの著書を繰り返し読んだものだったが、「自己啓発をさせられること」が嫌でその類は手に取らなくなった。それから10年以上が経ちそれなりに得た知識と経験のお陰で視野が広がり選択肢が増えた。喜ばしいことだが他方ではそれ故に迷いが生まれて足が止まってしまう自分がいる。「そのような迷いの中だからこそ軸となる考え方を改めて確立したい」と思って手に取った自己啓発的な一冊。 猪突猛進型の人間としては、自他ともに認める狂人として日本の独立を守るために奔走する吉田松陰に共感を覚えるところがある。なので、自己啓発再開の一冊目としてこの書籍を選んだ。 第6章のタイトルは「生死を超える」である。人の終焉や死後における故人への弔いを目にする度にその人が生きたことの意味を考えずにはいられない。年を重ねて死がより身近になった今、死生観について考える機会が多くなっていたりする。そのような心境もあり「百年・千年後の知己を持つ」は深く胸に響いた。 著者の齋藤孝さんは『私は生きている間に評価が欲しいなどと思いはしない。自分の心に疚しいことがなければ、それでよし。あとは、百年・千年後に知己が得られることを期待するばかりだ』と吉田松陰の言葉を超訳している。自身を振り返れば、とにかく今すぐに得られる結果ばかりを求めていた。それだけで一喜一憂しては周りを大いに振り回すこともあった。今となってはとても愚かな姿だったと思う。正確には結果が欲しい訳ではなく「今すぐの高評価」が得たいだけだったのだ。吉田松陰でさえ、生きている間の評価を求めていなかったとしたならば、自身はなんと図々しく小さな人間だろうと思い恥ずかしくなる。 幼少時に家族で旅行した屋久島では樹齢の長い立派な屋久杉が御神木として地元民・観光者からも認知されている。その姿があまりにも神々しく思わず手を合わせてしまう程だからだ。思えばその時に学ぶべきだった。その域に達するには長い年月をかけて陽の光を浴び大地から栄養を摂る必要があったことを。 体力・精神力・気力が下向くばかりの年齢になった今、できることは限られているのかもしれない。だが、限られていたとしてもそれもまた人生であり百年後・千年後に何かを成すくらいの気概があってもいい、自分の人生なのだから。正に求めていた思考を得られた名著だった。
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