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決定版 感じない男 ちくま文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 2013/04/12 |
| JAN | 9784480430571 |
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決定版 感じない男
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決定版 感じない男
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商品レビュー
3.8
14件のお客様レビュー
◆女性学にも負けない? 当事者研究としての男性学の出発点 とにかくスゴイ本です。 何がスゴイって『感じない男』というタイトルからしても、ある程度は想像がつきますよね。 目次を見渡しただけでも「ミニスカートさえあれば生身の女はいらない!?」 「男にとってポルノとは何か」「私はなぜ...
◆女性学にも負けない? 当事者研究としての男性学の出発点 とにかくスゴイ本です。 何がスゴイって『感じない男』というタイトルからしても、ある程度は想像がつきますよね。 目次を見渡しただけでも「ミニスカートさえあれば生身の女はいらない!?」 「男にとってポルノとは何か」「私はなぜ制服に惹かれるのか」「ロリコン男の心理に分け入る」など なかなか刺激的。 これまで、男性論なら数多くありましたが、 学者による学問としての男性学は、ほとんどありませんでした。 しかも、スゴイのは、自分をまな板に載せ、赤裸々に告白しながら、 徹底的に自己のセクシャリティ(性のありよう)について分析していることです。 「これは著者の性の告白本であり、学問にはならない」という意見も実際にあったようです。 しかし、最近では「当事者研究」というアプローチが日の目を見るようになり、 「男とはこういうものだ」という男性論とは一線を画す、 まさに男性による当事者研究としての「男性学」だと感じました。 『感じない男』と言う表現は、著者が自分は感じない男(不感症)である と言っているように受け止められ、間違いではないのですが、 「男というのもは(女に比べ)感じないものである」というニュアンスも多分にあります。 たしかに、その通りであり、著者のセクシャリティには共感する部分もありますが、 自分は違うと思う点も多々あります。 少なくとも、自分のセクシャリティに違和感を覚える人以外は、 真剣に自分のセクシャリティを考える機会はあまりないと思いますので、 再考するきっかけとしては最適な本として、おすすめできます。 女性学の本(上野千鶴子『フェミニズムがひらいた道』)を読んで、 男性学にも興味を持って手にしたのですが、 著者は、生命学を提唱する哲学者。 本書を読んで、以前から気になっていた著者の代表作『無痛文明論』も買ってしまいました。
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2023/10/08 二日酔いながら一気見してしまった。 おかえりアリスに衝撃を受け、そのあとがきからこの本の存在を知った。 中学生の時に、毛が薄かった自分の足について、友達から「綺麗な足、女みたい」と言われた。そのことがずっと誇りだった。胸筋が無いので胸に脂肪がすぐ付いて...
2023/10/08 二日酔いながら一気見してしまった。 おかえりアリスに衝撃を受け、そのあとがきからこの本の存在を知った。 中学生の時に、毛が薄かった自分の足について、友達から「綺麗な足、女みたい」と言われた。そのことがずっと誇りだった。胸筋が無いので胸に脂肪がすぐ付いてしまうが、その僅かなふくらみを見るとき、少しだけ誇らしい、倒錯した感情がある。リナとミサトから、お世辞だとしても、「綺麗な顔立ちをしている」と言われたことをずっと覚えている。本当に嬉しかった。その嬉しさは恐らく、褒め方に性別が関係ない言葉だから。 女になりたいと思っていた。それは思想の面だけでだと思っていた。女が女と取るコミュニケーションに憧れていた。男として扱われることに悲しくなる時もあった。年上の女と接することが多かったから、女と話していて楽な気持ちを覚えるんだと思っていた。少し違うのかもしれない。 俺は俺の性をある面で肯定していてある面で否定している。 「男のための物語」を俺が必死に求めていた理由はなんだろう。傾向はある。孤独な物語、孤独な男の感情を悲しむ物語。しかしそこに目を当てるということがそもそも慈しみだとしたら、その慈しみの行為こそを求めていたのかもしれない。 俺が女を心から好きになる時、そこには憧れがある。自分には絶対になれない存在を少しでも自分のうちに取り込もうとする行為なのかもしれない。俺は全く自分のセクシュアリティに関して、人より悩んでいるであろうにも関わらず、何も答えを見つけられていない。 以下引用。 「私は、「男とはこういうものだ」という言い方の噓を、身をもって知った。「男とはこういうものだ」という言い方は、「男とはこういうものだということにして、男同士、楽にやっていこうぜ」という、男たちのあいだの申し合わせにすぎない。」 「現実と虚構を、セクシュアリティの次元でうまく区別できないことが、「感じない男」の特徴のひとつなのかもしれない。」 「そもそもどうして、少女の体になりたいという願望が、私の中にひそんでいるのであろうか。少女に乗り移ってまでして、少女の体を獲得したいという欲望は、どこから沸き起こってくるのだろうか。その欲望の根底にあるのは、「このごつごつして汚い男の体から、抜け出してしまいたい」という、祈りにも似た脱出願望なのではないかと私は思う。自分自身の体に対する感情は、このような自己否定の感情である。」 「かつての私のようなタイプのロリコンの男が最終的にめざしているのは、大人の女になる瞬間を迎えたかわいい少女の体の中へと乗り移り、その少女の体を内側から生き、その少女の体を内側から心ゆくまで味わい、その体に様々な服を着せて人々と交わり、人々から優しく大切に扱われ、自分で自分の体を真に愛することだ。そして少女の体の内側から、少女の子宮へと射精し、妊娠して自分自身を出産することだ。それによって私は、母親の影響圏から最終的に離脱することができる。私は自分自身から産み出された存在となり、もはや誰にも隷属することなく、ここに完全な自由を手に入れる。少女の体という肉体上の理想を獲得し、自分の体を自己肯定し、精神上の自立という内面の自由をも獲得する。かくして世界は私を祝福し、私も自分自身を祝福し、世界は充足した私自身によってどこまでも満たされていくことになるだろう。」 「自分の体を愛せないことが身にしみて分かったとき、私はどうしたのか。私は自分の心の空虚を埋めるために、「男らしさ」に手を伸ばしたのである。いまさら女にはなれないわけだから、自分が男として自己肯定するためには、この体をもっと「男らしい」ものにしないといけない。体だけではなくて、精神も、行動も「男らしい」ものにしないといけない。それが成功したら、私は、自分の体とセクシュアリティをきっと肯定できるようになるはずだ。私はそのように思ったのだった。それは、溺れる者が藁をもつかむ気持ちと似ていたのかもしれない。」 「もっとも大切なことは、好きな人や、大切な人たちと、やさしい関係をつむいでいくことであり、互いを尊敬していつくしむことのできる関係を作っていくことだと私は思う。」 やさしい関係。やさしくありたい。
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男の身体が汚いと思う意識。 Vチューバーの綺麗な女の身体を得る。脱毛、化粧。男性的なものが汚く感じる。それによる女性性への憧れ? また読み返さないといけない。
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