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ヘヴン

川上未映子【著】

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 講談社
発売年月日 2009/09/01
JAN 9784062157728

ヘヴン

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商品レビュー

3.5

524件のお客様レビュー

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2026/03/25

胸に残ったのは、言葉に尽くしがたい「気持ち悪さ」だ。それは、人間が「女」という存在であるだけで、過剰なまでの「意味」や「役割」を背負わされ、逃げ場を失っていく過程への、生理的なまでの嫌悪感である。 コジマは凄惨な暴力の中にいながら、そこから逃げることを拒む。彼女にとっての「正しさ...

胸に残ったのは、言葉に尽くしがたい「気持ち悪さ」だ。それは、人間が「女」という存在であるだけで、過剰なまでの「意味」や「役割」を背負わされ、逃げ場を失っていく過程への、生理的なまでの嫌悪感である。 コジマは凄惨な暴力の中にいながら、そこから逃げることを拒む。彼女にとっての「正しさ」とは、世間から蔑まれている父親を否定せず、父と同じ苦難を「聖なる形」として引き受けることだ。 雨の中で自ら服を脱ぎ、いじめっ子たちを「聖母」のように撫でる彼女の姿は、あまりに記号的で、おぞましい。彼女は自身の身体や苦痛さえも、「母性」や「慈愛」という「女」の役割へと強引に回収させてしまった。コジマが男であったなら、この物語は成立しない。彼女が女の子であったからこそ、この「聖母の物語」という歪んだ救済の形が成立し、それが彼女をさらなる地獄へと閉じ込める。一方で、手術で「正しい視界」を手に入れた主人公が歩き出す世界もまた、救いではない。彼が手に入れたのは、何の「意味」も「物語」もない、ただただ平坦で乾いた現実だ。そこにはコジマを救う言葉も、苦しみを正当化する理由もない。ただ「遠くが見える」ようになっただけの、空虚な自由があるだけだ。ラスト、コジマだけが「ヘヴン」に行けたのだと思う。けれど、それは現実の生を捨て、狂気という名の記号に逃げ込んだ結果だ。対して主人公は、無味乾燥な現実という名の荒野に取り残された。 ​聖域に閉じこもるか、荒野を歩くか。 どちらが幸せなのかなんて、誰にもわからない。というより、どちらも等しく地獄なのだ。生きて、何かの「意味」を背負わされることも、あるいは「意味」を失って立ち尽くすことも。この世界で息をしていること自体が、逃れられない地獄なのかもしれない。

Posted by ブクログ

2026/03/04

この小説の題材は、とても嫌な言葉ですが「イジメ」です。 中学校を舞台に、イジメる側はいつも集団で、イジメられる側はいつも個人で、集団による具体的な肉体的暴力行為を描きながら、イジメをする側の独善的で倫理観の欠如した他人の痛みに無関心な思考経路と、イジメを受ける側のイジメを無抵抗に...

この小説の題材は、とても嫌な言葉ですが「イジメ」です。 中学校を舞台に、イジメる側はいつも集団で、イジメられる側はいつも個人で、集団による具体的な肉体的暴力行為を描きながら、イジメをする側の独善的で倫理観の欠如した他人の痛みに無関心な思考経路と、イジメを受ける側のイジメを無抵抗に受け入れ、これに耐えていくために考えたとしか思えない悲しい人生哲学を、双方の登場人物が語ることで、何が「善」で何が「悪」なのか、どちらが本当の強者でどちらが弱者なのか、を問うそんな内容でした。 物語は、斜視が原因でクラスの男子生徒から日常的にイジメを受けていた14歳の中学生である「僕」のもとに、『わたしたちは仲間です』という手紙が届くところから始まります。それは同じクラスの女子生徒「コジマ」からの手紙で、彼女もまたクラスの女子生徒から、その容姿が原因で日常的にイジメを受けていました。 彼女は、自分がイジメを受けているのは、身なりを汚くしているからであると分かっているが、これは「わざと」であり、離婚して苦しい生活を余儀なくしている父親を忘れないための「しるし」なのだと僕に打ち明けます。そして彼女は、僕がイジメを受ける原因である斜視も、今の僕を構成している大切な「しるし」なのだと言い、「わたしは、君の目がとてもすき」と言って、身なりが汚いことも、斜視であることも、どちらも肯定的に考えます。 僕と彼女は、心を通わせ暫くはお互いの存在がお互いの支えとなるような関係でいましたが、ある日、僕に対する過酷なイジメ行為により僕が大怪我を負ったとき、彼女は彼女なりの考えを僕に伝えます。 それは、自分たちは「弱い」からイジメられているのではなく、あえてそれを受け入れていることが「強さ」や「正しさ」なのであり、イジメによる苦悩を、自分たちにとって「意味のあるもの」と考えようと言うのです。 しかし僕は、彼女のこの考え方に同意できず、しばらく交流を避けるようになりますが、 そんなある日、僕は怪我の診察にあたった医師から、斜視が手術で治る可能性があることを告げられます。 僕は久々に彼女に会い、斜視が治る可能性があることを伝えたところ、彼女は、僕が手術によって大切な「しるし」を捨て、外見上の「強いやつら」、つまりイジメを正当化する側に逃げようとしていると強く非難し、一方的に僕に対して決別を宣言します。 つまり、彼女にとって、自分の「身なりの汚さ」や僕の「斜視」は、自分たちを形づくる「しるし」であり、「意味のある弱さ」すなわち「人の痛みや気持ちがわかるという本当の強さ」示す象徴と考えていたのだと思います。 終盤、僕と彼女が一緒にクラスの皆んなから集団的なイジメを受ける中で、彼女は、イジメる側に対して、まさに体を張って「強さ」と「正しさ」を示すように、「意味のある弱さ」を見せつけるような行動に至ります。まるで精神的に病んでしまったかのような、痛々しくもあり悲しくて切ない光景でした。 さて、この小説のタイトル「ヘヴン」ですが、2人が付き合い始めて間もなくの頃、今は苦しくてもそれを乗り越えた先にある場所、それが「ヘヴン」と彼女は僕に語る場面がありました。それは本来の意味の「天国」ではなく、あくまで苦しみを乗り越えた先にある場所の名前、彼女にとって、何の恐れや心配もなく穏やかな気持ちで居られる、希望と憧れの場所だったのだと思います。 次々と繰り出される陰湿で強烈な苛めの描写の連続でしたが、僕と彼女がやり取りする手紙や会話から、心の動きや感情の変化を感じることができ、繊細な心理描写には引き込まれました。 それにしても、イジメという加害行為と、それを行う者の独善的な価値観、他人の痛みに無関心な鈍感さに、あらためて強い憤りを感じました。 また、SNSなどで、あまりにも非寛容的で、独善的な正義を振りかざす人たちが居ますが、言葉の暴力で他人の心を殺す・傷つけるもので、相手の痛みに鈍感なのはイジメと何ら変わらないものであると思いました。

Posted by ブクログ

2026/02/20

非常に苦しかった 読んだ後まだ動悸がしている これは何故ヘヴンというタイトルなのか 彼等のヘヴンは何処にあるのか 主人公を取り巻く世界は平坦ではなく奥行きがあり何よりも美しいと気がつくラストに救いがある気がするが その美しさを伝えたい相手はもう側にいない その後のコジマは?二ノ宮...

非常に苦しかった 読んだ後まだ動悸がしている これは何故ヘヴンというタイトルなのか 彼等のヘヴンは何処にあるのか 主人公を取り巻く世界は平坦ではなく奥行きがあり何よりも美しいと気がつくラストに救いがある気がするが その美しさを伝えたい相手はもう側にいない その後のコジマは?二ノ宮は?百瀬は?百瀬の妹は? クドクドと書き込まずに読者の想像に任せる感じがいかにも作者らしいけれど とてもとてもモヤモヤする

Posted by ブクログ