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ヘヴン
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2009/09/01 |
| JAN | 9784062157728 |
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ヘヴン
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商品レビュー
3.5
517件のお客様レビュー
最近CMで見た川上未映子さん。その著作を読んだのは初めて。「ヘヴン」なんか見覚え?聞き覚え?があるが、こんなヘビーないじめの話だとは知らなかった。しかも単にいじめられてどうにかなるお話ではない。これを読んで何をどう考え、どう感じるべきなのか…正解が分からない。いじめを受ける女子コ...
最近CMで見た川上未映子さん。その著作を読んだのは初めて。「ヘヴン」なんか見覚え?聞き覚え?があるが、こんなヘビーないじめの話だとは知らなかった。しかも単にいじめられてどうにかなるお話ではない。これを読んで何をどう考え、どう感じるべきなのか…正解が分からない。いじめを受ける女子コジマ。そんなコジマと、斜視でいじめられている僕は秘密のやりとりを始めた。お互いの存在に救われているようだったが、ある時コジマは僕を見限った。いじめている側の中心人物は二ノ宮。その中に百瀬がいた。百瀬と僕のやりとりも興味深い。難解。 初めての川上さん、表現や描写はとても魅力的だった。
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小説の題材は「苛め」です。 これは社会で起きているであろう真実を、その当事者の思考や哲学を読み解きながら、問題提起している作品であると思います。 苛めをする側の独善的で倫理観の欠如した思考と、苛めを受ける側の苛めに耐えて受け入れていく人生哲学を、それぞれ登場人物に語らせることで...
小説の題材は「苛め」です。 これは社会で起きているであろう真実を、その当事者の思考や哲学を読み解きながら、問題提起している作品であると思います。 苛めをする側の独善的で倫理観の欠如した思考と、苛めを受ける側の苛めに耐えて受け入れていく人生哲学を、それぞれ登場人物に語らせることで、何が善(正義)で何が悪(不義)なのか、どちらが本当の強者でどちらが弱者なのか、を問うそんな内容でした。 物語は、斜視が原因でクラスの男子生徒から日常的に苛めを受けていた14歳の中学生である「僕」のもとに、「わたしたちは仲間です」という手紙が届くところから始まります。それは同じクラスの女子生徒「コジマ」からの手紙で、彼女もまたクラスの女子生徒からその容姿が原因で日常的に苛めを受けていました。 「僕」と「コジマ」は密かな手紙のやりとりをつうじて親交を深め、そのなかで「コジマ」は、苛めを受けている原因である自分が身なりを汚くしているのは「わざと」であり、離婚した父親を忘れないための「しるし」なのだと「僕」に打ち明けます。そして彼女は、いじめの原因である「僕」の斜視も、今の「僕」を構成している大切な「しるし」なのだと言い、「わたしは、君の目がとてもすき」と肯定します。 「僕」と「コジマ」は、心を通わせるようになり、暫くはお互いの存在が支えとなるような関係でいましたが、或る苛めにより「僕」が大怪我を負ったのを境に、「コジマ」の心境に変化が生じていきます。 それは、自分たちは「弱い」から苛められているのではなく、あえてそれを受け入れていることが「強さ」や「正しさ」なのだと述べるなど、苛めによる苦悩を、「意味のあるもの」と考えようとするようになります。切なく悲しい心の変化だと思います。 そしてある日、「僕」は怪我の診察にあたった医師から、斜視が手術で治る可能性があることを告げられます。「僕」は久々に「コジマ」に会い、斜視が治る可能性があることを伝えたところ、「僕」が手術によって大切な「しるし」を捨て、「強いやつら」の側に逃げようとしていると「コジマ」に非難され、一方的に決別を宣言されてしまいます。 つまり、「コジマ」にとって、自らの「身なりの汚さ」や「僕」の斜視は、自分たちを形づくるしるしであり、「意味のある弱さ」すなわち「人の痛みや気持ちがわかるという本当の強さ」示す象徴と考えていたのだと思います。 終盤、「コジマ」のこの心の変化(悲しい思い込み)は、まさに体を張ってまで「強さ」と「正しさ」を示すように「意味のある弱さ」を苛める側に見せつけるような行動に至ります。痛々しくもあり悲しくて切ない光景です。 この小説のタイトルですが、今は苦しくてもそれを乗り越えた先にある場所、それが「ヘヴン」というのが、「コジマ」が「僕」に語った思いでした。ヘブンでも天国でもなく、「コジマ」が拘り名付けて信じていたのが「ヘヴン」でした。 ただ、ヘヴンという言葉の本来の意味(天国)のイメージとは真反対の、次々と繰り出される陰湿で強烈な苛めの描写は、読んでいて本当に辛いものでした。 それでも最後まで読むことができたのは、僕とコジマがやり取りする手紙や会話から、心の動きや感情の変化を感じることができる、繊細な心理描写に引き込まれたからではないかと思います。 あらためて、「苛め」という加害行為と、それを行う者の独善的な価値観、他人の痛みに無関心な鈍感さに、強い憤りを感じました。 また独善的で相手の痛みに鈍感というのは、SNSで正義を振りかざす人たちも同じで、それも「苛め」と何ら変わらないものであると思いました。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
コジマは自分達がやられている事には意味がある、だからそれを受け入れると言う。 百瀬は自分達のやる事に意味なんて無い、やりたいからやるだけと言う。 両者の言い分に正しいも間違ってるも無い。 ただお互いの都合があるだけ。 しかし、読み終えて考えてしまったのです。 受け入れた先には、やりたいからやった先には、それぞれ何があるのか? 主人公は、最後に斜視の手術を受け、視力を取り戻し、世界がこんなに美しいものかと涙します。 それは、今までぼんやりと歪んだ世界しか見えなかったからそう感じる訳で、そう言う意味では斜視のままでいたのは意味があったのかもしれません。 が、美しい世界について共有しあうことのできるかもしれなかった大切な人は離れていきます。そう言う意味では、いかに世界が美しく見えようと意味がないのかもしれません。 なんか哲学書読んでるような気分になる話でした。 いじめの描写で気分悪くなり途中で読むのやめようかと思いましたが、最後まで読んで良かった一冊。
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