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「音漬け社会」と日本文化 講談社学術文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 講談社 |
| 発売年月日 | 2009/03/10 |
| JAN | 9784062919395 |
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「音漬け社会」と日本文化
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商品レビュー
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ヨーロッパ諸国との比較も交えながら、日本中に溢れる「注意を喚起するメッセージ」をやかましいと感じ、それを許容している(あるいは全く気にしていない)日本人と日本の文化を対談や往復書簡形式で大学教授がやり取りする。 著者達は迷惑行為(犯罪ではない)を誰構わず注意をし、それを正すより...
ヨーロッパ諸国との比較も交えながら、日本中に溢れる「注意を喚起するメッセージ」をやかましいと感じ、それを許容している(あるいは全く気にしていない)日本人と日本の文化を対談や往復書簡形式で大学教授がやり取りする。 著者達は迷惑行為(犯罪ではない)を誰構わず注意をし、それを正すよりも「なぜ注意喚起が分かっていて迷惑行為をするか」を相手に問いただしたいという一念で様々な一般人に絡んでいく。当然、時には危険な目にも遭ってしまうことも。その時の周囲の反応(注意した側が白眼視される)を観察もする。その度胸たるや大したものだとは思うが、日仏マクドナルドでの無茶なオーダー実験や、生協の配達車へ「拡声器の声が大きい」と抗議するなど、かなり面倒くさい人たちでもある。 関心すると同時に、なまじ頭が良い人たちだけに身近では関わりたくない、面倒くさい思想の本。
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この書簡集を読んで、改めて、対談や聞き書きとの違いってなんだろうか?を考えました。中島義道氏の「騒音」に関する著作だったか雑誌記事だったかは、ずいぶん昔に読んだ覚えがあり、学者というより、クレーマー偏屈じいさんみたいだなと感じながらも、言っていることに筋が通っているし、ストレート...
この書簡集を読んで、改めて、対談や聞き書きとの違いってなんだろうか?を考えました。中島義道氏の「騒音」に関する著作だったか雑誌記事だったかは、ずいぶん昔に読んだ覚えがあり、学者というより、クレーマー偏屈じいさんみたいだなと感じながらも、言っていることに筋が通っているし、ストレートとに「嫌だ」と言い切る姿勢に共感を覚えていました。 で、この書簡集を読んで思ったのは、書簡でのやり取りに漂う緊張感やすれ違いと、最後の対談の雰囲気が、随分と違うものだなぁと。書簡は、1人で書いて、相手に届いて読むまでのタイムラグがかなりあるという特徴から、たとえ相手への返信だとしても、考え抜いて書いているので、隙がない。だからこそ、辛辣な批判や、場合によっては人格を否定するような表現も、誹謗中傷に貶められることがない。 ただ、相手への返信を意識するあまり、テーマから逸れているように感じる箇所もあり、もう少し「日本的騒音」に対するお二人の知見を知りたかった。
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‹内容紹介より› 注意・勧告・案内・お願いなど、公共空間に日常的に撒き散らされている「音」。サービス・親切・気遣いのつもりの音の洪水が私たちに苦痛を与えるのは何故なのか。また苦情が理解されない背景には何があるのか。二人の哲学者の往復書簡の形で日本人の言語観・公共観・コミュニケーシ...
‹内容紹介より› 注意・勧告・案内・お願いなど、公共空間に日常的に撒き散らされている「音」。サービス・親切・気遣いのつもりの音の洪水が私たちに苦痛を与えるのは何故なのか。また苦情が理解されない背景には何があるのか。二人の哲学者の往復書簡の形で日本人の言語観・公共観・コミュニケーション観の特性を考察。感受性のマイノリティに救いの道はあるのか。 ーーーー 「哲学書」「思想書」でもありますが、中島義道と加賀野井秀一による往復書簡形式で話が進むので、読みやすく感じました。 一般的な哲学や現代思想の書籍に比べ、「相手(読者)に伝えよう」という意図がより明確に打ち出されていたように感じます。 中島と加賀野井の思想・思考のズレも読んでいて面白かったです。どちらの言い分にも納得できる部分と、「それは違うのでは?」と感じる部分とあり、自分の中で「他者を理解する」ということについて考えるいいきっかけになりました。 「あなたの考えは私とは違うけど、ひとはそれぞれちがうものだから、それでいいんじゃない」という志向スタンスは、「他者を理解」しているとはいえず、議論を打ち切ってしまい、相互理解にもつながらず、”マジョリティ”の価値観を無批判に受け入れる社会になりかねない、という言説にはとても共感できました。 「相手を完全に理解することはできない」ということを念頭に置きつつ、「相手が自分とは異なる価値観を有している」ということを認識し、互いに対話を続けることが重要なのではないか、と感じます。 この二人のように、「確固たる基盤」があるかどうか、ということに悩むのは大切かもしれませんが、まずは「自分が思っていること」を自分の中で言語化し、他者の批判にさらすこと。 これからの生活の中で取り入れていければよいな、と思います。
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