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太平洋の防波堤・愛人ラマン・悲しみよこんにちは 池澤夏樹=個人編集 世界文学全集Ⅰ-04
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2008/03/30 |
| JAN | 9784309709444 |
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太平洋の防波堤・愛人ラマン・悲しみよこんにちは
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商品レビュー
4.1
18件のお客様レビュー
『太平洋の防波堤』 錯乱していく母、乱暴な息子、無気力な娘。全てから見放された土地で貧しい白人の家族が生きていく。 なかなか話に入っていけなかった。 登場人物が何を考えているのか分からないからだ。 母が一番分かりやすかった。土地を自分のものにしたいのだ。 ジョゼフは住んでいる土地...
『太平洋の防波堤』 錯乱していく母、乱暴な息子、無気力な娘。全てから見放された土地で貧しい白人の家族が生きていく。 なかなか話に入っていけなかった。 登場人物が何を考えているのか分からないからだ。 母が一番分かりやすかった。土地を自分のものにしたいのだ。 ジョゼフは住んでいる土地から逃げたい。 シュザンヌはどうしたいのかと読み進めていくと、最後にアゴスティにジョゼフの影を見ながら抱かれるので分かった。これは兄への愛なのだと。ただでさえ文章が平坦なので心情が掴みにくかった。 そして根底に流れるのは「脱却」ということが分かった。土地からの脱却。母からの脱却。ジョゼフはもしかしたら妹からも逃げたかったのかもしれない。 悲しいことに母が死んだことで二人はやっと自由になった。意味のない土地に住まなくても良い。悲しい話だが、家族とは重荷になる場合もある。 そうやって今作を理解したのは良いが納得していないこともある。 それはジョーのことだ。 あんなにもジョーのことを粗末に扱わなくても良いのになと感じた。 ジョーは好意を利用された形だが、まるで母が土地を騙して売られた時のように弱いものは利用されるだけのことを表現しているのだろうか。 ジョーは金はあるが顔もスタイルも良くない。ジョゼフのような男性が良いシュザンヌの好みではなかった。母が言うようにジョーの相手をしていたにすぎないのだ。 シュザンヌがハンターと一緒になると再三言うのも、ハンターならジョゼフのようなワイルドな男がいるかもしれないと考えているからかもしれない。 解説を読むと、やはり兄弟愛について書かれていた。そういう意図を持った作品なのだというのが分かった。 この作品はストーリーにもキャラクターにも入り込めなかった。外側をなぞって、それ以上入り込みたいとはならない作品だった。 『愛人 ラマン』 乾いた文体で描かれる濃厚な官能。 この作品は「太平洋の防波堤」を違う角度で見た作品だ。作者の自伝というには小説的すぎるので、解説に書かれている通り上手く事実をフィクションの落とし込んだのだろう。 構成としては、時系列が様々な時代へと網目上のように物語が描かれていく。上手くまとめたものだなと感心した。 しかし、単純に物語を見ると、愛人を通して得たセックスで女になり、知らずのうちに愛を理解していたという話だ。ところどころに母や上の兄への憎しみと、下の兄への愛が見える。兄への愛は細かく書かれてはいない。無自覚だと言っても良い。だからこそ記憶に残るように、あえてそうしたのかもしれない。 なのでストーリーはそこまで好みではなかった。当時は売れたようだが、それは官能的な表現の巧みさだろうか? 技巧に酔いすぎている感覚がしてしまう。 『悲しみよ こんにちは』 この小説は現代で見ると普通だが、当時は少女の性事情が明け透けに書かれているので驚かされたそうだ。 セシルと父レエモンの乱れた生活に、洗練されたアンヌが現れて規範を示す。 セシルとしては父を取られるということと、今までの楽しい生活が壊れてしまうという恐怖がある。しかし、アンヌとの生活に慣れればアンヌのように洗練された女性になれるかもという興味もある。そのあたりの感情の機微は面白い。 レエモンはだらしのない大人だが、側から見ているとアンヌもどうかと思う。エルザという愛人への言付けを娘に頼んで自分たちは情事に励むわけだから。 とはいえアンヌは義務ではあるがセシルを正しい人物にしようとする。それが突然すぎてセシルは困惑してしまう。 シリルという恋人と会うのも禁止されて、バケーションなのに部屋に閉じ込めらて勉強を強制されては嫌だと思うのも無理はない。 セシルの試みによってアンヌは事故死する。小さな思いつきが大きな過失に繋がってしまう。 この事件のせいでセシルとレエモンには悲しみが訪れるが、セシルはレエモンと怠惰な生活を失わなかったし、レエモンはまた新たな相手とほどほどに楽しむ。 自殺か事故か分からないアンヌの最後は二人の親子の心に永遠に残るが、私にはこれが刺激的なスパイスに過ぎないのではないかと思ってしまう。 そう考えるとアンヌにとっては残酷な最後だ。
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三作ともそれぞれ時代や背景が異なるながらも「社会との距離感」「人間の孤独と痛切な思い」「自我と世界との隔たり」というような共通点を感じた。読後には喪失感や孤独感も残しながら、人間に存在し続ける渇きのようなものも感じられた。すっきりしない読後感でもありながら、そのような読書も良い。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
デュラスは、太平洋の防波堤を36歳、愛人を70歳で書いており、後者は25ヶ国語に翻訳された。女性という産む側の性別で、子供の頃に、子供が次々と死んでいくインドシナ植民地の現実を見るのは辛かったろう。貧乏な白人だからこそ、より植民地の無残なありように心を寄せたのだと思う。貧しい女性は金持ちと結婚すれば幸せになれるかもしれない。そのためには若さと引き換えに、男性の欲情に付き合う必要がある。年上の男性の持つ得体の知れなさ、薄っぺらな「愛してる」という言葉を、一夜の体目当てではなく、本当に自分を大切に扱ってくれるのかという疑念に苛まれる必要がある。その上で結婚に重きを置く娘の立場があると思った。母親は娘により良い人と結婚してほしいという期待を常に背負わせている。結局、愛人ではあんなにも「愛してる」と言った中国人男性は、親に言われるがままに進んだほうが得だと考えたのか、同じ中国人と結婚した。愛は親の命令に容易く負ける。 サガンの1954年「悲しみよこんにちは」は本国では若者の退廃や快楽主義、不道徳の象徴とされた。女性が奔放に生きても妊娠という罰がない作品だったからだ。日本で翻訳されたのは1955年で、戦後国家や家制度の信頼が失われて個人として生きることが重視され、女性自身が主体的に生きることの必要性と意味を自覚するようになった時だった。故にサガン自身の自由奔放な生き方、その作品もまた「自由の象徴」として肯定的に受容された。年譜によるとサガンは1981年にそれを驚きを持って発見したらしい。
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