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フーコー 主体という夢:生の権力 入門・哲学者シリーズ2
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フーコー 主体という夢:生の権力 入門・哲学者シリーズ2

貫成人【著】

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フーコー 主体という夢:生の権力 入門・哲学者シリーズ2

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 青灯社
発売年月日 2007/10/05
JAN 9784862280169

フーコー

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2024/11/03

著者は、「もし哲学の本を一生に一冊しか読まないつもりなら、フーコーを読むのがいい」と主張する。学校や性などきわめて具体的な事柄を扱う反面、西洋哲学において、まるで当たり前のように前提されていた事柄をことごとくひっくり返して、常識に風穴をあけるから。 ・哲学の世界の知的能力(下位...

著者は、「もし哲学の本を一生に一冊しか読まないつもりなら、フーコーを読むのがいい」と主張する。学校や性などきわめて具体的な事柄を扱う反面、西洋哲学において、まるで当たり前のように前提されていた事柄をことごとくひっくり返して、常識に風穴をあけるから。 ・哲学の世界の知的能力(下位から) 「感性」:五感のこと。受動的。 「想像力」:非論理的な想像。 「知性」:規則や原則に従って推論する能力 「理性」:知性がしたがうべき、規則や原則を見出す能力。 →理性がはたらくための限界、理性のために原理原則は理性自身が決めなければならないという矛盾がある。信じられるものは理性だけだが、その理性を信じていいかどうかわからないという不安をカントはかかえていた。 『狂気の歴史』 ・理性が、いつどのようにして、そのように重要視されるにいたったか ・中世ヨーロッパにおいて狂人は自然の心理や神の理性に近い(理性が及ばないという点において) ととらえられていた。 ・17世紀においては、好ましくないものとして、病人・犯罪者・道徳的問題者、経済的困窮者などとごちゃまぜにして監禁されるようになった。 ・18世紀において、上記の人々は分類され、狂人は精神病院にいれられ分析の対象となった。 ・理性が非理性を隔離するのは、自分が狂気にいたらないようにするため、自分が理性であることを保証するためであった ・フーコーは、ニーチェが主張する「善は悪の否定として規定される」ように、理性が狂気の否定として規定されると主張。理性は、狂気を隔離し、それを抑圧することにおいてしか成立しえないことから、価値が暴落した。 『言葉と物』 ・理性の具体的な内容 ・エピステーメ:ギリシャ語で「知」。ひとつの時代地域に属するひとびとのふるまいを一様に拘束し、独特の知覚や思考、行為を可能にする  それぞれの時代のエピステーメ  ・16世紀:類似性  ・17世紀:可視的表面の表象  ・19世紀:可視的表面の背後にある機能や組織。さらにその大元となる生命、人間、その他を想定。人類学、人間学、歴史学、心理学などの人間中心主義の誕生  ・20世紀:人間中心主義の凋落。精神分析学、文化人類学(構造主義)、言語学。これらにおいて、人間は、構造という網の目の一環、一項として場所を割り振られているに過ぎない ・19世紀のヨーロッパ的エピステーメにおける「人間の誕生」と20世紀における「人間」の死、がフーコーが主張するメインテーマ。→学問において、科学者の知的活動はその時代のエピステーメによって規定されている。 『監獄の誕生』1975 『性の歴史Ⅰ』1976 ・権力を武力、財力、地位などを利用した強制力としてではなく、より巧妙な形態であると主張 ・ヨーロッパ近世までのものを「死の権力」、近代以降を「生の権力」とよぶ  死の権力 ・不服従者には死をもって報いることを周知することで、法令の効力を確保し、ひとびとを服従させる。そこでは支配者は透明化、大衆は匿名化されている。  生の権力 ・大衆の個々を規格化・可視化することで、ひとびとの行動や思考を制限する。 ・規律:本人の意に反して、本人の行為を制御する規範が内面化され、当人が自ら従うようになったもの。 ・人間は自由な主体であるというのは錯覚であり、実は近代における学校教育や工場その他で機能していた生の権力の規律化のメカニズムによって構築された存在にすぎない。学校教育や工場といった公の場だけでなく、性科学や衛生思想という形で私生活にも及ぶ。 ・また性は実体がない虚像であるとも主張 ・晩年のフーコーは、こうした「権力」の外部への道を探ろうとした。 ・「生存の美学」:古代ギリシャにおける「少年愛」は、既存の規格とはかかわりなく、自分の感情、感覚、行為、欲望を、人間関係の齟齬をきたすことなく、管理する術である。フーコーは、これを生の権力の規格化を抜ける最後の望みとして、「生存の美学」とよんだ。

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2021/12/27

フーコーとその生きた時代をざっと知るのに適した入門書という趣きだけど、ニーチェの言うルサンチマンについて他の誰が書いた物よりも簡潔に明確に書かれていたテキストを思いがけず見つけたので以下に書いておきたいと思いました。 社会的な弱者などは、勝者や強者に対して、武力や財力、政治力な...

フーコーとその生きた時代をざっと知るのに適した入門書という趣きだけど、ニーチェの言うルサンチマンについて他の誰が書いた物よりも簡潔に明確に書かれていたテキストを思いがけず見つけたので以下に書いておきたいと思いました。 社会的な弱者などは、勝者や強者に対して、武力や財力、政治力などによって勝つことはできない。そのとき敗者や弱者はどう思うか。自分達は何をしても彼らには勝てない。だが勝者や強者は彼らに何も危害を加えていない自分達敗者や弱者をひどい目に遭わせている。だから彼らは悪者である。つまりそれに対して自分達弱者や敗者は善だ、と考えるだろう。こうしてニーチェによれば、善悪とは弱者や敗者が、強者や勝者に対して悪というレッテルを貼り、その反対に位置するものとして自分達を善と位置付けることによって生まれるものであることになる。その根底には、弱者や敗者が強者や勝者に対して、武力や財力などのほかのどの手段を使っても勝てないけれども、せめて道徳や倫理という観点からすれば優位に立てるし、それによって溜飲を下げることができるという、妬み嫉み恨みの感情があり、それをニーチェはルサンティマンと呼んだのであった。 ちなみにサブタイトルに主体の夢とありますが、主体についての言及や解説は少ないです。 

Posted by ブクログ

2016/04/11

主体という夢、という副題が重い。フーコーはその著作を通して、主体=私の仮構性を暴くとともに、そこには権力が執拗に絡んでいること、主体は権力そのものであることを突きつけた。本書では希望をほのかに示しているが、ほぼ絶望的に思える。本文の筆致はこれ以上ないほど噛み砕かれ、読みやすい。 ...

主体という夢、という副題が重い。フーコーはその著作を通して、主体=私の仮構性を暴くとともに、そこには権力が執拗に絡んでいること、主体は権力そのものであることを突きつけた。本書では希望をほのかに示しているが、ほぼ絶望的に思える。本文の筆致はこれ以上ないほど噛み砕かれ、読みやすい。 ・P36:非理性や狂気などは非社会的なるものであるがゆえに隔離されるのではなく、「隔離が非社会的なものを生む」。 ・P115:「性」は凸レンズや凹面鏡の「虚焦点」に似ている。・・・『言葉と物』における〈生命〉〈人間〉などと同じ。 ・P123:かりに、こうした生の権力や生政治に「抵抗」を試みたとしても、性解放運動家に見られるように、あるいは一般に、「抵抗」は権力関係の一項としてはじめから組み込まれており、「抵抗」すること自体が権力関係を逆に強化し、確認することにしか終わらない。権力に「抵抗」しようとしても、そのように試みている主体そのものが権力の中で作られたものであり、権力に貫かれているからだ。

Posted by ブクログ

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