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愛の断想・日々の断想 岩波文庫
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愛の断想・日々の断想 岩波文庫

ジンメル(著者), 清水幾太郎(訳者)

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愛の断想・日々の断想 岩波文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店/岩波書店
発売年月日 2002/07/11
JAN 9784003364413

愛の断想・日々の断想

¥440

商品レビュー

4.6

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みんなの感想まとめ
  • 愛と友情の考察
  • 思索を促す短文
  • 日常の価値再認識
  • 直感的な共感体験
  • 短編で深い思索
  • 多様な思想の交差
  • 日々の気づきと反省
  • 知的な読書体験
  • 失うことの意味探求
  • 自己解釈を楽しむ

多様な思想が短文形式で展開される本書は、読者に深い思索を促す作品です。特に「愛の断想」では、著者の友人との関係がテーマとして扱われ、そこから派生するさまざまな考察が展開されます。一方で「日々の断想」は、より直感的に受け入れやすい内容で、読者がすぐに共感できる部分が多く見受けられます。短文は、ぱっと開いて思索を巡らせる楽しみを提供し、読者それぞれの解釈が可能です。また、失うことの意味についての考察もあり、日常の中で見失いがちな価値を再認識させてくれます。全体として、思索を深める機会を与えてくれる一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/08/05

「愛を知る人」「独我」「人間の本質」「客観性」をキーワードとした アフォリズム 岩波文庫 ジンメル 「愛の断想・日々の断想」 「夫婦の性格が似てくると、結婚生活が円満になる」は 面白い 「独我」を肯定的に捉えている。愛を知る、自己を客観化する、高齢者の支えとなる と...

「愛を知る人」「独我」「人間の本質」「客観性」をキーワードとした アフォリズム 岩波文庫 ジンメル 「愛の断想・日々の断想」 「夫婦の性格が似てくると、結婚生活が円満になる」は 面白い 「独我」を肯定的に捉えている。愛を知る、自己を客観化する、高齢者の支えとなる という点で 「独我」が 生命力を拡げるという意味? 「自分の価値というのは、証明すべきものであって、主張すべきものではない」は 名言 ジンメル哲学らしいと感じる断章 「私たちは、生命によって、自我と理念、主観と客観、人格と宇宙との中間的地位に立っている」   愛の断想 〈愛を知る人〉 3 愛を知る人〜内的な目的を持ち、自らの力を信じ、自らのリズムを有する人間の生命、それが生命から解放されたものによって規定され、彼のうちで新しい生命になる 19 愛を知る人にとって、愛は他の人間との関係でなく、自分の存在の自己完結的絶対性である。生命への奉仕から解放された愛が、ここで再び生命になる 〈独我〉 21 愛とは、一つの独我的状態、主体の一つの存在であって、対象との関係、生命との関係は二次的なものに過ぎない 139 人間に対する客観性には、底知れぬ独我論が潜んでいることが多い 112 高齢者の独断論は 支えである 年齢に従い、生命が疑わしいものになり、ついには人間の適応力が尽きてしまう そこで、私たちは死ぬ〜そうならないために、独断論に逃れる 〈結婚〉 41 愛と結婚との間には〜矛盾がある。それなのに愛が結婚を求めて進むために、矛盾は悲劇になる 愛は 性格の対立によって生まれるが、円満な結婚生活は 性格の類似に大きく依存している〜対立が強くて家族として似てくるのを妨げる場合 結婚生活は円満にいかない 日々の断想 〈人間の本質〉 57 人間の本質と特徴は 絶望にある 66 私というのは、空虚な場所、何も描いていない輪郭にすぎない そのために この空虚な場所をうずめるという義務と課題とが与えられている。それが私の生活である 69 人生の本質的な問題は〜今日が最初の日であるかのように、毎日新しく生活を始めること しかし、一切の過去とその結果を必ずそこに集めて、前提とすること 70 自分の価値というのは、証明すべきものであって、主張すべきものではない 72 この世に処する最高の術は、妥協することなしに適応することである 〈客観性〉 7 主観の客観化、いや、個別的なものから主観性を奪うことが私の問題 19 自己を自己自身の客観たらしめる主観というものは、生命の象徴あるいは 生命の真実の自己表現である 20 私たちは、生命というものによって、自我と理念、主観と客観、人格と宇宙との中間的地位に立っている 生命は、私たちが主観として直接 これに向かって進んで行くことのできる 極端な客観性である 87 人間独特なのは客観性である。主観でなく、物に対する関心である 私たちは、自身を客観的に見ることによって、自我を排除し客観に生きるための橋を得るのである これが高められて最高頂に達したもの、それが創造的精神である 創造的な活動では、精神的客観性が主観との対立を克服して、主観を自己のうちに摂取している 102 客観的なもののために生きると生命の問題が無視される〜物の問題を解くことによって、私たち自身の問題を解くのを避ける

Posted by ブクログ

2015/01/15

141.失ったら困ったことになるもの、其れを如何に多く平気で失っているか、を考えたとき誰でも驚くに違いない。しかし、失ったら本当に大変な取り返しのつかぬ、文字通り困ったことになるもの、其れをいかに少ししか持っていないか、と考えたときさらに驚くに違いない。 目的が、意味が、意義が...

141.失ったら困ったことになるもの、其れを如何に多く平気で失っているか、を考えたとき誰でも驚くに違いない。しかし、失ったら本当に大変な取り返しのつかぬ、文字通り困ったことになるもの、其れをいかに少ししか持っていないか、と考えたときさらに驚くに違いない。 目的が、意味が、意義が、充実が、 本当の何かではないにしろ、 見失いやすい人の生

Posted by ブクログ

2013/04/20
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

まさに断想。 哲学者には三つの種類がある。第一の哲学者は,物の心臓の鼓動を聴き,第二の哲学者は,人間の心臓の鼓動だけを聴き,第三の哲学者は,概念の心臓の鼓動だけを聴く。そして,第四の哲学者(哲学の教授諸君)は,文献の心臓の鼓動しか聴かない人たちである。 自然科学が暗い事実を明るい事実に還元しようとするのに反して,形而上学は明るい事実を暗い事実に還元しよう。 人間を理念まで引き上げることは出来る。しかし,理念を人間まで引き下げることは出来ない。 個性は,その最高の段階に到達することによって(謂わば弁証法的に)個性としては解体する。なぜなら,最高段階に達するのは,個性が全体性の映像になり,自己を拡大して全体性になることによって行われるのであるから。 幾つかの偉大な思想だけは本当に自分のものにしておかなければいけない。明るくなるなどとは思いも及ばなかった遠いところまで,それが光を投げかけてくれるから。 教育というのは,不完全なのが普通である。その一歩一歩が,解放と束縛という二つの対立する傾向に仕えねばならないから。

Posted by ブクログ

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