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自由と社会的抑圧 岩波文庫
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自由と社会的抑圧 岩波文庫

シモーヌ・ヴェイユ(著者), 冨原真弓(訳者)

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自由と社会的抑圧 岩波文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 2005/03/16
JAN 9784003369012

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商品レビュー

3.4

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2025/12/25

年の瀬が近づき本棚を整理している際、久々にシモーヌ・ヴェイユの作品を手に取り目を通したところ、ヴェイユの言葉が放つ迫力に衝撃が走りました。学生時代からヴェイユの作品は好きでしたが、これまで以上に彼女の言葉が自分の生にズッシリと響きました。 ヴェイユによると、真の人間的自由は「行為...

年の瀬が近づき本棚を整理している際、久々にシモーヌ・ヴェイユの作品を手に取り目を通したところ、ヴェイユの言葉が放つ迫力に衝撃が走りました。学生時代からヴェイユの作品は好きでしたが、これまで以上に彼女の言葉が自分の生にズッシリと響きました。 ヴェイユによると、真の人間的自由は「行為が自身の思考を源泉」とした場合のみ実現されるとのこと。経済が無限に拡大していく中で、人間は生産性の神話(迷信)を信じ込んでしまい、思考を放棄していると警鐘を鳴らしています。生成AIが社会に途轍もない影響力をもたらしている時代の中で、私自身は彼女の言葉を重く受け止めないといけないと感じました。普段仕事をしている時、何も考えずに仕事の生産性を上げるためだけに、ついつい生成AIを使用して、思考を放棄している場面があまりにも多いと気づきました。生成AIにどっぷりと依存し始めていたタイミングで、幸運にも『自由と社会的抑圧』に触れることができて、本当に良かったです。

Posted by ブクログ

2025/08/29

2025.8.29 まず難しい マルクスやヘーゲルなど、まだまだ読まなければならないものがある 一文一文の真意を掴めていたとは思わないが、全体としてヴェイユの考える真の自由と社会的抑圧が何かはぼんやりと理解できた キーワードは「思考」だと思う 外部の偶然を認めて内部の偶然を排除す...

2025.8.29 まず難しい マルクスやヘーゲルなど、まだまだ読まなければならないものがある 一文一文の真意を掴めていたとは思わないが、全体としてヴェイユの考える真の自由と社会的抑圧が何かはぼんやりと理解できた キーワードは「思考」だと思う 外部の偶然を認めて内部の偶然を排除すること、とても柔軟で重要な考えだと感じた もっと色々と勉強してから再読しようと思う

Posted by ブクログ

2020/01/11

まず、25歳にしてこれだけの論考ができることに驚いた。 ヴェイユがこの哲学論文を書いた1934年という、ヨーロッパが国民国家とファシズムと社会主義によって二度の大戦の狭間で撹拌された時代背景を念頭に置きつつ読み進めると、やや皮肉に寄った修辞を含みつつも、そのマルクス批判の鋭さや抑...

まず、25歳にしてこれだけの論考ができることに驚いた。 ヴェイユがこの哲学論文を書いた1934年という、ヨーロッパが国民国家とファシズムと社会主義によって二度の大戦の狭間で撹拌された時代背景を念頭に置きつつ読み進めると、やや皮肉に寄った修辞を含みつつも、そのマルクス批判の鋭さや抑圧の発生と作用への考察、自由を規定し得る要素への眼差し、などどれもヴェイユ自身と当時の社会にとって切実なものであることが感じ取れた。 ヴェイユの考える抑圧に満ちた人間社会は、人々に不幸と理不尽をもたらすものでしかないように思えてくるが、その処方箋は、理性(思考と行為の繋がり)に裏付けられた自由を各個人が持ち、その間を生が自由として流れるようにし、自然的且つ過酷な環境下で友愛に満ちた関係性の中で身体的労役で覆い尽くすことであるというふうに示されており、若くしてヴェイユのある意味で厳しい労働観が、あるべき自由な社会に繋がるものとして構想されているように思う。ただ、そういう展望の人生はしんどいなぁとぬるいことを思わずにはいられない。 冒頭に掲げられたスピノザとマルクス・アウレリウス(共に僕の好きな哲人だ)の引用が、この頃のヴェイユの根本的価値観に通底するように感じられたことには、ある種の嬉しさを覚えた。それは、汎神論とギリシャ哲学を繋ぐパスが、ヴェイユの考える労働の哲学が厳密に科学たり得るための有意義なツールとして垣間見える気がしたからだ。

Posted by ブクログ