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自由と社会的抑圧 の商品レビュー

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12件のお客様レビュー

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2020/01/11

まず、25歳にしてこれだけの論考ができることに驚いた。 ヴェイユがこの哲学論文を書いた1934年という、ヨーロッパが国民国家とファシズムと社会主義によって二度の大戦の狭間で撹拌された時代背景を念頭に置きつつ読み進めると、やや皮肉に寄った修辞を含みつつも、そのマルクス批判の鋭さや抑...

まず、25歳にしてこれだけの論考ができることに驚いた。 ヴェイユがこの哲学論文を書いた1934年という、ヨーロッパが国民国家とファシズムと社会主義によって二度の大戦の狭間で撹拌された時代背景を念頭に置きつつ読み進めると、やや皮肉に寄った修辞を含みつつも、そのマルクス批判の鋭さや抑圧の発生と作用への考察、自由を規定し得る要素への眼差し、などどれもヴェイユ自身と当時の社会にとって切実なものであることが感じ取れた。 ヴェイユの考える抑圧に満ちた人間社会は、人々に不幸と理不尽をもたらすものでしかないように思えてくるが、その処方箋は、理性(思考と行為の繋がり)に裏付けられた自由を各個人が持ち、その間を生が自由として流れるようにし、自然的且つ過酷な環境下で友愛に満ちた関係性の中で身体的労役で覆い尽くすことであるというふうに示されており、若くしてヴェイユのある意味で厳しい労働観が、あるべき自由な社会に繋がるものとして構想されているように思う。ただ、そういう展望の人生はしんどいなぁとぬるいことを思わずにはいられない。 冒頭に掲げられたスピノザとマルクス・アウレリウス(共に僕の好きな哲人だ)の引用が、この頃のヴェイユの根本的価値観に通底するように感じられたことには、ある種の嬉しさを覚えた。それは、汎神論とギリシャ哲学を繋ぐパスが、ヴェイユの考える労働の哲学が厳密に科学たり得るための有意義なツールとして垣間見える気がしたからだ。

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2018/10/28

【由来】 ・大学の図書館で目についた。「根をもつこと」と一緒にどんなもんかと。 【期待したもの】 ・ 【要約】 ・ 【ノート】 ・ヴェイユはまだ自分のスコープじゃないみたい。難しいし、「読んでやろう!」って気持ちになれなかった。 【目次】

Posted byブクログ

2018/04/07

フランスを代表する思想家ヴェイユによるマルクス主義批判。若書きゆえの荒削りな部分はあるものの、批判内容はとても説得力があり興味深く読めた。機会があれば、他の著作も読んでみたいと思う。

Posted byブクログ

2015/07/10

シモーヌ・ヴェイユ、25歳の時の論考とのこと。 本論が執筆された1934年はイタリアではムッソリーニ、ドイツではヒトラー、ソ連ではスターリンが政権を掌握し、スペインでは内乱が勃発するなど、国家全体主義、独裁政治が世界を覆いつつある時代であった。そのような時代において、マルクスの作...

シモーヌ・ヴェイユ、25歳の時の論考とのこと。 本論が執筆された1934年はイタリアではムッソリーニ、ドイツではヒトラー、ソ連ではスターリンが政権を掌握し、スペインでは内乱が勃発するなど、国家全体主義、独裁政治が世界を覆いつつある時代であった。そのような時代において、マルクスの作り上げた理論が非現実的なものと見てとったシモーヌ・ヴェイユの、その若さならではの情熱や積み上げた知性の全てをつぎ込んだ論考であるといえる。 ただ、その若さが全面に出過ぎているきらいもあり、そこかしこにシニカルな文章が見られたり、若さに似合わずモノの見方が非常に現実的で辛い論理を展開しているかと思いきや、試論という形で理想を語るような矛盾があるなど、情熱と理論の整合性がいまひとつ制御できていない面もあると思われる。 まず本書はマルクス主義の批判から始まる。なぜ生産力が無制限に発展していくことを前提に革命構想を描くのか、そのような発展が確実であると論証してはいないではないか、また発展による労働の解放が国家的抑圧をも消失させると考えるのも根拠がまるでない、と徹底的に指弾する。そして、生産段階のさまざまなレベルで特権が存在し特権が権力となり抑圧を発生させるとした上で、権力を支配者と被支配者の関係で分析し、権力の限定/限界は必ず存在して、それに達するや反作用を生み出すが、それは抑圧の解放ではなく新たな権力を生み出すだけだとして、目前の権力の打倒は抑圧の解放には結びつかないとする。 そしてマルクス主義の理論を土台に彼女なりの理論を展開し、夢のエネルギー源などは存在せず、また、労働の自動化がある程度実現するにせよ、いづれ到達する調整費等の増大により決して労働力は軽減されず、社会的な抑圧は解消されない。その抑圧に対抗するには、「自由な人びとのあいだを自由に流れていく生、過酷で危険だが友愛にみちた環境のなかで遂行される身体的労役で覆いつくされた生」をめざすべきとした上で、熟練職人のごとく自らの思考と理性を働かせて労働に従事すべし、と説くのである。すなわち、「集団(=組織とその権力)に個人が従属することの抵抗は、まずみずからの運命を歴史の奔流にしたがわせることへの拒否」る決意からはじまり、そのことにより精神と宇宙(=自然)との原初的な結びつきをやり直すことができるだと。 振り返って自分も社会人に成りたての頃は、シモーヌ・ヴェイユのような大義や理論はないものの、「自由な労働とは」をテーマに漠然とこのようなことも考えていたような気がする。 しかし、年月を経て仕事量のあまりの多さに仕事に流され、毎度の思考を止めにして、ルーチン作業に身を任すようなこともしばしばとなってしまっている。そのくらい、自由を獲得するための毎度の思考は精神的な負担が大きいものなのだ。その意味で、シモーヌ・ヴェイユの考えた生産現場の理想(あるいは時代的な差異もあるだろうが)に耐え得る人間などそうそういるものではないようにも思えてくる。 本書を真正面から受け止めて読んでいると、その取り組みとは裏腹に、かくも社会的な抑圧から自由になることのハードルの高さを逆に実感した次第である。(笑) ただ、彼女が格調高く情熱的に訴える社会的抑圧に対する「自由」への希求は、これからも常にわれわれに真摯に問いかけてくるテーマであるといえるだろう。

Posted byブクログ

2014/11/20

『重力と恩寵』『工場日記』で断片的なノートを読んだので、次は纏まった著作を読みたいと思って購入。 当時の社会情勢と、ヴェイユが何を考え、何を理想としたのかが興味深い論文だった。運動家として書かれたものだと思うが、やっぱりイメージとしては哲学者っぽいなぁ……。

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2013/12/04

マルクス批判が出てくる辺り、読んでいて小気味いい。 言われてみればそうに決まってるアタリマエのことというのを書いている本というのは読めば簡単だが、書こうと思うと思いつかず、難しいものだ。 読んでいるとちょこちょこ女性が書いたんだなぁと思うような暴力に対する嫌悪が見え隠れする。

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2013/10/26

マルクスだったり社会主義を批判しつつも、ヴェイユは平等をこの本で強く訴えるように感じかなぁ・・・!まだヴェイユのことはよく分からないし、批判の対象になったマルクスのこともよく分からないけど、漠然とヴェイユは好きかも!

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2012/10/24

自由と矛盾しない社会組織のための試論。叩き台として(当時の一般的な)マルクス主義が批判される。やや粗削りながらも、情熱的で説得力のある好著。個人的にはあまりヴェイユの「自由」の理念に納得できないけれど…

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2012/06/24

問題を問題として、苦悩を苦悩として認識しているのは自分である。 そろそろこういった話題が自分の中で解決したのか、迷い系の哲学の本を読めなくなってきた。

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2011/09/15

前半部分で社会的抑圧が権力によって作り上げられることが述べられ、中盤で自由とは如何なるものかという考察がなされる。 労働を軸にした、権力とそれに伴う抑圧の再生産に対する考察は非常に明快な理論であり、経験や今の社会状況に照らし合わせてまったく違和のないものである。 また、自由の定...

前半部分で社会的抑圧が権力によって作り上げられることが述べられ、中盤で自由とは如何なるものかという考察がなされる。 労働を軸にした、権力とそれに伴う抑圧の再生産に対する考察は非常に明快な理論であり、経験や今の社会状況に照らし合わせてまったく違和のないものである。 また、自由の定義が抑圧と対置されて行われることで明確になり、そこから引き出される理想の社会のあり方は、アレントのいう公的自由などとは異なり労働に立脚したものであり、マルクスのいうような自然な状態ではなく自覚的なものであることに大きな価値があろうと思う。 終盤では、痛烈な現代社会批判が行われる。これは誰かの論の批判ではなく、彼女なりに現代社会という巨大システムを相手取って論述を繰り広げている。その視点が今日を生きるわれわれと非常に近いところにあり、学ぶべきものが多かった。

Posted byブクログ