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人間の測りまちがい 差別の科学史
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
発売年月日 | 1998/11/30 |
JAN | 9784309251073 |
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人間の測りまちがい
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差別の科学史という副題どおり、頭蓋学(頭の容量が大きい民族ほど賢い)とかIQの遺伝決定論(ばかは死ぬまで)を本気で信じていた人の研究をやり玉に挙げている。頭蓋学ではポール・ブロカ、IQではH・H・ゴダ―ド、ルイス・M・ターマン、R・M・ヤーキーズ、シリル・バート。曰く、最初から遺...
差別の科学史という副題どおり、頭蓋学(頭の容量が大きい民族ほど賢い)とかIQの遺伝決定論(ばかは死ぬまで)を本気で信じていた人の研究をやり玉に挙げている。頭蓋学ではポール・ブロカ、IQではH・H・ゴダ―ド、ルイス・M・ターマン、R・M・ヤーキーズ、シリル・バート。曰く、最初から遺伝決定論に役立つデータを探しているので、測定誤差やデータ解釈が歪められる(恣意的でない場合も含む)実例を羅列している。著者の意志が回りくどい記述で書かれているので(直訳しすぎ?)理解するのに疲れたが、言わんとすることは理解できた。 IQデータ因子分析の解釈に関して、スピアマンのgは存在しないというのが著者の主張らしい。gが遺伝でも環境でも説明できるので遺伝決定論の証拠とはならないまでは理解できたが、サーストンの回転でgがなくても複数因子でデータセットが説明できるからgは存在しないというのは飛躍しすぎでは?知能は遺伝ではないという先入観に著者が侵されている気がする。 IQテストのgと相関係数が高い生化学の指標が将来発見されて、gは頭の良い悪いの指標だったと判明すると期待しているのだが・・・大脳のシナプス数とか発火回数とかが候補だと思ってます。
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半分も読んでいないんだけど、うーん、もう読まないかな。 ある人が好きな作家(というか)としてスティーブン・J・グールドを挙げていて、お勧めとしてこの本を教えてくれたんだけど…、あまり好みではありませんでした。 サブタイトルや帯にもあるように、いかに人類は科学の名の下で人種差別を...
半分も読んでいないんだけど、うーん、もう読まないかな。 ある人が好きな作家(というか)としてスティーブン・J・グールドを挙げていて、お勧めとしてこの本を教えてくれたんだけど…、あまり好みではありませんでした。 サブタイトルや帯にもあるように、いかに人類は科学の名の下で人種差別をしてきたか、という弾劾の書。 誰のどの論文のどの部分がどう誤っているのか、 いかに偏見が介入しているのか、 具体的に詳細に書かれている。 趣旨は素晴らしいし、誰かが書くべきなのかもしれない。 過ちがまかり通っていた世界ではこういった具体的な指摘は効果的で、後のあるべき道に軌道修正するには必要な論文だったのであろう、ということは理解できる。 が、一般読者向けではないかなー。 少なくとも、私は今現在科学があるべき形で機能していればそれでいいし、こういった過ちの歴史は、一般教養レベル、すなわち概要でいい。 正しい研究をわくわくしながら知りたいという欲求はあれど、過去に誰がどんな過ちを犯したかの詳細には興味がない。 多くの人々が似たような過ちを犯しているし、指摘は詳細なので、故にこの本自体も長い。 私には冗長で退屈で、読み通せませんでした。 私が求めているものと違う、というだけで、本の価値は素晴らしいのだと思います、という言い訳をしての★2で。 研究者以外の一般の人でこれが面白いって思う人って、なんかモラハラ気質があるような気がするんだけど、これは言い過ぎですすみません。
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分厚い本だが、面白かった。かさぶたをつっつくみたいな屈折した楽しみがあって、疑似科学は大好物。 脳の容量を測れば知能がわかるとする骨相学。人種や遺伝で能力が決まるという考え方。優生学。IQ。自分たち(白人とか、上層階級とか)を上位に起き、自分たち以外(有色人種とか、労働者階級と...
分厚い本だが、面白かった。かさぶたをつっつくみたいな屈折した楽しみがあって、疑似科学は大好物。 脳の容量を測れば知能がわかるとする骨相学。人種や遺伝で能力が決まるという考え方。優生学。IQ。自分たち(白人とか、上層階級とか)を上位に起き、自分たち以外(有色人種とか、労働者階級とか、外国人とか)を下位に配置するのに都合のよい学説の数々。生暖かい苦笑いを禁じ得ない。 でも読んでいるうちに、なんとなくモヤモヤしてきた。これらの学説は科学的に正しくないから笑い事になっているけれど、もし正しかったとしたら、差別は正当化されるのだろうか? 問題はそこじゃないんじゃないかと思ったのだ。 自分たちの利益を守るには、他者を貶めるのが効果的だ。あるグループを縄張りからはじき出せば自らの分け前は増える。ある集団に損をさせれば利益は自分たちに回ってくる。当人たちが意識しているかどうかはともかく、他者を排斥する理由としての「他者が劣る/自分が優れている客観的な証拠」を提出する仮説があれば、それは人気を得る。 仮説が間違っていること自体は、科学の手法の中では「仮説が間違っていた」以上でも以下でもなく、非難されるべきことではない。1つの誤った選択肢が消えたという意味においては、正解にたどり着く過程の一つとして、むしろ歓迎すべきだろう。ぼくらは仮説が間違っていたことではなく、その仮説のさもしい出発点を嗤うべきではないかと思ったのだ。 もちろん、著者の狙いは「差別」そのものを分析することではないのだから、言いがかりみたいなものではあるのだけれど。 この「さもしい出発点」は別に昔の話じゃなくて、いまもそこら中に転がっている。
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