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クリスマスの猫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 徳間書店 |
| 発売年月日 | 1994/10/31 |
| JAN | 9784198601881 |

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商品レビュー
3.9
17件のお客様レビュー
この物語はおばあさんが孫娘に、自分の子供時代の思い出を語りかける形で描かれている。 舞台は1934年のイギリス。両親が外国に行くことになり、ノースシールズの牧師のおじさんの家に預けられることになったブルジョワのキャロライン。汽車を降りて魚の燻製や干物の臭いがするノースシールズと、...
この物語はおばあさんが孫娘に、自分の子供時代の思い出を語りかける形で描かれている。 舞台は1934年のイギリス。両親が外国に行くことになり、ノースシールズの牧師のおじさんの家に預けられることになったブルジョワのキャロライン。汽車を降りて魚の燻製や干物の臭いがするノースシールズと、お嬢様という対比が鮮明に描かれる。 牧師館には性格の悪い家政婦がいて、そのため教会自体も評判が悪い。いちいち意地悪なこのミセス・ブランドリー(通称ブリブリばばあ)がまぁいい感じの悪役っぷり。この手の、子供に全く優しくない大人というのはよく昔の本には登場する。 さて、この暗く、門の外に出る事も禁止されているまったく楽しくなさそうな牧師館で、キャロラインはどう過ごすのかドキドキさせられる。 児童書と言えども、お花畑のような内容ではなく、当時の世相を反映し、貧富の差の激しい壁の内側と外側がリアルに描かれている。そこで出会う少年と猫がキャロラインの毎日を変えてくれるのだが、さてさて、最後はどうなりますかw 人はどう暮らすべきか、現状をどう受け入れるべきか、薄い本ではあるけれど、本当に濃い内容だった。
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タイトルだけ見ると、とてもほのぼのとした印象を受けるかもしれないが、イギリスの児童文学作家ロバート・ウェストールの書く物語は決してそれだけではなく、当時の母国の社会状況や自己の体験も含めた、現実的なシビアさの中にも素敵な夢を見せてくれる点に、彼の思いが充分に伝わってくるようであ...
タイトルだけ見ると、とてもほのぼのとした印象を受けるかもしれないが、イギリスの児童文学作家ロバート・ウェストールの書く物語は決してそれだけではなく、当時の母国の社会状況や自己の体験も含めた、現実的なシビアさの中にも素敵な夢を見せてくれる点に、彼の思いが充分に伝わってくるようであった。 1991年発表の本書の舞台は1934年と、その年のイギリスでは、保険料納付の有無を問わずに失業給付を行う『失業法』が制定された程、労働者階級の貧困の厳しい時代だったのだと感じ、それは飼っていた動物を食わせられないからと捨ててしまうことや、子どもがたくさんいる家では、冬でも靴が買えずに裸足で歩かなければならない、そんな事情を物語から初めて知る。 そうした状況に於いて物語は、いわゆるブルジョアと呼ばれる、上流階級育ちの十一歳の女の子「キャロライン」と、労働者階級の少年「ボビー」の、その階級を超えた交流に清々しいものを感じながら、階級だけで人を判断してはいけないことも教えてくれて、それはブルジョアというだけで本当に幸せな暮らしをしているのかということや、労働者階級の人は、皆ブルジョアを嫌っているのかということからも感じられた、それはキャロラインとボビー、お互いにとって異なる階級の人達と実際に関わることによって、あくまでも大切なのはその中身であり、人間性なんだということを知ることで初めて実感することができた、人間一人一人が持つ、個の奥の深さなのだろうと思う。 ただ、そうした人間の奥の深さは、時に理解できない不信感を招き、それはキャロラインの両親が海外に行った都合で、クリスマスは父の兄にあたる、教区牧師のサイモンおじさんが預かってくれることになったものの、そのおじさんは何を考えているのか、いまいちよく分からない上に、そこに住む使用人のミセス・ブレンドリーが、また絵に描いたような敵意剥き出しの嫌な奴で(まさにジョン・ロレンスの絵が何よりもそれを表している)、何かにつけてキャロラインを目の敵にしては、あら探しをするといったやり方に、まるでサイモンを手懐けているのを邪魔するなと言わんばかりの「ブリブリばばあ」ぶりが、やがてはタイトルにもある猫への危機にも繋がっていき、それに対して、キャロラインとボビーが奔走するといった展開が軸になる中、サイモンにとっても救いとなるものが含まれていたことに、私は嬉しさを覚えた。 確かにサイモンはキャロラインに対して、気の利いたことやイギリス人お得意の辛辣なジョークも言えない素朴な人柄であり、それは食事中に話題を探そうとしても見付からずに、ただ黙々と食べるだけの時間特有の沈黙が重苦しいムードにもよく表れていたが、それならば、キャロラインを預かると言った彼の真意とは何なのかと考えたとき、サイモンが妻も子もいない独り身であることと、二人のクリスマスに対する印象が異なっていたことを思い出す。 それはキャロラインが、山ほどプレゼントを抱えたサンタであったのに対して、サイモンは、「恵み豊かな、しずかなクリスマスを」と書かれたクリスマスカードであり、子どもたちにとってはカードよりもプレゼントの方が嬉しいことに間違いはないと思うのだが、それを本書の山場と思われる、あの場面に重ね合わせるとは全くの予想外でありながら、それがキャロラインやボビーや猫はもちろん、他の子どもたちや大人にとっても素敵なプレゼントとなったことには、サイモンにとって、あのカードが決して『小さなみじめったらしいそれでは無かった』証でもあるのだと実感したとき、私には親が子を想う言葉にできない大切なものが胸に浮かぶようで、それはウェストールの作品の第一の読者として作品を読んでくれていた、息子クリストファーの十代での事故死とも重なり合うような(訳者坂崎麻子さんのあとがきより)、ウェストール自身にとっても大切なものだったのかもしれないと感じられたことが、本書を読んで最も印象深いことであった。 その他にも、動物を飼いたくても飼えない社会状況の中でキャロラインが出会った、身重の猫はどうするのかといった命の大切さについて問い掛けていたり、サイモンやミセス・ブレンドリーと向き合いながら成長していく、キャロラインの姿も描いていたりと、その気になれば一日で読み終えられるような僅か120ページ弱の物語の中に、これだけ多くの要素をバランス良く盛り込んだ、ウェストールのエンタテインメントぶりが光る中、これまで読んできた彼の物語の末に辿り着いた、ここでの未来のある結末を思うと、本書を発表した二年後に彼が亡くなったこともあって、何かとても心に染み入るものも私には感じられたのである。
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1934年のクリスマスに11歳のキャロラインは牧師のおじの家にあずけられる。おじの家には意地悪な家政婦がいて、家は寒く外出は禁じられていた。 庭で見つけた猫に食べ物を分けてやり、庭に忍び込んでいた少年と仲良くなる。 上流階級と労働者階級、街には失業者で溢れていて猫や犬に食べさせ...
1934年のクリスマスに11歳のキャロラインは牧師のおじの家にあずけられる。おじの家には意地悪な家政婦がいて、家は寒く外出は禁じられていた。 庭で見つけた猫に食べ物を分けてやり、庭に忍び込んでいた少年と仲良くなる。 上流階級と労働者階級、街には失業者で溢れていて猫や犬に食べさせる余裕もないといった当時の様子も分かりやすい。 クリスマスはこうでなくっちゃというラストに心温まった。
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