ベスト・エッセイ(2024) の商品レビュー
2025.11.12市立図書館 刊行の前年(2023年)1年間に各種媒体に発表されたエッセイ・コラムのよりすぐり70篇余り(含・編纂委員作品)。文芸誌や出版社PR誌などに載ったものは既読のものもあるが、地方新聞のコラムなどはなかなか自分でみつけることはできないので、こうして読むべ...
2025.11.12市立図書館 刊行の前年(2023年)1年間に各種媒体に発表されたエッセイ・コラムのよりすぐり70篇余り(含・編纂委員作品)。文芸誌や出版社PR誌などに載ったものは既読のものもあるが、地方新聞のコラムなどはなかなか自分でみつけることはできないので、こうして読むべき文章が集められて一冊になっているのはありがたい。 一つ一つが短く話題も多岐にわたるので隙間読書に向く。知らぬ書き手、ぱっとみ興味のないテーマでも、読めば得るものがあってどんどん読める。が、今回は日常がいつも以上にバタバタで二週間の間に読みきれず後半は飛ばし読みになってしまった。 この年も引き続きコロナ禍関連の話題は残っており、また生成AIの話題がいよいよ出てきたな、という感じ。 心に残ったのは⋯ 堺雅人「いきものの匂い」個人的にはこれがよめたのがいちばんうれしい。堺雅人らしい思索と文章作法は相変わらずだった。 三木卓「自分の言葉を」2023年の11月に亡くなっているので、まさに最晩年の遺作かもしれない。 ブレイディみかこ「あいつらは知ったかぶる」 伊藤亜紗「盲導犬をみとった知人」 温又柔「日本と台湾は似てる?」
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いろんな、たくさんの作家さんのエッセイを読めてよかったです。たまに、こういうのを読むのも良いですね!
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カフェで読書という、なんとなく素敵だなと思うことをしたいときに、ちょうどいいのがエッセイだと思う。実は私、カフェで仕事や読書に集中できない。でもエッセイなら、短編ばかりで、ちょうどいい。しかも、そのエッセイをきっかけに、ふと自分の生活を振り返ることができるのがいい時間の過ごし方...
カフェで読書という、なんとなく素敵だなと思うことをしたいときに、ちょうどいいのがエッセイだと思う。実は私、カフェで仕事や読書に集中できない。でもエッセイなら、短編ばかりで、ちょうどいい。しかも、そのエッセイをきっかけに、ふと自分の生活を振り返ることができるのがいい時間の過ごし方だと思う。 ほとんど知らない方のエッセイだったから、読む前にお名前を見て、スマホで検索して、お顔を眺めてから読みました(笑)こうやって、一方的に知るのも、自分の人生の中でさっとすれ違う方。 どんな職業の方であれ、日常で考えていることには共感することが多くあった。
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各種事情はあるのだと思いますが、2/3くらいに圧縮すれば良い話ばかりの本にできると思うのですが、読者によって「良い話」の基準が違うので、これで良いのかも知れません。
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内容も書いた人も幅広いエッセイが集められていて、面白かった。どれも読みやすい、どれも短くてサクッと読める。 ラランドニシダ、堺雅人、宮部みゆき、俵万智、燃え殻、町田康、角田光代など幅広い。好きな内容が沢山あった。 今この瞬間瞬間を自分を出し切って生きられたら十分。無意識の偏見を...
内容も書いた人も幅広いエッセイが集められていて、面白かった。どれも読みやすい、どれも短くてサクッと読める。 ラランドニシダ、堺雅人、宮部みゆき、俵万智、燃え殻、町田康、角田光代など幅広い。好きな内容が沢山あった。 今この瞬間瞬間を自分を出し切って生きられたら十分。無意識の偏見をたまに意識する余裕を持つ。偽善であっても、行動が大事。助けて、の声が聞こえたら手を差し伸べること。社交辞令で済まさず実現させる。日常に少しの変化を。心の底から満足できる人生を送る、自分の心の安らぎを最優先に。断捨離の前に、不要なものを買わない。 ほかの年のベストエッセイも読んでみたくなった。
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エッセイ集はイイ。直近に限定してるから尚更イイ。 知ってる作者が、今の思いを数分で読める量で伝えてくれる。そして自分も思い巡らす事が出来る。
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良いなぁと思った作品を 備忘録的も兼ねて、ほんのちょっとご紹介。 ベストエッセイという題名のとおり、ベストな訳で、ほぼほぼ全部良かったのですが… 個人的な好み的な… あるいは、今、自分に響いた的な… 斎藤真理子 悩みを相談したタクシードライバーのセリフ 明日はありますよ 明後...
良いなぁと思った作品を 備忘録的も兼ねて、ほんのちょっとご紹介。 ベストエッセイという題名のとおり、ベストな訳で、ほぼほぼ全部良かったのですが… 個人的な好み的な… あるいは、今、自分に響いた的な… 斎藤真理子 悩みを相談したタクシードライバーのセリフ 明日はありますよ 明後日もありますよ 本谷有希子 これは……思っていてもなかなか書けないゾ 千住真理子 急に亡くなった母の遺産。それが揚げる前の冷凍春巻。 なかなか食べるまでいかない春巻きが、冷蔵庫の故障と言うこれまた急な出来事で食べることに。 兄が揚げて食べた。 が、千住さんは揚げた春巻きをここでも食べることができず自分の冷凍庫へ再び。 翌日、兄は食あたりというオチ。 しかしだ、 亡くなってしまった母の味を、久しぶりに「はふはふ」と泣きながら味わう兄の笑顔が印象的。 時を超えて母の味が復活する様。 良かったです。 岸本佐知子 スカイツリーと太陽の塔の対決。 こう言う突飛な想像力の話し、大好物。 寺本愛 おいしいのリハビリ からだのケアを意識する年齢になり、コーヒーのカフェインとか、甘いものの砂糖、添加物とか。そういうものへの「カラダに悪い」が純粋な「おいしい」を遠ざけてしまった。と著者。 また、「カラダにイイ」からおいしいと思おうとしているのではないかの疑い。など 「おいしい」の揺らぎ。 いつの間にか、カラダにイイ悪いばかり気になり、純粋に「おいしい」と思えなくなった。と。 (抜粋) 料理の意欲が底まで落ちていたので、まずはスーパーで買ってきたミニトマトを、洗ってそのまま食べるのではなく、氷を入れたボウルでしっかり冷やしてから氷と一緒にお皿に盛って食べてみた。こうして書くのが恥ずかしいくらいの些細なことだが、ものすごく鮮やかに「おいしい」と思えたのだ。それは料理のひと工夫がうまくいった喜び以上に、日常に潜む情性に気付き、抗うことができたという感動をもたらしてくれた。 (中略) 最近は家の中で食事をする場所も変えている。キッチンの流しの横で食べたり、寝室にしている和室では正座して食べたり、天気が良い朝は窓際で納豆ご飯を食べたりしている。お盆を持って家の中を移動するのはへんてこなピクニックのようで楽しい。 今後もこのような「おいしい」を取り戻すための試みが続くと思うが、たぶんこの調子で大丈夫なんじゃないかと思っている。 * へんてこなピクニックっていいなぁと思った。 燃え殻 クスッ、ふふっ。 夏井いつき 黒田杏子先生を悼む うーん。うなる。歌人の表現力、凄まじ。 師とは「一本の鋼のような『錨』」 そんな師がいる幸福。 自分には、そんな芯があるだろうか…… 村松友視 クスッ。ふふっ。 内田也哉子 内田裕也と横尾忠則の話し。 すげぇ人たちがいるよなぁ。の話し。 植本一子 心の満ち欠けみたいな… 生きることに不器用な人…の印象。 再生。再生途上。この人の本は読みたいと思った。 佐々木閑 タイの仏教寺院で過ごした時のお話。 修行と言うより自由を味わう日々。 命の洗濯…。やってみたい。 最後に編纂委員の6名の方の作品も収録されている 角田光代、林真理子、藤沢周、堀江敏幸、町田康、三浦しをん 贅沢極まりない この手のオムニバスには、参ってしまうね。 全く。 だって、読みたいが増えちゃうんだもの。 全く。 読みたいが増えても、 読める時間には限りがあり…… 増殖して伸び続ける「読みたい欲」の枝の先を呆然と眺める結果になる…… 全く。 ましてや ベストエッセイ2024ですって… いいものが集まってるわけで… ホント、ため息が出るね。お得だなぁ。 2024ってなってるけど、2023に発表されてる作品から選ばれてる模様 このシリーズ、ネットで調べてみると2012年からあるみたい。 その時の世の中も垣間見れそう。 どんな読み物も、その時その時を垣間見れる。 ある意味時代物。 まるで、カラオケの年代メドレーのようだ。 しかし最近は、 ちょっとオムニバスオムニバスし過ぎたと猛省。 あまりにもオムニバスし過ぎると、オムニバスな人になってしまう。ん?うーむ。やっぱりそれもいいかも。 読書が好きな人ならば、読みたい本がないってことはあんまりないかもしれないけれど。 読みたい本がない。そんな時にピッタリの本。 それがベストエッセイ。 何もやる気が起きない。無気力。 から、やりたいことで溢れる気持ち。 オムニバスのシャワーを浴びて、選択肢の世界へ ただ、 そろそろどっぷりと長編の季節を迎えないと、 とも思うのでした。 これもまた選択
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
戦火から逃れて日本に来たウクライナナ人女性のエッセイ収録 震災からは12年 コンポスト葬、遺体1体あたり85リットルほどの土壌ができるそう。専用カプセルにいれて二酸化炭素や酸素制御、微生物に分解させてひと月ほど。分子レベルで分解する 追悼文の類が目立つ 大江健三郎、内田裕也、シェルパの「ロケットペンバ」、黒田杏子、加賀乙彦、富岡多恵子、菅野昭正
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意外にさらっと読めた◎ 意外と世情にあったものも個人的なものも多くて、なかなか面白かった(思ってたのと違うけど笑) p.37 爪を塗る 高瀬隼子 社会人になって、職場の先輩にそんな話をすると、「自分の爪が嫌いなら、ネイルすればいいじゃない」と勧められた。嫌いなものにお金と時間...
意外にさらっと読めた◎ 意外と世情にあったものも個人的なものも多くて、なかなか面白かった(思ってたのと違うけど笑) p.37 爪を塗る 高瀬隼子 社会人になって、職場の先輩にそんな話をすると、「自分の爪が嫌いなら、ネイルすればいいじゃない」と勧められた。嫌いなものにお金と時間をかけるなんてばかばかしいと思って、一番遠ざけていたおしゃれのひとつだった。「なおさらやろうよ」と言われた。 初めてのジェルネイルは桜色だった。マニキュアとは違って、お湯でこすっても落ちず、長持ちする。オフィスにもなじめる色でお願いします、とオーダーして塗られたその爪は、ほとんど元の爪と同じ色なのに、全然違った。つるりと、ぷくりと、していた。 仕事をしていても、小説を書いていても、爪はそこにあって、視界の端でぴかりと光った。コーティングされた短い爪は、愛らしいと言えなくもなかった。短いがゆえにころんとしたフォルムが、しじみの貝殻みたいだった。なるほど、こうしてお金と時間をかけて、自分の嫌いなものをなくしていくのが、大人になるということなのかもしれない、と思った。 そうして満足すると、ネイルをしていない時の爪も、それまでほど嫌ではなくなった。 素のままの爪は、相変わらず不格好だったけれど、いつでもあの貝殻のような姿になれるのだと知っていると、それだけで自分を納得させることができた。 ネイルをすると爪は素になるけど、いつものリズムで小説が書けなくなるという支障も出た。書くものが妙に前向きになってしまうのだ。 p.98 土鍋の蓋が割れて 合田文 親友はよく人のことを見ている人で、恐ろしく空気が読めてしまう人だった。読めすぎきてしまうからこそ、自分の意思とかワガママとかを脇において、本来大人にならなくてもいいときにだって、大人をやってきた人だと思う。たとえ実家であったとしてもそのスタンスを崩すことはないし、娘のためにとお母さんが心をこめて用意したカレーは、いつもとおりに平らげるのだ。ふたりの歯車がまったく別々に動いていることに、お母さんは気づいていないのかもしれない。 正直もう、この人とはいいかな。と諦めるほどに本音が言えなくなった関係性というのは、どこにでもある。もちろん、そこから改めて腹を割っていこうという意思と、根性と、タイミングを孕んだそれもあるとは思うが、いつの間にか違う場所に立っていた人と道を交えようとするのは、相当面倒くさい。まあいいか、こちらが我慢すれば。とちょっぴり心をすり減らして、噛み合わない歯車を放置してしまうことは誰にだってあるし、今さら是正する必要のないものも多いだろう。でも、今となってはどこでボタンをかけちがったのか不明な案件においても、気づいていたのに立ち止まる手間を省いた小さな瞬間というものはあったんじゃないかな、と思う。「あれ、なんか思った反応返ってこなかったな」とか「今の嬉しくなかったな」とか「うわ、その価値観まったく共感できない」とか。ちなみに私はそういうときに、「今の、ちょっと大丈夫じゃなかったよ」 と素直に話せる土壌をつくっておくということ以上に大切なコミュニケーションなんてないよな、と思っている。土鍋の蓋が割れてしまってからでは遅いのである。 関係性には立場というものがあって、親と子、上司と部下、先輩と後輩、「主人」と「家内」(あえてこうした言い方をさせてもらう)というように、この社会で生きていくにあたって、立場の強くなりやすい側とそうでない側というものが存在している。もちろん人それぞれの性格や、積み上げてきた関係性もあるから一概には言えないけれど、思ったことを言ってもここに安心して居続けられる、と思わせられるのは、圧倒的に立場が強い側だ。 もちろん何でもふたつに分けられるものではないが、場所が日本であれば日本人と外国人、シスジェンダーとトランスジェンダー、健常者と障碍者なども立場が違う。立っている位置が違えば見えやすいものも違うし、受けやすい圧力も違う。弱者にしわ寄せが行きやすくなるのはこの世の常なのに、こうした明らかな立場の違いを少しでも公平にするための取り組みを「特別扱いをする必要はない」などと一蹴してしまう人は、自分がどんな立場でどんな特権を持たされているのかということに、いささか無自覚すぎるのかもしれない。
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エッセイはピンとくるものもあればこないものもあるが、さまざまな著者のエッセイを読むことができるので、毎年のベスト・エッセイを一冊も読めば必ずと言っていいほど何かの気づきを与えてくれる。 2024年のベスト・エッセイもしかりだが、気づきと呼べるものはなくとも読んでいておもしろいエ...
エッセイはピンとくるものもあればこないものもあるが、さまざまな著者のエッセイを読むことができるので、毎年のベスト・エッセイを一冊も読めば必ずと言っていいほど何かの気づきを与えてくれる。 2024年のベスト・エッセイもしかりだが、気づきと呼べるものはなくとも読んでいておもしろいエッセイもたくさんあった。 全部が全部推せるわけではないが、読んでみてもよい一書。
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