なぜ働いていると本が読めなくなるのか の商品レビュー
本が読めなくなる理由の見解に至るまでに、戦前からの時代背景や先人の著書を分析されています。 また、興味深かったのが「自己啓発本が売れる理由及びそういった社会」について分解されていた部分です。 本の半分あたりまでは根気がいるかもしれませんが、そこからはかなり読みやすく、理解もできま...
本が読めなくなる理由の見解に至るまでに、戦前からの時代背景や先人の著書を分析されています。 また、興味深かったのが「自己啓発本が売れる理由及びそういった社会」について分解されていた部分です。 本の半分あたりまでは根気がいるかもしれませんが、そこからはかなり読みやすく、理解もできました。 個人的には、切り口に飛躍も感じられず全く違和感無しに府に落ちる内容でした。 良くありそうな自己啓発本を読むなら、この本を読む方がよっぽど人生は豊かになりそうと感じました。
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過去からの働き方から振り返り、現代の働き方に対しての危機感を持ち、今働き方がこうあればいい、ということをソフトな感じで伝えてくれたのが良かったです。それを前提に、最後にこうしたら本読めるよ、というアドバイスはとても良かった。 読書はできないけど、スマホはイジれてしまう、はて?に少し答えが見つかりました。
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改めて社会からの影響ってすごいんだなぁと思った。自分にはそんな意識がなくてもテレビや映画、SNSなどによって気づからないうちに影響されてそれが当たり前になっていく。 本が読めない理由も社会による影響が大きいと著者は言う。現代ではサブスクやSNSの普及によりタイパ重視の考え方が広...
改めて社会からの影響ってすごいんだなぁと思った。自分にはそんな意識がなくてもテレビや映画、SNSなどによって気づからないうちに影響されてそれが当たり前になっていく。 本が読めない理由も社会による影響が大きいと著者は言う。現代ではサブスクやSNSの普及によりタイパ重視の考え方が広がっている。 自分が欲しい情報をノイズ(要らない情報)無くしてできるだけ早く得る為ネットによる情報は重宝される。一方で読書による情報はノイズが多く結論を簡単には教えてくれない。 タイパ重視の考え方ではそれは苦痛に感じてしまう。若者が映画を早送りで見たり、音楽のイントロが短くなってきてるのも同じ理由からだろう。 自分もタイパ重視の考え方が染み付いてしまっているので、これからはノイズも楽しめるように考えを改めていきたいと思った。
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自分にも思い当たる。働き出したら本が読めなくなった。忙しいのは忙しいが、全く他の事をする時間が無い訳ではない。YouTubeは見る。でも本が読めない。 この本は、歴史と読書の関係、時代背景とベストセラーの因果関係なども語られ(このあたりが、なるほどと思うものの…読みながら何度も途中で寝落ちしてしまった)、働き方に余裕がないと、ノイズである読書というものはなかなかできないので、余裕のある働き方をして読書をしよう!半身で働こう!というような事が書かれている。 たくさんの参考文献からの引用もあり、「片付け本という名の自己啓発本は、社会を遠ざけようとするジャンルであるという論」「新自由主義のもと、自らで自らを競争に参加させ、自分で自分を搾取してしまう」などの鋭い指摘もある。 ただ、「具体的にどうすれば半身社会というビジョンが可能なのか、私にもわからない」とのことで…。そこは各々の取り組みが必要と。 参考文献に自分が普段読まないような本がたくさんあり、面白い意見が書かれているのだなと思った。怪しげなスローガンとか流れとかに流されてしまわないよう、色々本を読んで意見やノイズを吸収し、自分の考えを持っておきたいものである。とりあえず、読書しよう。と思った。
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読書に対する価値観を、労働史から論じた本。 正直、目新しい発見はなかった。 筆者の読書量は恐らく膨大で、引用の豊富さが 印象的だった。しかし、筆者の考えを補強する 役割しか果たしておらず、その考えの対論は どうなっているのか?などが気になってしまい ちょくちょく引っかかる箇所が...
読書に対する価値観を、労働史から論じた本。 正直、目新しい発見はなかった。 筆者の読書量は恐らく膨大で、引用の豊富さが 印象的だった。しかし、筆者の考えを補強する 役割しか果たしておらず、その考えの対論は どうなっているのか?などが気になってしまい ちょくちょく引っかかる箇所があった。 ・現代の労働は全身労働であり、半身で働くべき ・今求められているものはノイズを除去した情報 であり、読書はノイズの摂取になっている 情報の取得方法が多様化した現在、例えば 紙媒体の新聞の発行部数が減少するのと同様 時代の変化による淘汰の一部ではないかな… と、個人的には思う。(なぜ読書できないか) これを言ってはおしまいかもしれないが、 読書しないことは悪なのか?手段は変われど 人々は常に情報を摂取しているし、人々の 知識欲に変化はないと思う。 読書量が減った=人々は求めていない情報が 含まれる読書をノイズと感じている ちょっと暴論じゃあないか。人間が持つ知識欲を バカにしちゃいけないと思う。読書という行為を 神聖視しすぎだと思う。 言いたいことはわかるが、どこか引っかかる 読後感であった。
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自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る、という本。 そう!どんなに忙しくしていてもスマホのソシャゲのログインボーナスは欠かさないのですよ 読書とスマホは時間にすると変わらないはず、でも読書は時間ではな...
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る、という本。 そう!どんなに忙しくしていてもスマホのソシャゲのログインボーナスは欠かさないのですよ 読書とスマホは時間にすると変わらないはず、でも読書は時間ではなく、ココロにゆとりが必要。 とくにフィクションな物語、海外翻訳の登場人物オールカタカナ、あれは忙しいと読めない。 最終章で納得の理由が示されます。 まぁ、そうだよね。100%全振りは良くないということ。
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"労働と読書"という面白い切り口だった。 今までの理解では活版印刷で文章を読める機会が増えて、明治に言文一致で読みやすくなって一般に広まったみたいな認識でしたが、本書では江戸では読書といえば朗読で個人が楽しむものではなく、明治になって黙読という文化が生まれたことで読書が個人で楽しむものになっていったという始め方をして最初から感嘆させられた。 そこから明治、大正、昭和(戦前/戦後)、平成とそれぞれの時代でどういう本が読まれていたのか、それはどういう理由でどういう層の人たちが読んでいたのかを時代ごとに当時の本での情景から読み解くというのがとても読み応えがあった。 終盤になぜ働いていると本が読めなくなるのかというものへ著者なりの答えを書いてくれているけど、ここは私の考えとは少し違ったけど、こういう帰着のさせかたもとても面白いなと感じた。 おそらくこのタイトルへの答えは読者ごとに違ってくると思う。あとがきを読んでると著者もそれでもいいと思ってるんじゃないかなと感じた。読者ごとにどういう結論を出そうが、読書っていいよね、たまには休んだっていいんだよ、みたいな読書への姿勢がとても共感できる締めだった。
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『なぜ』かをすぐに知りたい人には向かない。なぜなら著者の言うところのノイズが多すぎるから。 そういう人は、120ページ辺りから読むといい。 しかし、これだけ調べあげたのは、圧巻だった。ノイズを堪能した。 結論は、「はっ、そこ。」という感じでややチープだった。
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もう少し浅い内容の本かと想定していたが、最終章が「「全身全霊」をやめませんかと」という章になっており、私としては意外な展開であった。 知識=ノイズ+知りたいことで、現代は情報=知りたいのとを求めるという事であるが、VUCAの時代、昔のように修養・教養が重んじられる時代に回帰するの...
もう少し浅い内容の本かと想定していたが、最終章が「「全身全霊」をやめませんかと」という章になっており、私としては意外な展開であった。 知識=ノイズ+知りたいことで、現代は情報=知りたいのとを求めるという事であるが、VUCAの時代、昔のように修養・教養が重んじられる時代に回帰するのではないかなと、個人的には思っている。 だから、私の読書量は学生時代より圧倒的に多くなっている。
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ベストセラーとは、次代の空気にベストタイミングで合致した本を出した時にだけ起こる。 このご時世の異世界転生なろう系。 現世に閉塞感を感じ、夢の中だけでもファンタジーの世界に飛び出したいという世代の空気の表れなのか。 本書前半、明治から2000年代くらいまではとても腑に落ちていた。 しかし、ネット社会についての「ノイズ」については腑に落ちなかった。 ネットでは自分に関係のない「ノイズ」となる情報は切捨てられ、自分にカスタマイズされた情報のみが届けられること、トータルワーク社会で生活すべてが労働になる社会になったため、「ノイズ」に触れる余裕がなくなったことが、本を読めなくなる理由であると述べるようである。 しかし、ネットもノイズが含まれているし、パズドラなんて自分に必要ないものなのでパズドラに触れられるのは何なのか、という疑問が残る。 また、明治から2000年代までも、人は本を読んでいなかった。それまでも、必要に迫られて読んでいたにすぎない。 やはり、本が読めないのは、本がテレビやネットと違って自分からコミットしていかなければならないという脳の負荷が強い媒体であるからだろうと思う。 娯楽の種類がより脳負荷の低いものも増えたのだろう。 2010年代以降は、社会・労働論としては面白かったけど、本とは結びつけにくいのではと感じた。
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