40歳がくる! の商品レビュー
こんなにも自分を客観的にみられるのに最終的に40歳で亡くなる。生きていくことへの恥ずかしさを人一倍感じる人だったのだろう。 他の人の感想にもあったが、本人が本名を明らかにしていなかったなら追悼文の中にも入れないほうがいいと思う。最後の最後に辱めを受けているように感じた。
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『死なれちゃったあとで』を読んでから、本作を読んだ。雨宮まみさんが亡くなったのは2016年11月15日らしい。らしいというのは彼女が亡くなって5〜6年かなとぼんやりと思っていたからなわけで、実に8.5年の月日が流れていたことに驚いた。あの時Twitterがざわざわと動揺に包まれて...
『死なれちゃったあとで』を読んでから、本作を読んだ。雨宮まみさんが亡くなったのは2016年11月15日らしい。らしいというのは彼女が亡くなって5〜6年かなとぼんやりと思っていたからなわけで、実に8.5年の月日が流れていたことに驚いた。あの時Twitterがざわざわと動揺に包まれていたのを覚えている。当時私は渋谷に住んでライターと編集者の端くれのようなことをしていたから、雨宮まみさんは会ったことはないけれどまわりとの共通言語だった。どうしてか。どうしてなのか。そういった解決しない疑問を『死なれちゃったあとで』と『40歳がくる!』を一緒に読んで理解しようとした。理解は、少しだけ進んだかもしれない。 毎日の境界があいまいとなって、苦しみから逃れられなれないと思うと「死」が最高のソリューションに思えてしまう時はある。周りが何と言おうと、何を与えてくれようと、最高のトロも、効かない。死でしか自らの苦しみは解決できないのだと思い込むことはある。 本書の最後の寄稿で、数日後には家の業者が入ってすべて処分してしまうというので、友人らで形見分けをした話が出てくる。その間にも通販がばんばんと届き、そのうちの一つは来年の手帳で、2016年12月はじまりだったと書いてあった。生きようとしていた矛盾。でもこれに誰かが気がついたらロックだと思って注文していたのかもしれない。彼女が生きていたら50歳がくる!の連載の準備をそろそろはじめている頃だろうなと思った。
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好きだ。この本が、彼女のことが、心から好きだ。 この本は、きっと、私の人生においてとても重要な本になるだろう。 そして、私は40歳を追い越してやる。
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私の話し?と8割くらいの当てはまりをみせた作品でした。 全く同じ事を思っていた箇所が数箇所あって、 現時点で心が沈んでいたのもあり、読み進ませきれなくて、すこーしずつ読みました。 しんどかったーーーーー汗泣 どんぴしゃ。 今読めて良かった。 死ぬことは逃げることではないと...
私の話し?と8割くらいの当てはまりをみせた作品でした。 全く同じ事を思っていた箇所が数箇所あって、 現時点で心が沈んでいたのもあり、読み進ませきれなくて、すこーしずつ読みました。 しんどかったーーーーー汗泣 どんぴしゃ。 今読めて良かった。 死ぬことは逃げることではないと思う。だけど、 死ぬ事を選択しなくていい別の選択肢を常々見つけていかないといけないと思う。
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2024年ナンバーワン。同じ時代に生きられてよかった。こんなひとが生きるには世界はしんどかっただろう、わかるに満ちている。第三者でしかないわれわれが惜しいとなどいう筋合いはない。友人たちのことばがしみる。死ではなく、生に注目して読みたい。 愛されているから死ねないはロジックがお...
2024年ナンバーワン。同じ時代に生きられてよかった。こんなひとが生きるには世界はしんどかっただろう、わかるに満ちている。第三者でしかないわれわれが惜しいとなどいう筋合いはない。友人たちのことばがしみる。死ではなく、生に注目して読みたい。 愛されているから死ねないはロジックがおかしい。愛されようが愛されまいが、しんどいのはしんどいのだから。雨宮さんは真にうつくしいひとだ。
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読んでいる間、読み終わっても、心がざわざわする。 上手く言葉にできない感情、ここを掘れば絶対に致命傷を負うだろうから普通だったら無意識に思考をセーブするような、こういうモノに、雨宮さんのような人は向き合って向き合い続けて、文章を生み出してくれていたのだなと感じた。だからこそ雨宮さ...
読んでいる間、読み終わっても、心がざわざわする。 上手く言葉にできない感情、ここを掘れば絶対に致命傷を負うだろうから普通だったら無意識に思考をセーブするような、こういうモノに、雨宮さんのような人は向き合って向き合い続けて、文章を生み出してくれていたのだなと感じた。だからこそ雨宮さんの傷が自分の傷みたいに錯覚してフラッシュバックする。救われもする。内にも外にもパワーが溢れ出てしまう人だったのかな。 真っ赤な表紙の雨宮さんの写真が本当に綺麗で、それだけで彼女が周囲に愛されていたんだなあと伝わってきて切ない。 私は10年前くらいに『女子をこじらせて』『東京を生きる』の2冊しか読んでいない。その後はブログをたまにのぞいたり対談を見つけたら目を通すくらいの浅ーい読者だが、雨宮まみという存在は「根っこが私みたいな人」という畏れ多くめちゃくちゃ無礼だけど、でも確実に「味方である」という印象がずっとあるひとだった。亡くなったことを知った時は驚き、やはり何故、と思ってしまった。この本を読み、あくまで自分の中でだがなんとなく納得したような、彼女は境界線にいて、ある時ふっと夜の中に紛れちゃったのかな、と思えた。朝から夜に、感情も淡い方から深く濃い方までグラデーションがある。光があるところに影がある。輝いたままパッと消えたから、神様に愛されていたのだと消化した(実際に彼女と関わっていた周囲の方々には失礼な解釈)。美化しすぎかな?でも死んじゃった人は綺麗なまま保存しちゃうもんな。 そりゃ彼女の文章を読んで楽しみたいし救われたいという、遠い他人である読者の傲慢さでは生きててほしかったと思う、40歳の向こう側を過ごす彼女はどんな言葉を紡いだのだろうかと、悲しいけれど。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
30代も後半の誕生日前日、当日にかけて読了。 雨宮まみさんの著書は2冊程読んでいて、逝去されているのも知ってはいたけれど、40代をいかに生きるかという内容を想像していたので、わーい誕生日だお祝いだ〜の気分の中で読む本だったか?読み終えて自問。 どこまでもひりついていて、叩きつけては拾い上げて紡いだような印象の文章。 もし精神の暗い淵を覗き込んでいる人が読んだら刺激が強すぎるのでは、、と勝手に少し心配になった。 でも、わたしが一番印象に残ったのは、後輩に楽しいことを伝えようと、真夜中の東京を駆ける背中の空いたドレスの姿。 とても眩しくキラキラしていて、最近東京は若さと体力がないと楽しめないと感じ始めていたけれど、いくつになっても東京を貪欲に楽しんでいいんだと思った。 六本木にレイトショーを観に行きたいな。
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40歳の誕生日を控えたある日、書店の店頭でこの本に出会った。著者のことは寡聞にして知らなかったので、この作品が初めての雨宮まみ作品ということになる。 どうせなら40歳になる前に読み終えたかったが、39歳の私の夏は悪阻との戦いがメインテーマだったのでこればかりは仕方ない。 「40歳...
40歳の誕生日を控えたある日、書店の店頭でこの本に出会った。著者のことは寡聞にして知らなかったので、この作品が初めての雨宮まみ作品ということになる。 どうせなら40歳になる前に読み終えたかったが、39歳の私の夏は悪阻との戦いがメインテーマだったのでこればかりは仕方ない。 「40歳がくる!」前ではなく、「40歳がきた!」あと、秋の気配がようやく近づいて来た今になって読み終えた。 40歳がくる! その言葉が持つ響きは、「なりたくもない40歳に突入しちゃうよ〜やだね〜」というコメディタッチなようであり、実際には「ゴジラが来る!」くらいの忌まわしさも内包している。 誰だって、ほうれい線のないぴちぴちお肌でおっぱいに張りがあった方がいいに決まってる。「綺麗な年の取り方をする女性って素敵よね」なんて言いつつ、実際には美魔女と称される「年齢に抗いまくる年齢不詳美女」の方が重宝されてるじゃないか。年齢非公表の美人女優は、漏れなく40オーバーのそればっかりだ。 雨宮まみは、「私は年齢に囚われず、ただ私らしい私でありたい」と言いつつ、誰よりも年齢に囚われた女性だったように思える。 衝動的で、感情的で、だからこそ魅力的な女性。 若い女の子達を引き連れて、深夜の映画館で夜を過ごし、明け方の都会を颯爽と去っていく姿なんて、めちゃくちゃかっこいい。衝動に任せて、それまで着たこともないようなジャンルの服を衝動買いしまくる描写なんて、最高に痺れる。私にはそんなことはできないから。こんな魅力的な女性でも、40歳という女の柵に囚われ続けるのか。なんて恐ろしいんだ、40歳。 彼女が生きていたら、どんな言葉を生み出し続けていたんだろう。 私が今から出会う彼女の文章は、どうしたって私より歳下の彼女が書いた文章になってしまう。なんだかすごく、それが悔しい。 50歳がくる! 還暦がくる! 70歳がくる! 私はその作品達を読んでみたかった。 ほんとに読んでみたかったよ、雨宮まみさん。
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自分自身30半ばの独身なのでこれから自分に起こる事の参考になる‥このままじゃいけないんだと。確執を抱えたまま中途半端に孝行娘になってはいけなかったんじゃないかななど色々感じた。
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私は私の欲望に、言い訳しない一年が欲しかった そんな40代直前を生きる作者の、全力で生きてる感と比例してどうしても死へも惹きつけられていく感がヒリヒリというかジンジンしていて、身近にこんな友人いたら失うのがこわくて目を離せないのに見てるのもこわいから目を閉じてしまいそう。 きっ...
私は私の欲望に、言い訳しない一年が欲しかった そんな40代直前を生きる作者の、全力で生きてる感と比例してどうしても死へも惹きつけられていく感がヒリヒリというかジンジンしていて、身近にこんな友人いたら失うのがこわくて目を離せないのに見てるのもこわいから目を閉じてしまいそう。 きっと沢山の人が悲しんだり惜しんだりしたであろう。 死なれちゃったあとで を読んで、気になって読んでみた。 世の中には生きることを辞める人が なかなかの数いるということを 知っている ただ、それを見聞きすれば他人でもダメージを受ける なぜ?と思っても 答えはない 本人だって死にたいと思ったり、生きようとしてみたり(本気で) ブランコをめいっぱいこいでふわーって無重力の瞬間が来た時に 無意識に終えてるのかもしれない 答えはない
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