カヨと私 の商品レビュー
ずっと気になっていた本 ロバのクサツネを読んでいたら小豆島へ会いに行ったと書かれていて これは読むしかないと思った カヨは元人間で私は元ヤギだったのかもと詢子さんは書かれている 人間とヤギは全く違う生き物だけれど カヨと私の関係性はとても興味深かった
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ミニヤギ飼いたいなー、だってリュックサックに入れて移動できるみたいだし… と、3ヶ月くらい前に思ってたんだけど。 普通のヤギと二人で生活する人もいたんだね。二人じゃなくなるけど…やぎって、結構妊娠・出産繰り返すっていうしね。 面白い不思議なエッセイでした。
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小川糸さんの本で紹介されていたので読んでみた。 すごいなヤギ。その前に旬子さんが面白い。 あとがきを読んで、少しだけいきさつがわかったが、ヤギとの暮らしは動物同士の関係としか言いようがない。 そこまで意思疎通ができるとは・・・ うちにも犬がいるので、気持ちが通じるのは理解できるが...
小川糸さんの本で紹介されていたので読んでみた。 すごいなヤギ。その前に旬子さんが面白い。 あとがきを読んで、少しだけいきさつがわかったが、ヤギとの暮らしは動物同士の関係としか言いようがない。 そこまで意思疎通ができるとは・・・ うちにも犬がいるので、気持ちが通じるのは理解できるが、ヤギがここまでとはね。 で、ほんとに人間臭いのが笑える。 っていうか、結局同じ動物ってことなのかな。
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数年前、除草のために草の生い茂った広場に、二頭のヤギが働きに来ていました。 日に日に除草が進む光景を小さな子供を連れて見に行っていました。 その後、仕事を終えたヤギは帰って行きましたが、今もあの姿が忘れられず、今でもヤギ除草の動画を見たくなります。 ヤギとの生活を綴った本だと聞いて、のんびりとした島暮らしエッセイだと思いきや全然違いました。 最初はヤギのカヨ一頭だったのが、あっという間に出産で増える様は、想像以上の大変さですね。 カヨの成長と共に変わる筆者との関係。 私の思っていた関係(犬猫の様な)とは違っていましたが、色々と考えさせられる本でした。
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文章のうまさに感心するが読みすすめるにつれてヤギを溺愛する姿がやり場のない母性の発露にしか見えず気味が悪くなる。完全に毒親タイプだよなあ。でもまあ人の毒親程度では野生を制御することはできないということか。気持ち悪くなったので後半は未読。
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内澤さんのカヨに対する愛情が爆発しててずっと幸せな気持ちだつた 里子に出した雄ヤギのチャメが再会した時には黒ミサに出てくるパフォメットになってしまってたのに声出して笑った 内澤さんの文章はユーモラスで面白い 挿絵がいっぱい入ってて素敵な本でした
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小豆島でヤギと暮らす、「プラテーロとわたし」のように…。そんなつもりで始まったヤギとの暮らし。発情期とともに交配し子どもが生まれ、成長すると又子どもが…。最大7匹のヤギを飼うことになった著者とヤギたちの生きざまをイラストをつけて記す。雑誌「母の友」に連載していたもの。 ヤギたちと...
小豆島でヤギと暮らす、「プラテーロとわたし」のように…。そんなつもりで始まったヤギとの暮らし。発情期とともに交配し子どもが生まれ、成長すると又子どもが…。最大7匹のヤギを飼うことになった著者とヤギたちの生きざまをイラストをつけて記す。雑誌「母の友」に連載していたもの。 ヤギたちとのノンビリした田舎暮らし、みたいなものを想像して読んだが、生き物を飼うとか、生き物と共存するということの厳しさを感じさせらりた。
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表紙を見てヤギとののどかな暮らしを描いた本か、癒されそう、と思って読んだら完全に裏切られました(笑)。ヤギに限らず動物というものは、生きるために駆け引きはするとしても人間のように傲慢ではないのだろうと勝手に思い込んでいたのですが、この本に登場するヤギは気任せで、奔放で、時に残酷で...
表紙を見てヤギとののどかな暮らしを描いた本か、癒されそう、と思って読んだら完全に裏切られました(笑)。ヤギに限らず動物というものは、生きるために駆け引きはするとしても人間のように傲慢ではないのだろうと勝手に思い込んでいたのですが、この本に登場するヤギは気任せで、奔放で、時に残酷です。人間も含めて動物ってこういうものなんだ、と少し安心しました(笑)。ただ、人間の都合のいいように動かない動物だからこそ惹かれるところがあるのかなとも思います。
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文筆家・イラストレーターの内澤旬子のエッセイ。 小豆島でヤギと暮らす日々のあれこれである。 田舎の島で動物と暮らすというと、牧歌的なイメージを受けるが、本書はやや異なるように思う。 著者は『世界屠畜紀行』という著書もあり、自身、わな猟免許・狩猟免許も持つ。(こちらは私は未読なの...
文筆家・イラストレーターの内澤旬子のエッセイ。 小豆島でヤギと暮らす日々のあれこれである。 田舎の島で動物と暮らすというと、牧歌的なイメージを受けるが、本書はやや異なるように思う。 著者は『世界屠畜紀行』という著書もあり、自身、わな猟免許・狩猟免許も持つ。(こちらは私は未読なのだが)実際に豚を飼って食べる肉にして食べるまでのルポ『飼い喰い』も書いている。 この時点で、単なる動物好きというのとはいささか違う。 本書の主役たるヤギのカヨは、食べるために飼っているわけではなく、家の周りの草を食べさせるために飼い始めている。ではドライな関係になるのかと読み進めると、その予想も外れていく。 何だかカヨの方が主導権を握っているように見えてくるのだ。 ペットとか愛玩動物というのともまた違い、1頭と1人の間に徐々にのっぴきならない関係性が生じていくようで、牧歌的というよりはむしろスリリングでさえある。 何せヤギのカヨは要求が多く、草の好き嫌いも多い。また、発情期があり、それが21日周期と相当頻繁である。そのたびに鳴いて騒ぐので、考えあぐねた著者は、島外のヤギ牧場まで行ってそこの雄ヤギとカヨを交配させる。すったもんだの挙句、無事妊娠して出産。それでめでたしめでたしかと思えば、ある程度子育てが終わればまた発情してしまうのが生き物の性。 他所にもらわれていった雄の子ヤギと久しぶりに再会したら、その子はカヨを見て発情。その場は収まったが、やがて発情期を迎えたカヨは、「私をあの男(=自分の子)のところに連れて行きなさい」と著者に“命令”するのである。 畜産や競走馬の世界では親子間の交配も珍しくはないという。結局のところ、カヨは自分と息子の間の子供を産む。そしてさらに、また次の子供も。 ヤギの欲情のまま、際限なく増やし続けるわけにはいかない。発情期のたびに子を産んでいたらヤギだらけになってしまう。世話も追いつかない。 とはいえ、著者が一番に心配するのは、カヨの身が持たないのではないかということ。 息子の去勢をし、カヨには何とか納得してもらうしかないのである。 関係性としてはまるで、女王様(カヨ)と下僕(著者)である。 ヤギなら皆かわいいかというとそうではない。カヨは著者には特別なのだ。カヨの子供たちの面倒も見、かわいがりもするけれど、カヨに比べるとどこか「薄い」。息子の去勢に複雑な思いは抱くものの、他の選択肢はありえない。ともかくカヨが一番なのだ。 そして築かれる、カヨが統べるヤギの国。 その顛末にのけぞりもし、またおかしさも感じるのだが。 とはいえ、他人のことを笑ってもいられない。 我が身を顧みれば、家の犬と同じベッドで寝ているが、人によっては眉を顰めるだろう。数か月前に別の犬を亡くした時は、親が死んだ時より泣いた。 誰か・何かと深く関わる時、そこに生まれる関係性は「個」と「個」のものであって、他人のうかがい知れない部分というのは出てくるものではないだろうか。 何だかそんなことまで考えさせてしまう。 だからこの本は「カヨと私」なのだ。 「ヤギと人間」ではなく。
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表紙のやさしいヤギのイラストからは、想像できない生々しさだ。 ヤギというか、正しくは、著者が感情移入してしまったヤギだけど、飼うって大変なのがよくわかった。 このヤギ「カヨ」が雌ってとこもポイントかな。たまに、著者が女性の自分と重ねて考えるのが、こちらも考えさせられる。 そ...
表紙のやさしいヤギのイラストからは、想像できない生々しさだ。 ヤギというか、正しくは、著者が感情移入してしまったヤギだけど、飼うって大変なのがよくわかった。 このヤギ「カヨ」が雌ってとこもポイントかな。たまに、著者が女性の自分と重ねて考えるのが、こちらも考えさせられる。 それにしても、草を集めたり、放し飼い用の柵を作ったり、ほぼ女一人でやってしまう、この人何者?って、巻末の著者紹介を見たら、1667年生まれ、同年代! これまでの作品タイトルが、『世界屠畜紀行 』『飼い食い』『ストーカーとの七〇〇日戦争』 など、どんな人生だった!? あとがきで、『プラテーロとわたし』(石井洋子訳、中央法規)でスペイン、モゲールでロバと暮らす詩人ヒメネスの話しが、カヨと暮らすきっかけになったと。こちらも気になる。
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